サーシャの想い
サーシャは、クランマスタールームで書類を書いていた。
事務員は雇ったが、サーシャの仕事がなくなるわけではない。マスターとして、クランに関わる報告書などは自分で書かなくてはならないのだ。
今は、一人ではない。
「ねぇサーシャぁ……せっかくいいお天気ですし、外でお茶でもしません?」
「ピアソラ……すまない、私は忙しいんだ」
「もぉ、いけずぅ」
ソファから立ち、サーシャの背後へ移動。
背中に抱きつき、髪を弄ぶ。
ピアソラの手がサーシャの胸に伸びたところで、サーシャはその手を軽く叩く。
「こら、じゃれつくな」
「だって、構ってくれないんですもの。私、今日はお休みなのにぃ」
「ふぅ……わかったわかった。少し、散歩にでも行こう」
「やったぁ!! ん~……ちゅっ」
「お、おい!?」
ピアソラは、サーシャの頬にキスをした。
さっそく、部屋を出て外へ。
すると、レイノルドが大きな包みを持ってドアの前にいた。
「お、いいタイミングだな。サーシャ、ドーナツ屋のおっさんから、新作のドーナツ山ほどもらったんだ。一緒に食おうぜ」
「おお、それはいいな」
「ピアソラも───」
と、言いかけたところで、猛烈な殺気がレイノルドを射抜く。
サーシャの後ろで、顔中に青筋を浮かべてピアソラはレイノルドを睨んでいた。どうやら、サーシャとの時間を邪魔してしまったらしい。
が、レイノルドにとってピアソラに睨まれるのはいつものことだ。
「外で食おうぜ。お茶も用意する」
「ああ」
「ギギギ……レイノルドォォォォ」
三人は、クランホームの外にある中庭へ。
小さいが、憩いの場として訓練場の隅に作った休憩場だ。今日は訓練をしているチームもなく、サーシャたちだけの空間になっている。
ドーナツを皿に乗せ、レイノルドがタイクーンからもらった紅茶を淹れる。
紅茶は、なかなかの香りだった。
「レイノルドのお茶か……久しぶりだな」
「そうか? ま、お茶はタイクーンの仕事だからな。ほれ、ピアソラも」
「……ふん」
お茶を受取り、ドーナツをモグモグ食べ始めるピアソラ。
レイノルドは、訓練場を眺めながら言った。
「チーム、二次募集は締めきったんだよな」
「ああ。一番下のチームもD級まで上がった。そろそろ新しいチームを加入させて育てるべきだと、タイクーンが言うのでな」
クランは基本的に、高ランクのチームを入れる傾向が強い。
チーム等級が高いチームが加入すれば、難しい依頼をこなす確率が上がるし、クランの名も売れる。
だが、チーム『セイクリッド』は、等級の低いチームを加入させ、育成する傾向が強い。
一番下のチームだったロランたち『サウザンド』は、短期間でD級チームにまで上っていた。
「育成とか、面倒だわぁ……」
「そう言うな。私は、面白いぞ? それに……嬉しい」
「「嬉しい?」」
「ああ。自分に自信のない者が、成長を実感し自信を持つようになる姿は、見てて気分がいい」
サーシャは紅茶を飲み、ドーナツに手を伸ばす。
レイノルドは言った。
「確かになぁ……オレの育ててる『盾士』も、けっこう戦えるようになってきたけど、見てて気分いいぜ」
「私は別にぃ」
「お前は怖がられてるもんなぁ?」
「あぁ!?」
キレたピアソラがレイノルドを睨む。
いつもの光景に、サーシャは笑った。
そして、思い出す。
「…………ハイセも、追放しなければ私たちの元で強くなれたのかな」
「「…………」」
ハイセ。
その名前が出ると、レイノルドとピアソラは面白くない。
「それはどうかな」
「え?」
「あいつがどんな能力に目覚めたのかは知らねぇ。でも……きっかけは、追放してソロで戦ったからだとオレは思うぜ。キツイ言い方だけど、あいつは追放して、ソロでやらせて正解だった。オレたちとだったら、全員が無理して守るハメになってただろうな」
「同感。S級冒険者になれたのはすごいと思うけどぉ……一人じゃ、いずれ死ぬわねぇ? まあぁ、本人もそれを望んでるんじゃないかしら?」
「…………」
サーシャは、紅茶のカップをソーサーに置く。
「…………」
「そういや、ちゃんと聞いたことねぇな。サーシャ、ハイセとはどんな出会いだったんだ?」
「……私の家とハイセの家は隣同士でな。共に片親で、似たような境遇からか毎日一緒に遊ぶようになった。故郷の村に何度か冒険者が来てな、憧れたものだ……後に、私とハイセに『能力』があるとわかり、一緒に冒険者になることを誓った。そして、十二歳になり、私とハイセの親が魔獣に襲われて亡くなり……身寄りのない私たちは、互いに支え合いながら王都にきて、冒険者となり、ガイストさんに師事した。その後、チーム『セイクリッド』を結成した」
「オレが最初に加入したんっだっけな。懐かしいぜ」
「その次は私。そしてタイクーン、ロビンでしたわねぇ」
過去を懐かしむ。
ピアソラは、意地悪そうに言った。
「ハイセが戦いに付いてこれなくなったのも、このころでしたわねぇ?」
「…………そうだな」
想いだすと、サーシャは苦しそうな笑みを浮かべる。
やはり、まだ吹っ切れてはいないようだ。
サーシャにとってハイセは、大事な存在ということに。
「……な、サーシャ」
「ん?」
「オレが付いてる。そう、苦しそうな顔するな」
「レイノルド……うん、ありがとう。ふふ、お前は本当に頼りになるな」
「まぁな。もっと頼っていいんだぜ?」
「ああ……そうさせてもらうよ」
「むぅぅぅぅ!! サーシャ、サーシャ、私も、私も!!」
「ああ、ピアソラも」
「うん!! ね、サーシャ、今日も一緒にお風呂入りましょうねぇ!! くっくっく……一緒に洗いっこするんだから。くひひ」
「……オレを見て言うなよ。べつに羨ましくねぇからな」
実はかなり羨ましいというのはナイショのレイノルド。
すると、憩いの場に誰かが来た。
「失礼します。S級冒険者サーシャ様、王家より招集命令です」
王城からの使いだ。
手には書状を持ち、サーシャに差しだしてくる。
それを受取る。
「わかりました。ありがとうございます」
「では、失礼します」
使いが帰り、サーシャは書状を広げる。
そこには、緊急招集の知らせが書かれていた。
「おいサーシャ……それ」
「ああ。王家の招集……ただごとではない」
「……むぅぅ、せっかくのお茶会に水を差して!! 許しませんわ!!」
「……行ってくる」
サーシャは立ち上がり、書状を懐にしまってクランホームを出た。





