魔界へ行く前に
ハイセ、サーシャはカーリープーランをバー『ブラッドスターク』へ。
泣いてしまったリネットはクレアに任せ、魔界行きについて詰めることに。
その前に……リネットについて。
現在、『ブラッドスターク』は貸し切りだ。マスターのヘルミネも、気配を消してグラスを磨いている。
カーリープーランは、煙管を咥えて吸い、煙を吐き出した。
「順序よく行こうか。まず魔界行きだけど……大勢でゾロゾロってわけにはいかないよ。私らの『ゲート』でも、最大十一名ってところさね」
「十一人……多いのか、少ないのかわからんな」
サーシャがそういうと、ハイセは何も言わずに果実酒を飲む。
ハイセをチラッと見て、サーシャは言う。
「カーリープーラン。魔界についての情報が欲しい」
「別料金」
「む……」
「あくまで、魔界行きに手を貸すだけ。それ以外は別料金さね」
「むむむ……」
「ふふん。どうせ、こっちで情報集めしたはいいが、ろくな情報がないんだろ?」
「……むー」
図星であった。
人間にとって魔界は未知の領域だ。行って帰ってきたという話を聞いたこともないし、タイクーンが調べられる限りの資料を漁ったが何もない。
わかることは、『魔界には魔族が住み、禁忌六迷宮の一つネクロファンタジア・マウンテンがある』ということだけ。
サーシャは果実酒を一気に飲み干して言う。
「っぷは……以前、私たちは禁忌六迷宮で魔族と戦った。その時に聞いたのは、魔族は『七大厄災』の五つを人間界に封印し、大陸を割り残り二つを魔界に封じた……魔界にある二つのうち一つは滅び、残り一つがネクロファンタジア・マウンテンに封印されていると」
「ほう……」
カーリープーランは、感心したようにサーシャを見た。
濃度の高いブランデーを飲み、再び煙管を咥え煙を吐く。
「その通りさね。大昔、もともとこの世界は一つの大陸だった。だが『七大厄災』が大暴れし崩壊の危機に合う……それで、古の魔族は大陸を割り、五つを人間界に封印し、もう二つを魔界に封印。魔界にある一つの厄災を滅ぼすことに成功し、最後の一つはネクロファンタジア・マウンテンにある」
「……五つの厄災は、俺たちが倒した」
「そうだね。でも……長き年月で弱体化した厄災だ。本来なら、世界を滅ぼすほどの力を持っている」
ハイセは思い出す。
デルマドロームの大迷宮の最奥にあった『封印』から感じた圧力。
現在は遥か地底にある封印。そこで冷凍処理された『ヤマタノオロチ』の姿。
魔族(ハイセはもう名前も覚えていない)が使役していた『ヤマタノオロチ・ジュニア』ですら、兵器を使わねば倒せなかった。
思い出していると、サーシャは言う。
「ええい。魔界の成り立ちなぞどうでもいい。問題は、魔族が人間に対しどういう感情を持っているのか、そしてどれほどの力を持っているのかを知りたい」
「別料金」
「ま、またそれか……むー」
考え込むサーシャ。すると、ハイセが言う。
「別に、魔界の情勢とか、魔族とかどうでもいい。向かって来るなら殺すだけだ。まあ……お前の名前を出して暴れたら、面白いことになるかもな?」
「……あんた」
ハイセはカーリープーランを見てニヤリと笑う。
冗談なのか本気なのかわからない。
「忘れちゃいないかい? 行きは保障するが、帰りは私の気分しだいってこと。ゲートを開かなかったら、あんたらは魔界に居残りさね。残りの人生、魔族と過ごすのも楽しそうだね」
「それはいいな。だったら、俺は暴れるぜ。お前の名前で魔界に喧嘩売りまくって、魔界の主要国を壊滅させてやる。一つだけ手の内晒してやる……俺の『兵器』には、国一つを容易く滅ぼせる『猛毒ガス』がある。夜中にでも上空からバラ撒けば、一日以内に数万、数十万の死体の出来上がりだ」
ハッタリではない。
魔界を滅ぼすまでいかずとも、ハイセならカーリープーランの名前で国一つ程度なら滅ぼす。
