サーシャの接客
「オレンジカクテルまだ!?」
「も、もう少し!!」
「ちょっと、こっちのオーダーも速く!!」
「は、はい!!」
サーシャは、サキュバスの店で必死に働いていた。
今日で十日目……毎日がかなり忙しく、ひたすらカクテルを作る毎日。
主な仕事はカクテル作り。料理は得意ではないが、酒同士を決められた分量で混ぜるだけなのでそう苦労はしない……が、サキュバスを求めてやってくる男性客が非常に多く、とにかく忙しい。
ようやく落ち着き、へとへとになりながら洗い物を始めた。
「うう……剣を振るのとは違う大変さだ」
「ふふ、苦労しているねぇ」
と、カーリープーラン……偽名キディが煙管片手に現れた。
サーシャはジロっと一瞥するだけで、すぐにワイングラスを洗いはじめる。
「ふふ、いいねぇ。その服にも慣れたようで嬉しいよ」
「……こっちは全然嬉しくない」
何度か客に『チップ』を胸の谷間に突っ込まれそうになり、危うく客を斬り殺しかけることがあった……とは言えない。というかカーリープーランは報告で聞いているので知っていたが。
カーリープーランはクスクス笑いながら言う。
「あんたと『遊びたい』っていう客もいるんだがどうだい? どうせ私のスキルで客は誰も覚えちゃいないしねぇ、まぁサキュバスと違って生気は吸えないけど、ふふっ」
「……私にも限界はあるぞ」
「おや、そうかい。怖い怖い」
もし『客を取れ』と言われたら、サーシャは拒否……というか、暴れるだろう。
魔界に行く手段を引き合いに出しても、きっと受け入れない。そもそも、カーリープーランを殺すことだってあり得る。
さすがにカーリープーランも、そこは理解していた。今のはあくまでも冗談である。
「冗談はさておき、明日は別件の仕事。ハイセのところにいるリネットの様子を見に行ってくれないか?」
「なに? なぜ私が」
「行きたくないなら別にいいさ。せっかく、明日は休みにしようと思ってたんだけどねえ」
「い、行く!! ハイセの弟子リネットの様子を見に行けばいいんだな?」
「ああそうさ。よろしくね」
「……なぜ、自分で行かないんだ?」
「私が行くと、あの子の修行の邪魔になるからねぇ」
「……よくわからん。だがまあ、わかった」
カーリープーランはそれだけ言い、店を出て行った。
◇◇◇◇◇◇
翌日。
サーシャは、宿泊している部屋で私服に着替え、ハイセのいる宿へ向かった。
クランの様子を見に行こうと思ったが、明日も仕事だし、クランに行けば一日があっという間に終わってしまう。
今は、レイノルドを筆頭に『魔界行き』の準備を進めている最中。邪魔はせず、三十日間きっちりとカーリープーランの元で働こうとサーシャは決めていた。
そして、宿のドアを開ける。
「失礼する」
「いらっしゃいませー……あ、サーシャさん!!」
「久しいな、シム-ン」
宿に入ると、シム-ンがテーブルの拭き掃除をしていた。
食事スペースを見ると、ハイセとプレセアがリネットに勉強を教えている。別のテーブルには山のように本が積んである。
ハイセは、サーシャの登場に視線を移す。
「サーシャか、何か用か」
「いや、リネットの様子を見に来た」
「ふふ、お仕事はいいのかしら?」
「まあ……今日は休みだ」
恐らく、プレセアはサキュバスの店のことを知っているだろう。
なんとなく言葉を濁し、サーシャはハイセたちのいる席の隣に座る。
すると、シム-ンがメニュー表を渡してきた。
「……これは?」
「えっと、飲み物メニューです。おじいちゃんと相談して、日中はカフェ営業もすることにしました。実は、イーサンが食堂の拡張工事をするんですよ」
「ほう……知らなかった」
「えへへ……」
だが、この宿屋は立地はあまりよくない。庭付きでそこそこ広いが、人通りも少ない。
サーシャは一階を見渡す。
「カフェか……」
おせじにも『新しい』とは言えない宿。
一階は受付カウンター、食堂スペース、風呂へ続く扉、キッチン、そして二階へ続く階段のみ。
今いる食堂スペースも、小さな席が六つだけ。部屋数に応じたテーブルを置き、仕切りを入れたようだが、決して広くはない。
