ノブナガを知る旅⑬/聖十字アドラメルク神国へ
クラン『夢と希望と愛の楽園』を出発した。
メリーアベルが手配した馬車は大きく広い。御者が二名、馬が三頭、そして三階建ての高級馬車だ。乗合馬車よりは小さいが、設備が並みではない。
馬車の二階では、ラプラスが青い顔をしてソファに座っていた。
ヒジリは、ポリポリと焼き菓子を食べながら聞く。
「アンタ、顔色悪いわよ」
「……神は言いました。『しばらく聖なる知識は封印する』と……ううう、身体がまだピリピリしています」
ハイセの『おしおき』で、ラプラスは嫌というほど指圧を受けた。
身体がスッキリしているのだが、その過程での痛みが忘れられない。
そんな様子をプレセアは見てクスっと微笑む。プレセアは、馬車の二階にあるミニバーで、アルコール抜きのカクテルを作って飲んでいた。
「あなた、ハイセを怒らせたのね。ふふ、命があるだけマシかもね」
「うう……初心な女に性なる知識を教えただけなのに」
ラプラスはがっくりうなだれ、そのままソファで目を閉じた。
そんなラプラスはどうでもいいのか、ヒジリは言う。
「聖十字アドラメルク神国だっけ。あのサタヒコって剣士ともう一度やりたいわね。アタシ、一回負けそうになったのよ」
破滅のグレイブヤードに挑むため、情報をもらった時以来であった。
そこのS級冒険者であるサタヒコに、かつてヒジリは挑んで負けかけている。
「今回は、ハイセの用事で行くのよ?」
「わーってるわよ。でもでも、我慢できなかったら戦うし」
「全く……あなたも、変わらないわね」
やや呆れるプレセアだが、ヒジリはニカっと微笑んだ。
◇◇◇◇◇◇
馬車の一階では、ハイセが新聞を読んでいた。
その隣にはリネットがいて、新聞をチラチラ眺めている。
「……気になるのか?」
「あ、いえ。その~……師匠、お話したいです」
「話?」
「はいはーい!! 私も師匠とお話したいですっ!!」
クレアも挙手。
ハイセを誘惑しようとしていたことなど忘れ、いつも通り元気なクレアに戻っていた。
馬車の一階は広い。向かい合わせのソファにテーブル、小さい本棚が設置されており、湯沸かし魔道具やお茶のセットもある。テーブルには、お菓子がたくさん並んでおり、すでにリネットとクレアの前には、お菓子の包み紙がたくさんあった。
ハイセは新聞を閉じる。
「で、何を話したいんだ?」
「あの……聖十字アドラメルク神国、って……どんなところですか?」
「あ、それ私も気になります。私が師匠の弟子になる前、師匠やサーシャさんたちで行ったんですよね。いいなあ」
そう言われ、もうずいぶんと昔のことのようにハイセは感じた。
破滅のグレイブヤードに、禁忌六迷宮『ドレナ・デ・スタールの空中城』の地図があるとの情報を掴み、『セイクリッド』やヒジリ、プレセアと挑んだのだ。
そこで、当時四大クランの一つ『セイファート騎士団』の元へ向かったのだ。
「俺も詳しくは調べていない。でも……あそこは『人間主義』っていう、亜人や獣人を認めない連中が作った国、って話だ」
「亜人って、プレセアさんみたいなエルフですよね」
「ああ。エルフ、ドワーフ、サキュバス、インキュバス、竜人、翼人……むしろ、亜人が多く住まうのは森国ユグドラだな」
「なるほどー」
クレアがウンウンと感心。そしてリネットは挙手。
「あの、じゃあ……獣人は?」
「獣人は、砂漠を超えた先にある大地で、国を作って暮らしている。過去、人間主義と亜人、獣人の戦いがあってな……亜人は人間と和解したけど、獣人は和解後も人間を認めず、独自の国を作って住んでいるらしい。和解こそはしたし、争いは起こさないって条約を結んだようだけどな」
その戦いに、伝説の冒険者チーム『ヒノマルヤマト』が関わり、和解に導いたと歴史の教科書には載っている。詳しいことはハイセにもわからない。
「まあ、歴史的なことが知りたければ調べてみろ」
「は、はい師匠」
「う~……そういうの苦手ですね。師匠、一緒に調べましょう!!」
「自分でやれ」
クレアが隣に座って甘えてくるので、ハイセは嫌そうに腕を外す。
すると、馬車が停止……御者の一人が御者用の窓を開けた。
「失礼します。ハイセ様、まもなく日が落ちるので、本日はこの辺りで野営をします」
「ああ、わかった」
外を見ると、日が傾いていた。
周囲は森で、街道を走っているが、少し開けた場所に馬車を止めた。
