ノブナガを知る旅⑦/バルガン
バルガンの工房に入ると、奥の椅子にバルガンが座っているのが見えた。
腕を組み、目を閉じ、何も言わずジッとしている。
バルガンの前には椅子が三脚用意されており、テーブルには酒瓶とグラスが三つ用意してある……無言で視線も合わせないが『座れ』という意味だろう。
ハイセは、腕にしがみついているラプラスを引きずるように椅子に座った。ラプラスは椅子をハイセに寄せ、ヒジリはドスっと座り足を組む。
ハイセは言う。
「お久しぶりです。今日は、聞きたいことがあって来ました」
初めて会った時のような喧嘩腰ではなく、一人の冒険者として敬意を払う話し方をするハイセ。バルガンは小さく頷き、ゆっくり目を開けた。
「…………まずは、飲め」
搾り出すような小さな声だが、不思議とズッシリしている声だった。
バルガンは瓶を開け、三人のグラスに注いだ後、自分のグラスに注ぐ。
そして、ゆっくりグラスを持ち上げる。
「……」
「……」
「なにこれ無言?」
「……えと」
ハイセとバルガンは無言で、ヒジリは首を傾げながら、ラプラスはやや怯えたようにグラスを掲げた。
酒は、かなりきつい味がした。
「……それで、用事とは」
「……少し、長くなります」
ハイセは前置きを話す。
禁忌六迷宮『ネクロファンタジア・マウンテン』について。魔界に行くためにいろいろやったこと、そして魔界に行けるようになるまで準備があること、魔界に三つある王国の王を束ねる『大魔王』の名前が『カミシロ・レオンハルト・ヒデヨシ』であることを。
「カミシロ・レオンハルト・ノブナガ。伝説の冒険者チーム『ヒノマルヤマト』のリーダーであり、俺と同じ『武器マスター』の力を持つイセカイ人。そして、魔界を束ねる大魔王……ヒデヨシ。魔界に行く前に、カミシロ・レオンハルト・ノブナガのことをもっと知るべきと思い、かつて『ヒノマルヤマト』に所属していた五大クランのマスターに話を聞いているんです」
「……他の連中には会ったのか?」
「いえ、まだアイビスさんだけ」
「……そうか」
バルガンは酒を注ぎ、一気に飲み干した。
「……あいつは、間違いなく歴史上に存在するS級冒険者の中で、最強だった」
「……最強」
「あいつは自分のことを『光輝の弾丸』と呼んでいた。そのままS級冒険者としての二つ名として使っていたが……正直、よくわからんやつだ」
「しゃいにんぐ、ばれっつ?」
ヒジリが首を傾げる。バルガンも意味がわからないのか首を振った。
「オレから見たあいつは、誰よりもこの世界を、冒険を、人生を楽しんでいた。かつてハイベルクで起きた『龍人』、『ドワーフ』、『エルフ』、『サキュバス』による種族戦争が起きた時、ノブナガはたった一人でオレ、クロスファルド、アイビス、メリーアベルに戦いを挑んで勝利し……笑って『喧嘩したあとはダチだ。酒飲もうぜ!!』と言った。あまりにも馬鹿馬鹿しくなり、戦うことをやめ……オレたち五人は自然とツルむようになり、ただの冒険者として仲間になった」
「種族戦争ってなに?」
ヒジリが首を傾げると、ラプラスが驚いたように言う。
「まさか、ハイベルク王国がまだ小国だったころの種族戦争ですか? 森国ユグドラ、聖十字アドラメレク神国、砂漠王国ディザーラ、氷結国フリズドが四大国家として栄えていた頃の時代……」
「ほう、よく知っているな」
「ま、待ってください。私は『種族間の友好和平条約が結ばれ、戦争が終結した』と習いましたが……」
「実際は違う。当時の種族最強の戦士であったオレたち四人にノブナガが戦いを挑み勝利し、オレたちを率いてそれぞれの種族を説得し止めたんだ。正直、不可能だと思っていたが……あいつは二年かそこらで戦争を終結させた。クロスファルドは『究極の馬鹿』と言っていたが……同感だ。あんな馬鹿な説得じゃなきゃ、戦争を終わらせることなんてできなかった」