古いが掃除は行き届いており、綺麗な花瓶や花、可愛らしい猫の小物などがカウンターに置かれている。間違いなく、シム-ンの趣味だろう。
シム-ンは、ハイセたちのいる壁際を見る。
「そっちの壁を壊して、奥を丸ごと食堂スペースにするんです。今、イーサンが図面を書いてます。そのあとはわたしの仕事で」
「……お前も大工仕事を?」
「いえ。わたしの『スキル』なら、一瞬で作れるので」
と、シム-ンは右手を見せると、いきなり『銀のスプーン』が現れた。
驚くサーシャにシム-ンは言う。
「わたしのスキル『創神』は、わたしのイメージした物を作れるんですって。ちゃんとイメージしないと何もできないんですけどね」
「そ、そうなのか?」
無から有を作り出すスキル。
しかも、対価を必要としない。
それは、神の所業に他ならなかったが、シムーンは《便利な力》程度にしか考えていない。
魔族のスキルの中でも特に珍しい『オーバースキル』の一つ。人間で言う『神スキル』と同じなのだが、その特異性は桁が違った。
現在、シムーンは『キッチン関係』の道具なら瞬時に生み出せる。ナイフやスプーン、フォークに皿、調理道具……一度は野菜や肉なども生み出したが、味が全くしないことがわかったので、食材などは作っていない。
ちなみに、リネットの能力に通じる部分があるが、シムーンは宿屋の仕事で忙しそうなので、ハイセは何も頼んでいない。
「とりあえず、わたしはお部屋を作って、後の仕事はイーサンにお任せです。ふふ、楽しみにしてくださいね」
「あ、ああ……その時は、通わせてもらう」
メニューを見ると、紅茶や緑茶、カーフィー、果実水など。そして手作りクッキーや蜂蜜たっぷりのクリームパンケーキなどもあった。
「とりあえず、紅茶とクッキーを」
「はーい、しばらくお待ちくださいね」
シムーンは、嬉しそうにキッチンへ。
いつか大人になり、恋をして、結婚をし、宿屋を引き継いで夫婦経営をする姿が目に浮かんだ。
◇◇◇◇◇◇
紅茶とクッキーを楽しみつつハイセたちの方を見ると。
「えっと、師匠……ここなんですけど」
「ここはこうだ。二つの数字を合わせて、あてはめ……こうする」
「あ、なるほど」
どうやら、パズルを解いているようだ。
すると、プレセアがサーシャの席に座る。
「文字の習得、書き方、パズルで息抜きして、計算の勉強をして、リネットが興味を持った美術書をハイセが音読……この十日間、ずっと一緒にいるわ」
「い、一緒?」
「ええ。あの子の想像力を膨らませるために、一般常識を叩きこんでいるの。クリエイト系の能力に大事なのは何より、イメージの力だからね」
「イメージか……」
「ところで、お仕事はどう?」
「……」
サーシャは何も聞こえていないフリをした。
すると、ヒジリとイーサンが宿に入ってくる。
「姉ちゃん!! 図面できたっ!!」
「シムーン、おやつ!!」
イーサンは図面片手にキッチンへ。ヒジリはお腹に手を当てていたが、サーシャを見るとサーシャの席に座り、勝手にクッキーを食べ始めた。
「アンタ、エッチなお店で働いてるんじゃないの?」
「あ、会うなり変なこと言うな!! というか勝手に食べるな!!」
「いーじゃん別に。あ、リネット勉強がんばー」
「あ、はい……あ、サーシャさん」
リネットは、ようやくサーシャに気付いたようだ。
集中が切れたのか、ハイセも息を吐く。
「少し休憩だ。サーシャの席に行け」
「はい、師匠」
リネットがサーシャの席へ。
すると、リネットはハイセをジッと見て言う。
「あの、師匠も一緒に……」
「…………」
「だ、ダメでしょうか……ご、ごめんなさい」
「……はあ」
ハイセは仕方なくサーシャの席へ。
驚いていると、プレセアが言う。
「クレアとは別の意味で、ハイセが甘やかしたくなる子なのよね」
「確かに……」
「ハイセってやっぱ面白いわねー」
「……お前ら黙れ」
サーシャは思った。
カーリープーランには『ハイセはリネットに懐かれ、何だかんだで甘やかしている』と報告しようと。





