ノブナガを知る旅⑧/楽園へ
バルガンから話を聞いた翌日。
『夢と希望と愛の楽園』へ向かうために馬車を手配したが、準備に一日かかるということで、ハイセは仕方なく自由時間にする。
ヒジリは『ディザーラの肉!!』と叫んで宿を飛び出し、プレセアは『知り合いもいるし、挨拶してくるわ』と出て行った。
ラプラスは『ちょっと教会にお祈りを』と言い、残ったのはハイセとクレアとリネットの三人。
特に用事もないのでのんびりしていると、ハイセの部屋にリネットが来た。
「あ、あの……師匠。その、武器屋に行ってもいいですか?」
「……『能力』を鍛えるためか?」
「はい。ここ、鍛冶屋さんや武器屋さんがいっぱいあるので、わたし、興味あって」
「……わかった。じゃあ、行くぞ」
「え?」
ハイセは、壁にかけていたコートを取る。
リネットは驚いていた。お出かけするので行き先を伝えに来ただけなのだが、まさかハイセが一緒に行くと言うとは思っていなかった。
「で、でも師匠、お休みしてますし」
「気にすんな。師匠として、弟子の修行を見るのは当然だ。と……もう一人の弟子は何してる?」
「姉弟子、今は地下で泳いでいます」
「……まあいいか。じゃあ、行くぞ」
「はい、師匠」
リネットは嬉しそうにほほ笑み、ハイセの袖をちょこんと掴むのだった。
◇◇◇◇◇◇
ディザーラ王国、城下町はやはり暑かった。
リネットは帽子を被っていたが、やはり日差しがきついのか汗を流している。
逆に、ハイセはこの熱気なのにコートを着て、さらに汗もかいていない。
「師匠……暑くないんですか?」
「暑い。でも、そう見せないようにしている」
「……すごい」
リネットはハンカチで汗をぬぐい、いい匂いがしたことに気付く。
近くで屋台が開いており、凍った果実を氷代わりにした果実水が売っていた。
それをジッと見ていると、ハイセが屋台へ。
「二つくれ」
「はいよっ!!」
ハイセは、氷果実水を二つ受け取り支払いを済ませ、一つをリネットへ。
「ほれ、飲んでおけ」
「あ、ありがとうございます!! んく、んく……ぷはぁ、おいしいです」
ハイセも飲んでみた。
凍った果実は果実水をよく冷やしている。さらに氷を口に入れて咀嚼すると、シャリシャリと氷が解け、冷たい果肉が口の中に溢れる。
しかも、甘酸っぱい果肉は、この暑い日差しで火照った身体を冷やしてくれる。
リネットも、シャリシャリと美味しそうに咀嚼……満足したようだ。
「美味しい……師匠、ありがとうございます」
「ああ。っと……まずはこの武器屋に入るか」
「は、はい」
近くのゴミ箱にコップを捨て、ハイセは武器屋を眺める。
大きいレンガ造りで、槌の音が何度も響いている。
どうやら、ドワーフの職人が何人もいる、大きな工房兼武器屋らしい。
「しっかり見て、しっかり学べ。お前の『能力』の糧にしろよ」
「はい!!」
出会った頃とは別人のような力強さで、リネットは頷く。
そして、ハイセよりも先に武器屋に入るのだった。
◇◇◇◇◇◇
「師匠師匠!! 剣ってあんなにグニャグニャ曲がるんですね!! わたし知りませんでした!!」
「……俺もだ」
工房の見学もできたので、武器をじっくり見た。
リネットは、今にも能力を発動しそうなほど興奮している。いい刺激になったようだ。
すると、リネットのお腹がキュ~っと鳴った。
「あ……」
「メシでも食うか。何か食いたいのあるか?」
「え、えっと……その」
「遠慮するな。こういう時こそ、クレアを見習え。あいつなら遠慮しないぞ」
「は、はい……じゃあ、おさかながいいです」
「魚か……」
砂漠王国ディザーラに、オアシスはあるが…。