近くに川が流れており、この開けた場所は野営を何度も繰り返したことでできた、自然の野営場のようにハイセは感じた。
「食事の用意をします。何かご希望はございますか?」
「任せる。ああ、肉好きな奴がいるから、肉多めで」
「かしこまりました」
御者は男女一名ずつ。
外に出ると、御者がアイテムボックスから椅子やテーブルを用意し、タープを建ててランプを吊るす。女性の御者は手早く調理台を用意し、竈に火を熾し、調理を始めた。
クレアは驚く。
「わぁ~、手慣れてますね!!」
「……そういや、お前は冒険者に同行する『支援者』のこと知ってるか?」
「サポーター?」
「ああ。戦闘技能など持たないが、こういった支援を専門とする『能力』や技能を身に付けた専門の連中だ。俺は自分で全部やるし、サーシャも支援者を守りながらの冒険は合わないって使うことなかったんだがな」
「し、知りませんでした」
すると、支援者の女性が言う。
「サポーターは、冒険者の補助をする役割です。戦闘ではなく、野営の支度や調理、マッパー、道具類の荷物運びなど、ダンジョンを探索したり、戦闘をだけを目的とする冒険者の支援をするんです」
女性の言葉に、支援者の男性も続く。
「冒険者チームは基本五名までが一般的ですが、全員が戦士系のチームも珍しくありません。なので、支援者に医療の心得や能力を持つ者が同行したりもするんです」
「な、なるほど……でもでも、冒険者チームは五名として…たとえば五名と支援者がたくさんとかいいんですか?」
「ええ。でも、あくまで支援者は冒険者の世話をする役目です。チームを五名で登録し、支援者は冒険者チームが雇う形ですね。なので、ギルドからの依頼報酬などは支援者には入りません」
「そ、それっていいんですか? なんか実質チームの一員なのに」
ハイセは言う。
「制度の抜け穴ってやつだ。冒険者は気の荒い奴らが多い…無闇に徒党を組まないように数を縛ったらしいな。だが、昔の冒険者チームはガチガチの戦闘系が基本で、怪我の治療などおざなりで死亡率が高かったからな。だから冒険者ギルドは『支援者』の制度を作り、医療の心得を持つ者の同行を想定して許可したんだ。今は、昔と違って医療系の能力者も増えたし、『教会』が聖女の力を持つ能力者を派遣することもある」
「そうなんですね……」
「純粋な『支援者』の数は減ってる。多くは冒険者登録をして、冒険者に転向した。冒険者なら、ギルドから報酬も支払われるからな……昔は、支援者にいちゃもん付けて、報酬を支払わない冒険者なんてのもザラだったそうだ」
「ひ、ひどいですね……」
ハイセは、支援者の用意した椅子に座る。
リネットも隣に座ると、支援者の女性が話を続けた。
「私と彼は兄妹なんです。メリーアベル様専属の護衛であり、『支援者』でして」
「そうなのか……見たところ、あんたらかなり強いな? 冒険者にならないのか?」
「はい。メリーアベル様にお仕えするのが、今の幸せなので」
女性はにっこり微笑んだ。
男性も頷き、周囲の見渡す……すると。
「……申し訳ございません、ハイセ様」
「……手ぇ貸すか?」
「いえ。お客様の手を煩わせることは」
男性がにこやかにほほ笑み、一礼して藪の中へ。
クレア、リネットが首を傾げていると、馬車からヒジリが飛び出してきた。
「ハイセ!!」
「もう行った。任せておけばいい」
「む……まあいいわ」
「え、え……ヒジリさん? 師匠、どういうことですか?」
クレアが首を傾げる。ハイセは言う。
「野盗だな。囲まれている……十人以上か」
「え」
「ザコ臭いけど、何人か強いのいるわね。まあアタシの敵じゃないけど」
「え、え……」
リネットはポカンとし、クレアが立ち上がり周りを見渡す。
すると、馬を狙った矢が何本も飛んできた……が、調理中の女性が包丁を投げると、複雑な軌道を描いた包丁が、全ての矢を叩き落とし、女性の手に戻った。
クレアがギョッとするが、ハイセとヒジリは気にしない。
「リネット。中に入ってろ」
「は、はい」
「ハイセ。プレセアが周囲を精霊で探ってるけど……まあ、必要ないかな」
「ああ。あの『支援者』の男性、かなり強いぞ」
「ふふ。メリーアベル様は『S級冒険者に匹敵する』とおっしゃってくださいました」
ジュワッ!! と、ステーキが豪快にフライパンの上で燃え、ヒジリが目を輝かせた。
それから、支援者の男性が無傷で戻り……何事もなかったように食事を開始するのだった。





