ノブナガを知る旅⑫/休憩
『夢の木漏れ日亭』。
ここは、クラン『夢と希望と愛の楽園』の中でも特に高級な宿で、十三階建ての立派なところ。地下にはプールがあり、最上階にはバーがある。
一泊、金貨二百七十枚という超高級宿であるが、ハイセは特に値段を気にすることなく、四人分の料金を払った……つまり、クレア、リネット、ラプラスは、初めての超高級宿を満喫していた。
現在、三人は地下のプールにて、水着姿で遊んでいた。
浮き輪に乗ってプカプカと水に浮かびながら、クレアは言う。
「いやー、こんな高級宿で何日も過ごすなんて、最高ですね!!」
「はい。ぜんぶ師匠のおかげです」
リネットは緑のワンピース姿。にこにこしながら、トロピカルドリンクを飲む。
ラプラスは、マットの上に寝そべりながら言う。
「ダークストーカー様の資産は恐ろしいですね。こんな高級宿、庶民はまず泊れませんし、お金持ちでもそう何度も泊まれません。それを、迷うことなく宿を決めて、我々三人分の料金をポンと出すとは……神は言っています。『感謝カンゲキ雨嵐』と」
意味は不明だったが、ラプラスも喜んでいる。
ふと、リネットが言う。
「姉弟子、そういえば……プレセアさんとヒジリさんは?」
「えっと、闘技場だったかな。昨日、ヒジリさんが勝ち抜き戦で十連勝して闘技場のヒーローになったみたいですね。味をしめたのか、今日は百連勝するとか言ってましたねー」
「ふーむ。やはり序列三位の強さは半端ないですね……と、神も驚いています」
プレセアは付き添いで一緒に行ったそうだ。
そして、クレアは言う。
「師匠はお部屋に籠って調べものしてるし、あと数日で聖十字アドラメルク神国への直行馬車を用意してくれるらしいですし、今はこの楽園を楽しまないと!!」
「あの……姉弟子」
「はい?」
「わたし……師匠に、何かお返ししたいです」
「お、お返し?」
いきなりのことで驚くクレア。
リネットは、少し恥ずかしそうに言う。
「私……こんなに楽しいのも、充実した毎日を送れるのも、ぜんぶ師匠のおかげだと思っています。私……師匠に、何かお返しできたらいいなって思って……でも、私にできるのは『剣』を作ることだけだし、師匠は剣を使わないし……だから、何もできなくて」
「ふ、ふむ……お返しですか」
師匠にお返し。
クレアは、そういうことを考えたことがなかった。。
すると、ラプラスがニヤリとする。
「ふっふっふ。女性が男性にお返しと言えば、最も喜ばれるのは一つ……」
「え……な、なんですか?」
「ずばり、『身体』です」
「……からだ?」
リネットは首を傾げた。
「神は言いました。『オスの本能を刺激しろ』と……ふむ、クレアさんは引き締まったいい身体、リネットさんは……むむ、けっこうありますね。栄養状態がいいから成長したのでしょうか」
「「……??」」
「ふっ……ヘラクレス様といい、お子様ばかり。ここは私が『性なる……』ではなく、『聖なる知識』をお教えしましょう。そして、その知識を利用して、ダークストーカー様に『お返し』するのです」
「「は、はあ……」」
意味がわからず、クレアとリネットは首を傾げるのだった。
◇◇◇◇◇◇
ハイセは、部屋でこれまで集めた情報を整理していた。
テーブルにはノブナガの『日記』がある。ページをめくるが、新しく読めるところはない。
「……そういや、読める部分、めっきり減ったな」
今までは、ふとしたきっかけで読める場所が増えたりしたが、最近は全くない。
意思でも宿っているのかと考えたこともあったが、どう見ても普通の日記だ。
「……もう、俺には必要ないのか。それとも……」
最近は、読み返すこともない。