「そ、そんな真相が……」
「まあ、ノブナガはそんな『功績』などどうでもいいのか、毎日オレたちをさそって酒を飲んだり、面白そうなダンジョンを見つけたと笑ってオレたちを無理やり引っ張って連れて行ったり、SSS級の魔獣が現れたと聞けば飛び出して行った」
バルガンは、昨日のことを語るように饒舌だった。それほど、楽しい思い出なのだろう。
そしてグラスに酒を注ぎ、一気に飲み干す。
「そして、あいつは魔界に行った。オレたちに『こっちは任せた』と言い、『ステルス戦闘機』とかいう鉄の塊を出して、ものすごい速度で海を越えた……その後のことはわからん。一度だけ、晩年のノブナガが戻って酒を飲みに来たがな」
「その時、何か魔界については……?」
「……『子供ができた』と、『魔族は面白い』とだけ」
「……魔族は、面白い」
ハイセは考えた。
魔族。これまで会った魔族は、お世辞にもいいヤツとは言えない。
シムーンとイーサンは除外し、友好的な魔族はいない。
「オレから言えるのは……ノブナガは、魔族と友好的な関係を築いていたということだけだ。そうじゃなきゃあんな風に笑わん」
「…………」
「ハイセ。魔界に行ってノブナガのことを聞くことができたら、オレにも……いや、『オレたち』にも教えてくれ」
「……わかりました」
こうして、バルガンとの話を終え、ハイセたちは工房を出るのだった。
◇◇◇◇◇
帰り道。
ラプラスは、やや興奮していた。
「カミシロ・レオンハルト・ノブナガ……種族戦争を止めた英雄ということですよね。当時のことはあまり詳しく記録されていないのですが、まさかの真相……クラン『巌窟王』のバルガン様の証言なら信憑性もありますし、歴史の教科書が書き換わるかも……」
「アンタ、いつもの『神は言いました』って言わないの?」
「はっ……興奮していました。ああ神よ」
ラプラスは両手を合わせ祈る。
ハイセは、ラプラスの頭を軽く撫でた。
「おい、あまり大事にするなよ。バルガンさんが許可したわけじゃないぞ」
「まあ確かに。神は言いました……『すべては心の中に』と。それとダークストーカー様、なでなでするの上手ですね」
ハイセは無視。宿に向かって歩いていると、ヒジリが言う。
「結局、なんか収穫あったの?」
「まあな。英雄ってこと、俺なんかより遥かに強いこと、意外とお調子者ってことか」
「アンタより強いってマジ?」
「…………」
ステルス戦闘機。
名前は知っているが、今のハイセは上手く具現化できない。
それがあれば、手っ取り早く魔界に行けるだろう。それができないから、ハイセは間違いなくノブナガより格下だ。
『武器マスター』なら、魔界から人間界へ移動できる……それがわかったことも、ある意味では収穫だった。
「……とりあえず、次は『夢と希望と愛の楽園』だ。明日、出発する」
「えー? もう行くの? ねーねー、明日はアタシとデートしようよ。もちろん朝まで。ふふふ。アンタも女の身体、知りたいでしょ? アタシはよくわかんないからアンタに任せることになるけど」
「一人でやってろ」
「ふふふ……ヘラクレス様。『女』を知る『方法』でしたらお任せください。神から教わった『性なる知識』……おっと『聖なる知識』を、教えてあげましょう」
「お、いいわね。じゃあ今夜アンタの部屋行くから」
「ふっふっふ。神は言いました、『身体は大人、頭脳は初心な小娘に男という生物がどういうものか教えてやれ』と」
ハイセはもう二人の話を聞いていない。
思うのは、ノブナガのこと。
(……ノブナガ。魔界に行けば、あんたのこともっと知れるのかな)
ハイセは、ホルスターに入れていた自動拳銃を抜き、見つめるのだった。





