ノブナガを知る旅①/まずは旅支度
ハイセは、ガイストの部屋で紅茶を飲んでいた。
「なるほどな」
ガイストはハイセの話を聞き終え、熱々の『緑茶』を啜る。
今、聞いた話はガイストにとっても驚きだった。
魔界の『大魔王』が、伝説の冒険者チーム『ヒノマルヤマト』のリーダー、ノブナガと同じ字名を持つ者であるということ。
ハイセはまず、ヒノマルヤマトと縁の深いガイストに話を聞きに来たのである。
ガイストは湯呑を置き、懐かしむように言う。
「ワシは昔、ヒノマルヤマトの四人に鍛えられた。まあ……弟子というやつだな」
「なんとなく、そんな気はしていました」
ガイストは、アイビスに紹介状を書いたり、クロスファルドとも縁が深いように見えた。
「ワシは、姉上と冒険者を始め、クロスファルドに師事した。身体の使い方を習い、バルガンに身体を鍛えてもらい、メリーアベルに駆け引きを学び、アイビスに知恵を学んだ……おかげで、当時では最強の冒険者とも言われたよ」
「……」
「ワシが子供のころ、すでにノブナガという人間はいなかった。だが、あの四人はいつも、ノブナガがすぐ傍にいるようなつもりで、かつての冒険譚を語ってくれた」
「……どんな人だったんですか?」
「ワシが知る限りでは、お前と同じ能力を持ち、この世界の人間ではないということだ」
「イセカイ、ってやつですね……」
「ああ。こことは違う世界……想像もつかん」
ハイセには、なんとなくわかった。
かつて『デルマドロームの大迷宮』で見た古代の遺産。見慣れない乗り物、建築物、意味不明な遊具……どれも、ノブナガの世界にあったもの。
いくつか推測を立てることはあったが、確証は得られていない。
「ワシより、同じ時代を生きた四人から話を聞くといい。必要ないかもしれんが……ワシの方からも紹介状を書こう」
「ありがとうございます」
ハイセは頭を下げた。
ガイストは頷く。そして、質問を変えた。
「そういえばお前、また弟子を取ったようだな……しかも、マスター級の能力者」
「まあ、なりゆきで」
「ふ……他人を育てるのは面白いか?」
「面白いのは認めます。でも、周りがうっとおしいですね……」
「ははは。お前も変わったな……禁忌六迷宮に挑むようになってから、様々な出会い、経験、そして困難が、今のお前を形作った。本当に、成長したな……ハイセ」
「…………」
妙に気恥ずかしくなり、ハイセは目を反らす。
すると、ドアがノックされ返事する間もなくミイナが入って来た。
「失礼しまーす!! ハイセさん、お茶のおかわりお持ちしましたー」
「…………」
「お? なんですかジッと見て」
「いや、お前は変わらないなって」
「えー? なんですかなんですか。変わらない私が好きってことですかー? んふふ、ハイセさんも十八歳。若い身体を持て余しているなら、私がお相手しましょうかねー?」
「へえ、何してくれるんだ?」
「ふっふっふ。実は、この近くに新しく『カード酒場』がオープンしましてね。私、こう見えてカードめちゃ強なんですよ!! 朝までカード勝負しましょうぜ!!」
ミイナはビシッと親指を立てる。
ハイセはガイストを見るが、ガイストは肩を軽くすくめた。
「まあ、変わらない方がいいこともある」
「ですね。コイツと結婚するヤツ、本気で苦労しそうだ」
「ちょ!! ハイセさんにギルマス、なんか馬鹿にしてませんか!?」
こうして、ハイセはガイストへの挨拶を終え、ユグドラ王国へ向かう用意をするのだった。
◇◇◇◇◇
「あの、姉弟子……これは?」
「パンツは大事ですね。転んで濡れることもあるし、座りっぱなしでお尻に汗もかくし、もちろん毎日お着替えで交換しますから、パンツはいっぱいあった方がいいです!!」
「なるほど……じゃあ、これは?」
「靴も大事ですね。これから向かう森国ユグドラは森の中ですし、歩きやすい靴は大事です!! 念のため予備もあった方がいいですねー」
「ふむふむ。さすが姉弟子です!!」
「ふふん、なんでも聞いてください」
宿に戻ると、クレアがリネットに『旅の支度』を教えていた。
ハイセが買い与えたアイテムボックス(時間停止型、超高価)に、リネットは言われるがまま、必要そうな物を入れている。
やや不安な気もしたが、とりあえず『姉弟子』に任せることに。
ハイセは、宿の主人に言う。
「俺とリネットの部屋賃、二ヵ月分支払いしておく。掃除を頼む」
「ああ。それと、お前さんたちが旅だった後、宿の増築をする予定だ」
「ああ……カフェを作るんだっけ」