魔界全土が滅びるのではなく、一つの国が亡びる。
そうなれば、カーリープーランの名は魔界の歴史に残る……最悪な形で。
空気が張り詰めたが、折れたのはカーリープーランだった。
「……今の魔族は、平和ボケもいいところさね」
「お、教えてくれるのか?」
「一度しか言わないから黙って聞きな。魔界は人間界の領土の半分程度の島国さね。大半が森に覆われ、主要国も三つしかない。そして、その三つの国の中心にあるのが、魔界で最も深く、最も危険な大山脈……『ネクロファンタジア・マウンテン』だ」
カーリープーランは煙を深く吸い、ため息を吐くように吐き出した。
「主要国は三つだけど、どの国もハイベルグ王国と同じくらいデカい。工業、農業、生産業をそれぞれ司っている。三つの国だけど、デカい一つの国が三つに分かれたって考えればいい。その三つの国が、ネクロファンタジア・マウンテンを監視している……七大厄災最強最悪の魔獣が復活しないようにね」
「七大厄災最強の、魔獣……」
「ああ。私も文献でしか知らないが、魔界は未来永劫、その七大厄災を監視する役目があるそうだ」
「……へえ」
ハイセは面白そうに笑う。
カーリープーランは、ハイセを見て言う。
「正直……いたずらにネクロファンタジア・マウンテンに挑んで欲しくないね。そもそも、あそこは立ち入り禁止であり、三国が監視している。人間が入るなんてあり得ないし、そもそもあそこは迷宮でも、挑むような場所でもない」
「でも、禁忌六迷宮……俺の目標だ」
「当然、私もだ」
「やれやれ。藪をつっついて七大厄災が復活した、なんて聞きたくもないけどね」
ハイセは果実酒のおかわりを注文し、質問する。
「魔界に入った人間はどうなる?」
「逆に聞くけど、人間界に入った魔族はどうなった? 私の知る限りじゃ、生きていないねぇ」
カーリープーランがニヤニヤしながら言うと、サーシャが反論する。
「それは、お前たち魔族が悪意を持って接してきたからだ。イーサンやシムーンを見ろ。あの子たちは魔族だが、私たちとなんら変わりない」
「それは、あの子たちがツノを折り、人間と同じ肌色で過ごしているからさね。私だって、人間界に住むために隠れ、人前じゃ肌の色を変える……異物ってのは、排除されるもんさ」
「……む」
「つまりそういうこと。お前たちが魔界に行けば、魔族は驚き、捕縛しようとするだろうね。それにハイセ……お前の持つ『武器』を研究したがっている国もある」
「……そういや」
魔族(ハイセは名前を知らない)は、ハイセの武器を『銃』だと知っていた。
「工業国メガラニカでは『武器』の開発を行っている。魔族には『スキル』があるけど、古代人の使用していた武器、兵器には未だに足元にも及ばない……その、小さな金属を飛ばすだけのシンプルな武器をどうしても作ることができないのさね」
「へえ……こいつがねぇ」
「とにかく、それはある意味で魔界との交渉材料になるかもね」
ハイセは自動拳銃を抜き眺める。
ハイセには何となくわかった。
恐らく、魔族……いや、この世界には『火薬』が存在しない。
爆発する粉は、ハイセの知る限り聞いたことも見たこともない。魔法やスキルで爆発を起こすことはできるが、それを小規模に、かつ弾丸に込めて破裂させる技術が存在、確立していないのだ。
カーリープーランは続ける。
「工業国メガラニカ、農業国パシフィス、産業国レムリア。魔界三大国家と呼ばれ、それぞれの国を『魔王』が統治している。そして、三国家を束ね、最終的な決定権を持つ魔界で最も権力を持つ者……魔王の中の魔王、『大魔王』」
「大魔王?」
「ああ」
ハイセは国の名前にも、魔王にも興味がなかった。
「『カミシロ・レオンハルト・ヒデヨシ』……正統なる魔王の後継者で、誰もが認める魔界の王さ」
だが、その名前を聞き、思わずカーリープーランを凝視してしまうのだった。