魚……肉ならともかく、ディザーラで魚を食べたことはハイセもない。
ここ数日、肉が続いたせいなのか、味の変化が欲しいようだ。
「……とりあえず、冒険者ギルド行くか」
「……え?」
「ギルドマスターのシャンテさんなら、そういうのに詳しいだろ」
二人は冒険者ギルドへ。
ギルドに入ると、若い少年冒険者のチームに話しかけているシャンテがいた。
ハイセに気付くと、少年たちに手を振ってその場を離れる。
「ハイセじゃないか。どうしたんだ?」
「すみません、邪魔しましたか?」
「いや、若手の指導をしていただけだ。十年後にはいい男に……じゃない。な、何の用だ?」
「……えっと、この辺に魚料理を出す店ってあります?」
「魚?」
ハイセはシャンテが結婚相手を探していることに触れないでおいた。もしかしたら、少年たちにツバを付けていたのかもしれない……絶対に言わないが。
シャンテはリネットをチラッと見て頷く。
「魚なら、いい店がいくつかある。私の行きつけの大衆食堂に、美味い魚料理を出す店があるぞ」
「ありがたい」
場所を教えてもらい、シャンテと別れて店へ。
冒険者ギルドから数分歩いたところにあったのは、普通の大衆食堂だ。
店に入り、二人掛けの席に案内され注文を聞かれる。
「美味い魚料理、あるか? 冒険者ギルドのシャンテさんが言ってたんだが」
「ああ、ありますよ」
「じゃあ、それ二つ」
料理を注文……しばらくして運ばれてきたのは、なんともデカい魚だった。
切り身ではなく、内臓や鱗を取る下処理をして、そのまま豪快に揚げた魚だ。七十センチほどの大きさで、皿に野菜が添えてあり、中央には魚、そしてあんかけが掛けてあった。
いい香りがした。さっそく、ハイセはナイフで魚を切る。
「わあ~、ほくほくで、美味しそうですっ」
リネットの言う通り、熱々の白身だ。
しっかり揚げてあり、ナイフで切ってフォークで刺し、口に運ぶ。
あんかけを白身に絡めて食べると、不思議な味がした……ふわふわ、はらはらし、あんかけが甘酸っぱい。
「……うまいな」
「お、おいしいですっ!!」
二人はしばし無言で食べる。そして、給仕がグラスに水を注ぎに来たので聞いてみた。
「これ、何の魚だ?」
「ふふ、森に流れる川の魚ですよ。ライジングフィッシュって言うんです」
「も、森……ですか? ここ、砂漠じゃ」
「ディザーラ王国は確かに砂漠地帯だけど、森や川が流れている場所があるのよ」
この魚は、そこで取れた魚……ライジングフィッシュだ。
この料理は『ライジングフィッシュの素揚げ』という、ディザーラ王国でしか食べられない魚のようだ。
二人は完食、支払いを済ませ外へ。
「師匠、美味しかったですね」
「ああ、ライジングフィッシュ……覚えておこう」
「ふふ、姉弟子に教えよっと」
ハイセは、嬉しそうなリネットと一緒に、宿に戻るのだった。
◇◇◇◇◇◇
やはり、案の定だった。
「ずるいです~!! 師匠にリネット、私を置いて行くなんて~!!」
戻るなり、クレアがプンプンしながらハイセの腕を掴んで揺らす。
どうやら、ハイセとリネットが二人で出かけたことに怒っているようだ。
「お前、泳いでたんだろ」
「そうですけどぉ……私に声かけてくれてもいいじゃないですかあ」
「姉弟子、師匠とライジングフィッシュっておさかな、食べました」
「ずるい!! 師匠、私とも行きましょうよ~!!」
「昼寝する。じゃあな」
「あああ!! むうう、こうなったら師匠の部屋に押しかけて一緒に寝てやりますからね!!」
「やめろっての。ったく」
こうして、ディザーラ王国での一日は過ぎていくのだった。
次の目的地は、『夢と希望と愛の楽園』。