「そうだ。シムーンが『すきる』とやらで拡張子し、イーサンが仕上げるというが……まあ、ワシにはよくわからんし、あの子たちを信用しておる。好きに任せるさ」
「だな。まあ、安心していい」
現在、宿屋の一階スペースはお世辞にも広いとは言えない。
食堂スペースは小さいテーブルが六つに椅子が六脚だけ、カウンターには主人が座り、その横には共用トイレ、その隣のドアには風呂がある。
カフェをやるために、食堂スペースを独立させるそうだ。今ある食堂スペースにソファーやテーブルを置いて休憩所とし、その隣に部屋を設け、朝はハイセたちの朝食会場、昼はカフェを営業するという。
「カフェ、か……シムーンが料理をするのか?」
「ああ。そういやお前さんに言ってなかったな。リネット……あの子が、うちで働きたいと言ってな。シムーンは調理を専属に、リネットとイーサンが宿屋の掃除関係をやる。ふ……いずれは、宿も増築ねせばな」
「へえ、あんたもやる気になってるじゃないか」
「やまかしい。まだまだ老いぼれるわけにはいかないだけだ」
「……身体には気を付けろよ」
「……フン」
ハイセにとって宿の主人は、ガイストと同じくらい付き合いが長い。
距離感は、道行く他人と同じレベル。だが、この距離感こそが、二人にはピッタリだった。
身内ではない。でも、無視はできない他人。
ハイセ、主人はそれ以上言うことはなかった。
「あ、師匠!! ふふん、リネットの旅支度、そろそろ終わります!!」
「お前な、リネットの手伝いはいいけど、お前はどうなんだよ。今度テント忘れたら貸さないからな」
「あ、だ、大丈夫……じゃない!! 干したままでしたっ!!」
クレアはダッシュで部屋へ。
ハイセは、ポカンとしているリネットに言う。
「宿で働くんだってな」
「あ、はい。その……私に、姉弟子や師匠みたいな冒険者は無理ですし。でも、何かしたいとご主人に相談したら、宿のお手伝いをするといいって……宿、改築するみたいで、お手伝いが欲しいとのことだったので」
「いいと思うぞ。お前の好きにするといい」
「はい。えへへ……あ、修行は続けたいです!! 師匠、ご指導お願いします!!」
「ああ、わかった」
と、ハイセは思わず、リネットの頭をなでてしまった。
猫のように顔をほころばせ、嬉しそうに受け入れるリネット。
「あ!! リネット、師匠になでなでされてます!!」
「わわ、姉弟子。姉弟子もいっしょに」
「師匠、私も撫でてください!!」
「うるさい。ったく……二人とも、出発は明日だから、荷物の確認をしておけよ」
「「はい!!」」
騒がしい……と思いつつも、ハイセは「悪くない」と考えているのだった。
◇◇◇◇◇
翌日。
シムーンの朝食を食べ、三人で宿を出ると。
「さ、ユグドラに行くわよ!!」
「道案内は任せて」
「…………」
頼んでもいない、同行の許可をした覚えもない、そもそも今日出発と言っていないのに、プレセアとヒジリが宿の前にいた。
「イーサン。修行メニュー、きちんとやるように!! 戻ってきたら昇段試験ね!!」
「押忍!! 師匠!!」
「シムーン。お土産にユグドラの薬草や香草、たくさん持ってくるわね」
「ありがとうございます。プレセアさん!!」
『わんわん!!』
シムーン、イーサン、そしてフェンリルと挨拶をしている二人。
ハイセは、頭を抱えたくなったが、一応言う。
「お前ら……本気で付いてくる気か?」
「あったりまえじゃん。最近、あんまりハイセと一緒にいれなかったし。将来の妻としては、夫の傍にいたくなるモンなんでしょ?」
「意味不明すぎる。なんだ将来の妻って」
「アタシ、アンタと結婚するからに決まってんじゃん。愛よ愛。そして恋」
「……」
これには頭を抱え、プレセアを見る。
「私は里帰りのついで。お子様とは違うわ」
「誰がお子様よ!! アンタむかつくし!!」
「それと、もう一人いるから」
プレセアが視線を投げかけた先にいたのは、『教会』に所属する『聖女』の一人、ラプラスだった。
「お久しぶりです。ダークストーカー様。最近、めっきり出番のないラプラス・ドレミファソラティ・ドです」
「…………なんでいるんだ」
「もちろん、『旅に回復役は必須。儲けるチャンスだぜグッフッフ』など思っていません。純粋に、旅での負傷を治療するため、と神が仰っています」
「その神に『お帰りください』って言っておけ」
「さて、世界を巡る冒険ですね。胸がわくわくします。ちなみに私、十六歳ですが脱ぐとすごいです、と神が仰っています」
「帰れ」
こうして、ハイセの『ノブナガを知る旅』が始まるのだが……始まる前から疲労が凄まじく、ベッドに寝転がりたくなるハイセだった。





