成長
「……剣」
リネットが両手をテーブルに向けて目を閉じると、テーブルの上に『鉄の剣』が現れる。
ハイセは、自分のアイテムボックスから出した『鉄の剣』と、リネットが作った『鉄の剣』を並べた。
リネットが目を開け、息を吐き……それぞれの剣を見比べる。
「ど、どうでしょうか……師匠」
「……クレア」
「はい」
ハイセは、武器屋で買った『鉄の剣』をクレアに渡し、リネットが作った剣を自分で持つ。
クレアは闘気で全身を包み込み、ハイセが持つ鉄の剣に向かって、思い切り剣を振り下ろす。
すると、バキィン!! と砕ける音と共に、武器屋の剣が折れた。
リネットの剣は……傷一つ付いていない。
喜ぼうとするクレアだが。
「鉄の剣、だが強度は鉄以上……やり直しだ」
「は、はい!!」
「ちょ、師匠、厳しすぎませんか!? これ、鉄の剣……ううん、鋼鉄の剣くらいの硬さです!!」
「知ってる。だが、俺が指定したのは『鉄の剣』だ。言われた剣を、言われた硬度で再現しなきゃ修行にならん」
「で、でも」
「いいんです。姉弟子、もう一度作るのでお願いします!!」
「えへへ、まあいいですけど」
クレアは、『姉弟子』と呼ばれるとニヤけてしまうようになった。
リネットの修行は順調に続いていた。
まず、一般常識や興味のあるモノに関して勉強を続けたおかげで、イメージや想像力が広がり、複雑な装飾などもイメージし、刃に反映することができるようになった。
リネットは、美術品に興味を持つようになった。
美しい風景の描かれた絵画や壁画、アクセサリーなどの工芸品。物の価値ではなく、その見た目や精巧さに目を奪われ、ハイセがくれたノートやインキぺンで模写するようにもなった。
物の美しさを知りたい。それが、リネットの興味。
価値のあるもの、ないものとジャンルは問わない。ハイベルグ王国の城壁に行き、ひたすら風景をスケッチしたり、クレアと一緒に城下町を散歩してその光景をスケッチしながら歩くことも多かった。
そのおかげなのか、ハイセの元に来て十五日、硬度はともかく、複雑な形状の物を生み出すことができるようになったのである。
だが、問題はその『硬度』であった。
鉄が硬いということはわかる。だが、鉄は鋼鉄より柔らかく、アダマンタイトはさらに硬く柔軟で、オリハルコンはさらにさらに硬い……というのが、あまりイメージできていない。
堅ければいい、というものでもないので、リネットの修行の第二段階は、『物の硬さ』について知ることになった。
もちろん、イメージを強化するための勉強も同時に続ける。
結局、この日は『鉄の剣』を作ることができずに終わるのだった。
◇◇◇◇◇◇
「はあ……」
リネットは一人、風呂に入っていた。
「うまくできない……」
勉強は楽しかった。
美しいものを模写し、形にするのは楽しかった。
でも、どうしても『硬さ』が理解しにくい。こればかりは経験を重ねるしかないのだが、これまでが順調であったため、リネットは初めての挫折に苦しんでいる。
そんな時だった。
「しつれーしますね、リネット!!」
クレアが入ってきた。
上も下も隠さず、豪快に見せて歩いてくる。
「ふふん。お悩みのようですので、姉弟子クレアがお話を聞きますよ」
「姉弟子……」
「ささ、お背中流します。どうぞどうぞ」
クレアは椅子を出し、リネットを座らせる。
そして、ごしごしと泡立てたスポンジで、リネットの背中を洗う。
「お悩みですね」
「……はい。どうしても『硬さ』がわからなくて」
「まあ、普通の人からしたら『鉄は硬い』くらいのイメージですもんね」
「はい……はあ、どうしたら」
バシャッと、クレアがリネットの背にお湯をかけ、泡を落とす。
「焦りすぎですよ、リネットさん」
「…………」
「考えすぎてもいい結果は出ません。お風呂にゆっくり浸かって、また明日からがんばりましょう!!」
「姉弟子……はい」
この日から五日……リネットの『能力』は、進歩が止まった。
◇◇◇◇◇◇
今日も、リネットの修行は上手くいかなかった。
素材の『硬度』が、どうしても理解できない。
硬ければいい……というものではない。それも、リネットはわかっている。
「……うう」
「迷ってるな」
本日作った鉄の剣は、ハイセが力を込めるとぽっきり折れてしまった。
その辺に落ちている枝と同じ。まるっきり『硬さ』の失われた剣。
リネットが迷っていることにハイセも気付いていた。
「リネット。硬度がわからないんだな?」
「はい……鉄、オリハルコンの硬さの差がわからないです。柔らかい素材、柔軟で伸びのいい素材、脆い素材……世の中には不思議がいっぱいです」
「ま、俺にもわからんけどな」
「……え?」
ハイセは折れた剣をさらに折って言う。
「鉄、オリハルコンの硬さの違いなんて、俺でも言葉じゃ説明できない」
「……え」
「でも、お前は知らなきゃいけない。『模剣マスター』で、剣を作る者として、お前は剣に関しては俺以上に知らなきゃいけないんだ」
「……師匠、以上に」
「それにお前。キディのために学ぶんだろ。だったら、悩んでイジけてるヒマなんてない。お前がまだできることはいくらでもある」
「…………」
「さ、どうしたいかを言ってみろ」
リネットは考える。
ずっと考えていた。図鑑を何度も見た。でも、わからない。
だったら、やれることは。
「……あの、師匠。鍛冶屋さんとか、鉄を加工できる場所を教えてください。私……そこで、鉄がどうやって加工されているのか、知りたいです」
「わかった。なぁ、やれることはあるだろ?」
「……はい!!」
すると、宿屋にクレアが飛び込んできた。
「修行終わりです!! リネットさん、今日の武器は……あれ? 師匠、どこか行くんですか?」
「リネットと、ゾッドさんの鉄屑屋に行ってくる。そのあとは金属加工をやってる工場とか、ゾッドさんに紹介してもらって見学かな」
「あ、私も行きたいです!! 何かお役に立てるかも!」
「……あると思うか?」
「師匠ひどい!! 私だって、妹弟子の役に立ちたいです!!」
「あの、師匠……姉弟子も一緒に、ダメですか?」
「……はあ。わかったよ、その変わり、あんまり騒ぐなよ」
「師匠は私を何だと思ってるんですかぁ~!!」
「くっつくな、揺するな……ったく」
リネットは決めた。
迷うことをやめ、できることはなんでもやってみようと。
そのためにハイセがいる。姉弟子クレアもいる。
歩みを止めない限り、成長の可能性はあると、リネットが知った瞬間でもあった。





