ノブナガを知る旅⑩/メリーアベル
クラン『夢と希望と愛の楽園』、第一区画『クラン本部』にやってきたハイセは、クランの本拠地でもあり『案内所』でもある受付にやってきた。
受付は、まるで異世界のような、幻想的な建物だ。レンガ造りなのだが、カラフルなレンガが積まれ、不思議な建築物と化した建物となっている。
だがハイセは気にすることなく、大きな入口に入り、受付内を見る。
「…………」
一般的なクランの受付は、冒険者ギルドと似るものだが……この『楽園』は違う。
もてなし八割、受付二割と言えばいいのか、土産物屋、飲食店が並び、カラフルな服を着た女性たちが給仕をしている。
一応、受付カウンターはあった。やはり、カラフルな服を着た女性が座っている。
とりあえず、自身の身分を明かし、クランマスターであるメリーアベルとの面会を申請しようと考えた……序列一位の肩書など興味はないが、こういう時は便利だとハイセは思った。
そして、受付カウンターに近づこうとした時だった。
「ウェルカ~ム!! 久しぶり、ハイセく~んっ!!」
「ッ!?」
いきなり、背中に抱き着かれた。
柔らかな胸が押し付けられ、ハイセは思わず銃を抜こうとしてしまう……が、柔らかな感触はすぐに離れ、くるりとハイセの前に来た。
「お久しぶり~、まさか楽園にいるなんて、遊びに来たのかな~?」
「め、メリーアベルさん……」
伝説の冒険者チーム『ヒノマルヤマト』のメンバーにして、五大クランの一つ『夢と希望と愛の楽園』のクランマスター、メリーアベル。
挨拶はしたことがあるが、こうして一対一で会話をするのは初めてだった。
「ふふ、わたしに何か用事かな?」
「はい。聞きたいことがあって来ました」
「ふむふむ……うん、いいわ。お話する? わたしのお部屋に行こっか♪」
メリーアベルは妖艶な笑みを浮かべ、ハイセの腕を掴んで歩き出すのだった。
◇◇◇◇◇◇
メリーアベルの自室は、ハイセのいた『受付』の裏から少し歩いた離れにあった。
大きな塀に囲まれた立派な庭で、大きな池には魚が泳いでいる。
意外なことに、離れに建つ家は、ユグドラのアイビスがいた家と同じ構造で、タタミという草のニオイがする床になっていた。
そこに、座布団を敷き、ハイセとメリーアベルは向かい合う。
「ふふ、ユグドラみたい、って思ったでしょ? このおうち、アイビスちゃんが作ってくれたのよ」
「へえ……なんだか、落ち着きますね」
「そうでしょ? ノブナガちゃんも、同じこと言ってくれたの」
ノブナガ。
その名前を聞き、ハイセは反応する。
「今回、用事があって来たのは……そのノブナガのことです」
「……ノブナガちゃんの?」
ハイセは、アイビスやバルガンにしたのと同じ話をする。
魔界に渡ったノブナガ。そして、カミシロ・レオンハルト・ヒデヨシという魔界の大魔王のこと。
話を終え、ハイセは日記を出して言う。
「俺は、魔界に行く前に知りたいんです。この日記の持ち主、俺と同じ『能力』を持つ者が、どういう人間だったのか……魔界行きに、ネクロファンタジア・マウンテンの攻略に役立つとかじゃない。魔界に行って魔界の町に入るかもしれない以上、知っておきたいんです」
「……そっかあ」
メリーアベルは、少し悲しそうな顔をしていた。
「ノブナガちゃん、わたしやアイビスちゃんのことすっごく愛してくれてね……来る者拒まず!! って感じのヒトだったねぇ。わたしが長い人生で本気で愛した人……」
「…………」
愛。
ハイセには、よくわからない感情だった。
だが、ハイセは聞く。
「どういう人物だったか……って言えば、愛の深い人だったわ」
「……愛」
「ええ。あの人の周りでは、みんな笑顔だった。バルガンですら、口元を歪めて笑うくらい……ノブナガと過ごした時間は長くないけど、あの時間はわたしの人生の中で、一番楽しい時間」
「……愛か」
「わかる? ハイセくんは、誰かを愛したこと、ある?」
「…………」
わからない。
愛。最強を目指すのに、必要なのかどうかも。
「俺は、愛とかよくわかりません」
「ノブナガは、誰よりも愛を理解していたわ。魔族……こっちではいい話を聞かないけど、ノブナガが魔界に渡って最後を迎えたのならきっと、愛にあふれたところなのでしょうねえ……」
「…………」
そうとは思えないハイセ。
ノブナガは確かに素晴らしい人だったのだろう。だが、その子孫が素晴らしいのかと聞かれれば……『視なければわからない』とハイセは答える。
カーリープーランや、禁忌六迷宮で出会った魔族は、友好的とはいえない。
魔族にも国があり、生活がある。そこに人間であるハイセたちが向かえばどうなるのか。
「……メリーアベルさんの知るノブナガは『愛』に、バルガンさんは『強さ』、アイビスさんは『馬鹿な男』……それぞれ違うみたいですけど、悪い奴じゃないってことはわかりました」
「そうね。これだけは言える……もしノブナガが生きていたら、ハイセくんとも仲良くやれたと思うわ」
それには同意できないハイセ。正直、あまり関わりたくない男だとは思った。
知れば知るほど、ノブナガは偉大で、自分には合わないと感じるハイセ。
「クロスファルドのところにも行くの?」
「ええ。聖十字アドラメルク神国……少し遠いけど、行きます」
「それなら、数日くれない? わたしの方で馬車を用意してあげる」
「え? いいんですか?」
「ええ。ハイセくん、それまでわたしのクランで、ゆっくり休んでいってね」
「……じゃあ、お世話になります」
こうして、ハイセはメリーアベルの言葉に甘えることにした。
数日間の休暇……町で遊ぶつもりはなかったが、ノブナガのことを整理するのにぴったりの時間になると、ハイセは考えるのだった。