カミシロ・レオンハルト・ヒデヨシの名前を聞いても、本が反応することもなかった。
今では、お守りのような存在のノブナガの日記。ハイセは日記を手に取る。
「俺と同じ『能力』を持つノブナガ。イセカイから来た人間、銃という武器……お前は何者だ? 俺は、お前のことをもっと知りたいって思ってる。魔界に行けば、お前の子孫に会えるのか……? 魔王……いや、大魔王か」
ヒデヨシ。
日記を手にし、その名を考えると……不思議な気分だった。
「不思議だ。俺は……そのヒデヨシとかいう大魔王に会わなくちゃいけない気がする」
全ては、魔界にある。
ハイセは日記をテーブルに置き、椅子に寄りかかる。
外を見ると、明るい日差しが注ぎ込んでいた。どうやらお昼が近い。
ハイセは腹を押さえ、立ち上がった。
「……あいつら、遊んでるのかな。よし……メシでも食いに行くか」
ハイセは立ち上がり、コートを掴んで部屋を出ようとした時だった。
ドアがノックされた。開けると、クレアがいた……水着姿で。
「し、師匠!!」
「なんだお前、そんな姿で……服は?」
「師匠に、お礼をしに来ました!!」
「は?」
「り、リネットにはまだ早いので、私が!! えと……し、師匠ならいいです、はい!!」
「……は?」
全く持って意味不明だった。
首を傾げると、クレアが部屋に入ってくる。そして、いきなり水着を脱ごうとした。
「は? おま、何してんだ?」
「えと……し、師匠が喜ぶかな……って。その、師匠は男性ですし、女の子の……その、ううう」
クレアは真っ赤になり、手が震えていた。
意味が不明だったが、どうも『変なこと』をしようとしてる。
ハイセはクレアの頭をチョップした。
「あだっ」
「……ちゃんと話せ。お前、何考えてんだ?」
「……えっと」
クレアはぽつぽつ話す。
リネットがハイセにお礼をしたいと言い出したこと、クレアも便乗しようとしたこと、ラプラスが『男性は~~すると喜ぶ』と言ったこと、リネットにはまだ早いとクレアが先陣を切ったこと。
そこまで聞き、ハイセはため息を吐く。
「……ったく。お礼とか必要ない。お前もリネットも俺の弟子なんだ。弟子を世話すんのは師匠の役目……」
と、そこまで言ってハイセは『俺、こんなこと普通に言えるんだな』と思った。
首を振り、クレアの頭をポンと撫でる。
「礼がしたいなら、リネットと二人で、美味いメシ屋にでも連れてってくれ。ほら、泣くな」
「ううう……ししょぉ、わたし、わたし」
「ほら、リネットのとこ行け。一階で待ち合わせするぞ」
「はいぃ」
ハイセは、クレアにバスタオルを着せ、部屋から出した。
そして、クレアとリネットの三人で高級料理店で食事……楽しい時間を過ごすのだった。
◇◇◇◇◇◇
食事を終え、ハイセはラプラスの部屋へ向かった。
ラプラスは最初こそニコニコしていたが、ハイセの表情を見て笑みを消す。
「だ、ダークストーカー様……か、顔が怖いです」
「お前な、クレアとリネットに変なこと吹き込むな。来い、おしおきだ」
「お、おしおきって……」
「宿の受付に聞いた。ここ、マッサージ屋もあるらしい。全身のツボというツボを、雷魔法と指圧で刺激するスペシャルコースがある。その名も『地獄めぐり』……それの三時間コースを予約した」
「え、え……か、神は言ってますよ? 『死ぬ』と」
「うちの弟子を泣かした罰だ。そーいう知識は、聞かれた時だけ答えろ。それと、あいつらにはまだ早い」
「う、うう……す、すみませんでしたぁぁぁぁぁ!!」
マッサージ屋にて、ラプラスの絶叫が響き渡った。
ハイセがマッサージ師に『泣いても喚いても絶対にやめるな』と釘を刺し、ラプラスはその名の通り『地獄めぐり』をすることになるのだった。





