仕事の終わり
「今日で三十日目……フン、まあまあ楽しめた。残念だけど、今日で終わりだよ」
「そうか……」
サーシャは、三十日間きっちりと働き……ようやく、バーでの給仕仕事を終えた。
現在、サーシャはカーリープーランと二人で、店の事務所で向かい合ってる。
露出の多い仕事着とも今日でお別れだ。不思議なことに、最初は嫌らしさしか感じなかったこの仕事も、終わるとなると妙に名残惜しかった。
それを見たカーリープーランはニヤっとする。
「なんだい、物足りなそうな顔して……あんたまさか、この仕事気に入ったのかい?」
「そそ、そんなわけがあるか!! 何度胸にチップを突っ込まれそうになったか……」
「あんたを見て指名する客も多くてね。まあ、S級冒険者序列四位『銀の戦乙女』サーシャそっくりだとも言われたけどね。まぁ、あの冒険者がこんなサキュバスの店で働いているなんて誰も思っちゃいないようで、私のスキルで簡単にそっくりさんってことになってる。」
「そ、そうなのか……」
バレたらとんでもない……と、サーシャは今更ながら震えた。
クラン『セイクリッド』も、一ヶ月不在の件は、多少手を回してくれたのかもしれない。住み込みだったのでホームにも帰れず、レイノルドたちの用意がどこまで進んだのかも気になった。
サーシャは顔を上げる。
「私は約束を果たした。カーリープーラン……お前にも約束を守ってもらう」
「魔界行きだね。もちろんさ、取引で馬鹿するほど堕ちちゃいない。でも、魔界に行くトンネルには少し準備が必要でね……」
「なに? すぐに行けないのか?」
「いつでも行けて、いつでも帰れる。そう周りには思わせているのさ。不確定情報をあえて隠しておき、真実は私だけが知る。私が魔界に行けることを調べようとすると、不確定情報を掴んで、私がいつでも魔界に帰れるって思わせる……」
「……なるほどな」
「言っておくけど、協力はするが私らを売るようなことをするんじゃないよ。この秘密も、三十日きっちり働いたアンタに対する対価だからね」
「わかっている。誰にも言うつもりはない」
カーリープーランは「フン」と鼻を鳴らし、煙管に火を着けた。
「そういえば……ハイセの方はどうなった」
「予想通りさ。私の言う通り、きっちりとリネットを仕上げた」
「……つまり、『マスタースキル』を使いこなせるように?」
「ある程度はね。そもそも、三十日やそこらで使い物になるとは考えていない。あんただって、自分の『ソードマスター』を三十日やそこらで使えるようになったのかい?」
「……それは」
あり得ない。
そもそも、今だって完全に使いこなしているとは思っていない。
クロスファルドを『完成品』とするのなら、今のサーシャはようやく形になっただけの物だ。たとえ今から三十日与えられて「仕上げろ」と言われても、歪な形にしかならないだろう。
「……カーリープーラン。リネットは、お前の組織……『大魔盗賊』に入れるのか?」
「そうだねぇ。あの子が能力を使いこなせば、オリハルコンの剣を量産することだって可能だ。『メタルマスター』、『プラントマスター』、『コピーマスター』と並ぶ生産系マスター能力者なんて、そうそうお目にかかれるモンじゃない」
「…………」
「納得いかないようだね」
カーリープーランは煙を吐き出す。
サーシャは、何度か見ていた。
ハイセ、プレセアから勉強を見てもらうリネット、ヒジリとお菓子を食べて笑うリネット、シムーンやイーサンの仕事を手伝うリネット。
盗賊の手伝いとなれば、そういう世界とは無縁になるだろう。
「……勘違いしているようだから言っておくけど、私らは盗賊だ。この店だって、金稼ぎの一つであり慈善事業じゃない。そもそも……盗賊である私らは悪だ。悪じゃなきゃ、国一つを盗もうなんて思ってもいないよ」
現在、魔法王国プルメリアは、カーリープーランの支配下にある。
支配下といっても、国王を『支配』して密かに土地を提供してもらい、アリババの隠れ家として使っているだけだが。
「でも、まあ……あの子が欲しいなら、考えてやらんこともない」
「!!」
サーシャは顔を上げた。
そして見た。カーリープーランの目は、何かを企んでいる目。
「ネクロファンタジア・マウンテン。魔界でも『謎』とされる死の山……そこにある『お宝』を手に入れてくるなら、リネットと交換してもいい」
◇◇◇◇◇◇
一方そのころ。
ハイセは、リネットが作った『鉄の剣』を手にし、刀身を指でなぞっていた。
「……ふむ」
「ど、どうでしょうか」
「合格だ。材質、形状、共に『鉄の剣』で間違いない」
そう言い、ハイセはリネットの剣を傍にあった樽に入れた。
樽の中には、鉄の剣から始まり、ミスリルやダマスカス、鋼鉄に赤胴の剣が何本も差してある。
ハイセの命令で連続して制作すること十本目。ようやく、狂いなく連続で剣を作れるようになった。
材質や硬度だけじゃない。その装飾も立派なもので、店に並んでいても違和感のない完成度だ。
クレアは、剣を一本抜いて振ってみる。
「今更ですけど、マスター系能力ってすごいですねー」
「お前もマスター系能力者だろうが」
「まあそうですけど……でもでも、物作りの人って特にすごいと言うか」
「あ、姉弟子……その、褒めすぎです」
リネットはモジモジして顔を赤らめた。
感情表現も豊かになり、普通の女の子にしか見えない。
ハイセは言う。
「リネット。三十日間、よくやった。これでお前は俺から卒業……キディの元に戻れるぞ」
「───……ぁ」
リネットは、忘れていた事実を思いだしたような表情になる。
そう、リネットは……キディことカーリープーランの命令で、ハイセの教えを受けていた。
その期間が終われば、もう弟子ではない。
「…………」
「……どうした?」
「…………い、いえ」
リネットは、無理に笑った。
痛々しい笑みだった。ハイセも同様に理解している。
この師弟関係が終われば、もうここで生活することも……もしかしたら、二度と会うこともないだろうと。
「───あ、あれ?」
リネットは、ポロポロと涙を流した。
無理やり作り、張り付けた笑顔。その目から流れる透き通った涙だけは、ごまかせない。
クレアは口元を歪め、リネットを抱きしめた。
「……あ、姉弟子」
「私……まだ、リネットに教えてないこといっぱいあります。まだ、姉弟子って呼んで欲しいです……」
「う、ぅ」
リネットには、わからなかった。
カーリープーランは恩人だ。奴隷として終わる人生を救ってもらった。カーリープーランのためになるなら、どんなことでもしたい。
でも、それと同じくらい、ハイセたちとの生活は楽しかった。
友達、姉弟子、そして師匠……全員が、リネットを愛してくれた。
離れたくない。でも、カーリープーランの元に帰らなければならない。
二つの気持ちが衝突し、感情がぐちゃぐちゃになっていた。
「…………はあ」
ハイセは頭を押さえ、ため息を吐いた。
こうなるような気がしてならなかった。
そんな時だった。
「……ハイセ」
「サーシャ……それと」
サーシャと、人間の姿をしたカーリープーランことキディがいた。
キディは、クレアに抱き着くリネットを見て言う。
「やっぱこうなったねぇ……」
「……カーリープーラン。話がある」
「わかってるよ。どうせ、リネットを引き取りたいって話だろ。ま、サーシャにも同じこと言われてね。こっちから条件を出したところだ」
「……条件?」
「そうさね。さて、魔界行きの話を詰めようか」
カーリープーランは煙管を取り出すと、片手で器用に回転させた。





