まさかの名前
『カミシロ・レオンハルト・ヒデヨシ』
その名を聞いて真っ先に思い出すのは、ハイセの持つ日記の所有者。
カミシロ・レオンハルト・ノブナガ。過去に存在した偉大なる冒険者チーム『ヒノマルヤマト』のリーダーであり、クラン『セイクリッド』を除いた四大クランのマスターが所属していたチーム。
そして、ノブナガはハイセと同じ『能力』を持っていた。
「……カミシロ・レオンハルト・ヒデヨシ」
「大魔王の名に興味津々かい? あのお方は魔族最強であり、魔界最強のお方さね。ハイセ、あんたでも勝てるかどうかわからないよ」
強いか弱いか、勝てるか負けるかの次元ではない。
ハイセにとって『カミシロ・レオンハルト』の名は、能力発現のきっかけであり、自分と同じ能力を持っていた人間の名だ。
詳しく知りたい、という気持ちはある……が、ハイセはノブナガのことを詳しく知らない。そもそも、数千年前の人間であり、その最後がどういうものなのかも知らない。
「カーリープーラン。魔界行きの便はいつ出る?」
「急ぎかい? 言っておくが、私らの『ゲート』は、そう都合よく開いたりするような代物じゃない。すぐにとはいかないね」
「それでいい。俺にも、やることができた」
「ほう……それは聞いていいのかね?」
「答えると思うか?」
「……はは、そうさね」
二人の話を聞いていたサーシャは、会話に入れずに咳払いをする。
「こほん……話の続きをしていいか?」
「ああ、そうだね。リネットを渡す条件に行こうか。条件は簡単さ、ネクロファンタジア・マウンテンにある『魔界にも人間界にもないもの』を持ってくればいい」
「魔界にも、人間界にもないもの?」
サーシャが首を傾げる。
「そうさね。ネクロファンタジア・マウンテンは魔族ですら入ったことのない秘境だ。そこに何があるのか? ふふ、そこにある物だけでも、素晴らしいお宝に違いない」
カーリープーランの目は、宝石を前にする貴婦人のように輝いていた。
ハイセは言う。
「交渉成立だ。俺たちがお宝を手にして戻ってきたら、リネットと交換だぞ」
「ああ、もちろん……ふふ、楽しみだねぇ」
ハイセは立ち上がる。
サーシャがハイセを引き留めた。
「待て。まだ話は終わっていないぞ」
「やることができた。魔界に行く面子は十一人だったな? 俺、クレアは参加する……残りのメンツはお前で決めていい」
「な、なに?」
「それと、しばらく留守にする。カーリープーラン、魔界行きのタイミングは俺に一任してくれ。用事が済むまではゲートとやらを開くなよ」
「身勝手だねぇ……まあ、いいけどね」
それだけ言い、ハイセは部屋を出て行った。
残されたサーシャは不満に思いつつも、どこか思い詰めたようなハイセの様子が気になるのだった。
◇◇◇◇◇◇
ハイセは、一階ロビーに出るとクレアとリネットの元へ。
二人はクッキーを食べていた。
「「あ、師匠」」
声が揃い、二人は顔を見合わせ笑っていた。
なんとも力が抜けてしまい、ハイセは軽く息を吐く。
「クレア。数日後くらいに、森国ユグドラに行く。お前も行くか?」
「え」
「クラン『神聖大樹』のマスター、アイビスさんに会いに行く」
「え、あ……えっと、なんでです?」
「魔界に行く前に、いろいろ調べたいことができた。その後は、ディザーラ王国、聖十字アドラメルク神国、『夢と希望と愛の楽園』にも行く」
「え? ご、五大クランのあるところ……ですよね」
「ああ」
聞くことはもちろん、カミシロ・レオンハルト・ノブナガのこと。
魔界の大魔王とどういう関係なのか? ハイセは純粋に、ノブナガのことを知りたくなった。
自分と同じ『武器マスター』として、どう生き、どこで終わったのか。
「一緒に行くなら支度しておけ。恐らく、一か月以上は留守になる」
「行きます!! 師匠と旅行っ!!」
「遊びじゃないぞ……ったく」
「あ……」
と、リネットが何か言いたそうにしていた。
すでに師弟関係は終わっている。でも、リネットはそう考えていないようだ。
すると、階段からサーシャ、カーリープーランが降りてきた。
「リネット。ハイセとの師弟関係はまだ継続してるよ。一緒に行きたいのなら行きな」
「キディ様……い、いいんですか?」
「ああ。そうだよねぇ、ハイセ」
「……ああ」
「い、いきます。師匠と、旅をしたいです」
「ふっふっふ。リネット、私が姉弟子として、旅の支度を手伝いますよー!!」
「は、はい姉弟子!!」
どこまでも二人は楽しそうだった。
だが、サーシャはまだ納得していない。
「ハイセ。急にどうしたというのだ? 旅に出るだと?」
「ああ。お前も知ってるだろ、五大クランのマスターたちは、もともとは一つのチームだったって」
「ああ、それは知っているが……あれ、待てよ?」
「伝説の冒険者チーム『ヒノマルヤマト』のリーダーの名前は、カミシロ・レオンハルト・ノブナガだ。不思議なことに、五大クランのマスターたちは知られているが、ノブナガのことはほとんど知られていない。そもそも、チーム解散後にどうなったのか、どこで死んだのか……俺は、それが知りたい。俺と同じ『武器マスター』を持つ人のことを、ちゃんと知っておきたいんだ」
「……なるほど。止めることはできない、か」
そんな時だった。宿屋のドアがバンと開く。
「話は聞かせてもらったわ!!」
「面白そうね。旅に出るなら同行するわ」
ヒジリ、プレセアがタイミングを見計らったように宿に入ってきた。
ヒジリはハイセの腕を取り胸を押し付ける。
「ちょっとちょっと、このアタシを差し置いて面白そうな旅に出るとかずるいわよ」
「遊びじゃねえし。ってかくっつくな」
そして、プレセアが腕を取ろうとしたが、ハイセは躱す。
「私、しばらく旅に出ていないし、毎日お仕事ばかりだから息抜きしたかったのよね」
「知るか。旅行したいなら勝手に行け」
「そうね。もしかしたら、同じ行き先で、同じ宿に泊まることもあるかも」
「…………」
どうやら、騒がしい旅になること間違いなしだった。
サーシャは、どこかムスッとしながら言う。
「わ、私は別に羨ましくないぞ。こほん、魔界行きの支度もあるし、クラン運営のこともあるから、留守になんてできないし……ふん」
「羨ましいくせにー」
「う、うるさいぞヒジリ!! ええい、私はもう行く!! ハイセ、旅に出るのはいいが、のんびり遊ぶんじゃないぞ!!」
「あ、ああ……わかったよ」
サーシャは、プンプンしながら宿を出て行った。
カーリープーランもいつの間にかいなくなっており、宿屋の隅ではいつの間にかエクリプスが紅茶を飲んでリラックスしていた。
その様子を、プレセアが見て言う。
「意外ね。あなたも同行したがると思ったけど」
「私まで行くとハイセの好感度が下がる気がするしね。私は、サーシャのお手伝いをするわ」
「ふぅん。あなたとサーシャがいない間に、私たちはハイセとの仲を深めるから」
こうして、ハイセたちは魔界に行く前に、ノブナガについて詳しく知るための旅に出るのだった。





