ノブナガを知る旅⑨/歓楽街、再び
ディザーラ王国を出て数日。
最初は厳しかった暑さも和らぎ、馬車内で汗だくになることもなくなった。
クレアは、馬車内で懐かしむように言う。
「以前、『夢と希望と愛の楽園』に来た時は、アリババ関連で遊ぶ暇なんてなかったし、殺伐としてましたからあんまりよく見てないんですよねー」
「アリババ……キディ様の?」
「はい。でも、私たちが相手をしたのは人間でした。そうだ、そのへんお話しましょう!!」
クレアは、リネットに『シムーン誘拐事件』の話をする。
ハイセは窓の外を見ていると、ヒジリがジーっとハイセを見ていた。
「……何だよ」
「べ!! べつに……なんでもないし!!」
頬を染め、デカい声を出し、首をぐりんと捻ってそっぽ向く。
ここ数日、ヒジリはあまりしゃべることなく、ハイセをジッと見ては顔を逸らすという奇行を繰り返していた。
ハイセはプレセアに「こいつどうした?」と聞くが、プレセアは肩を竦める。
なんとなくラプラスを見ると、「ククク……」と笑っていた。
数日前、『聖なる知識』とやらを一晩かけてヒジリに教えた日から、こんな感じである。
ヒジリは「マジで入るのかな……」や「い、痛いってどのくらいかな……」と、ハイセを見ながらブツブツ言っていた。
とりあえずハイセは無視していたが、どうも気になった。
「おいヒジリ。お前、言いたいことあるなら言え。お前らしくねえな」
「う……べ、べつに」
「……ふーん。あなた、女の子みたいね」
「はぁ!? あ、アタシは女だし!!」
「そ。男に怯える少女みたいに見えたから、驚いただけ」
「……っ」
頬を染め、何も言い返さずにそっぽ向いた。
ハイセには理解できないが『重症』だと感じ、めんどくさそうに言う。
「ヒジリ。『夢と希望と愛の楽園』の第五区画に闘技場がある。以前は参加できなかったが、今回参加したらどうだ」
「……まあ、気が向いたら」
本気で重症……ハイセは戦いに消極的なヒジリを見て、今夜にでもラプラスに『聖なる知識』について聞いてみるしかないと思った。
◇◇◇◇◇◇
クラン『夢と希望と愛の楽園』へ到着。
馬車から降り、徒歩でクラン内へ。
「……わぁぁ」
リネットは、周囲に釘付けだった。
キラキラ輝き、クラン内を照らす街灯。
大きな建物、小さな建物はいろんな形があり、どれも彩りに満ちている。
いろいろな店があり、いい香りもすればガラス越しに玩具が見える店もある。
クランからは、いろいろな音楽が聞こえて来たり、人々の楽しそうな声も聞こえてくる。
楽園……リネットは、別世界に来たように、夢見心地だった。
「宿を確保したら自由にしていい。俺はクランマスターのメリーアベルさんに面会申請してくる」
ハイセはそう言い、景観も気にならないのか普通に歩き出した。
すると、クレアがリネットの手を掴む。
「さ、行きましょう!! ふふふ、ここの案内はお任せを。リネット、行きたいところありますか?」
「えと、えと……な、何を見ればいいのか、何をすればいいのか」
情報量についてこれないのか、リネットはワタワタする。
リネットの背後から、ラプラスがにゅっと現れた。
「ではでは、とにかく遊びまくりましょう……と、神は言っています」
「あ、あそぶ」
「はい。ナイトプールで泳いだり、世界各国の美味しい物を食べたり、体験型の玩具で身体を動かしたり、博物館で勉強をしたり……ふふふ、実は御者をやって収入を得たのは、ここで遊ぶお小遣いを稼ぐため……と、神は言っています」
「は、はい……」
リネットは、よくわかっていないようだ。
ハイセはすでに先を行き、クレアたちは慌てて後を追う。
ヒジリは、そんなハイセの背中をジッと見ている。そして、プレセアが隣に並んだ。
「あなた、男が怖くなった? 結婚、妻、子供欲しいなんて言ってたけど……ただ知識がなかっただけなのね」
「む……アンタはどうなのよ」
「私はお子様じゃないもの」
「……」
「ちゃんとハイセとの関係、考えた方がいいかもね。口先だけじゃなくて、あなたの将来だもの」
「……」
ヒジリは何も言えなかった。
ラプラスの『授業』は、性教育がメインだったが……男を受け入れ、子を産み、育てるという知識がヒジリにはほとんどなく、『ケッコンすれば子供ができる、幸せになれる』くらいしかない。
ハイセが気になっているから、ハイセとケッコンすればいい。
考えが甘かった……と、ヒジリはずっと思っていた。
「……ハイセのこと、アタシは好きだし」
「そうね。じゃあ、覚悟はあるの?」
「……ある」
「じゃあ、私は何も言わないわ。モヤモヤしてるなら、闘技場でスッキリしてきたら?」
「…………」
プレセアはそれだけ言い、ハイセの背を追った。
ヒジリは、背中を見る。
プレセアの背中は近く、ハイセの背はやや遠い。
負けたくない……そう思い、プレセアの隣に並び、胸を張って歩くのだった。
◇◇◇◇◇◇
『夢と希望と愛の楽園』の高級宿を取り、ハイセは出て行った。
早速、リネット、クレア、ラプラスは宿の外に出る。
「では!! お腹空いたのでお昼を食べましょう!!」
「は、はい、姉弟子。あの~……何を食べますか?」
「神は言いました、『肉!!』と……『夢と希望と愛の楽園』は、世界各国の料理が食べられると聞きました。まずは飲食店街を回りましょう」
三人は、第一区画にある『カフェ・ストリート』へ。
カフェがメインだが、少し道を外れると『飲食店街』もある。三人は並んで歩き、キョロキョロしながら店を見る。
「お肉、お魚、お野菜のニオイ……ん~、スパイス? 辛い系のニオイです!!」
「おお、あちらはお鍋ですね。あっちは煮物? よくわかりませんが、知らない料理です」
「えと……私、よくわからないかもです」
とりあえず、いろんな店を回る。
少量ずつ頼み、何か所かの店を巡ることにした三人だった。
◇◇◇◇◇◇
「闘技場、行くわよ」
「……私も?」
部屋に入るなり、ヒジリがプレセアを闘技場に誘いに来た。
ヒジリは言う。
「アンタがスッキリしろって言うんだし、付き合いなさいよ」
「……まあ、いいけど」
二人は、闘技場のある第五区画へ。
その道中、ヒジリは言う。
「アタシ、口先だけだったわ。でも……ハイセのことは大好きだし、覚悟はもう決めたわ。いつまでもうじうじしてるの、アタシらしくないしね」
「……そう」
ヒジリは拳をパシッと合わせ、ニカっと笑った。
「とりあえず!! 闘技場で汗流したらお風呂、その後はハイセね!!」
「……なんでそこでハイセ?」
「決まってるじゃない。女にしてもらうのよ。アタシ、覚悟決めたから」
「…………」
忘れていた。
ヒジリは、覚悟を決めるとトコトン突き進む女だった。
なんとなく『一番』は渡したくない……そう思い、プレセアはヒジリを思いとどまらせようと言葉をかけるのだった。





