素材の見分け
「これがミスリル、これがアダマンタイト」
リネットは、ゾッドの素材置き場で金属や鉱石を眺めていた。
手に取って強く握ってみたり、許可を得て舐めてみたり、地面に叩き付けてみたりと、『素材の硬さ』や、『金属が硬い』ということを理解していく。
その様子を、ハイセは座って眺めていた。
ゾッドは煙草を吸いながらハイセに聞く。
「あの子、孤児だろ」
「……まあ、そうなるね」
「……事情は詳しく聞かんが、金属の前に、もっと常識を教えた方がいいんじゃねぇか? 字の読み書きができれば本も読めるし、計算できれば買い物にも行けるだろ?」
「…………」
その通りだった。
『能力を鍛える』ことばかり考え、常識的な部分が抜けていた。
ハイセはリネットを呼ぶ。
「はい、師匠」
「リネット、お前……字は読めるか?」
「い、いえ……読めないし、書けません」
「計算は?」
「えっと……よくわからなくて」
「あー……そうだよな。スマン、俺の落ち度だった。まずはそこからだな」
「ご、ごめんなさい」
「謝るな。俺の不注意……とにかく、一般常識から教えるか」
リネットを連れ、ハイセは屑鉄屋から出る。
しばし、城下町を散歩……リネットは、キョロキョロしながら歩いていた。
見る物全てが珍しいのだろう。ハイセは言う。
「リネット。お前、好きな物あるか?」
「え?」
「漠然としすぎかな……お前が興味を持つものって何だ?」
「……何を見ても、知らない物ばかりで、全部が楽しいです」
「全部か。お前……知りたいって思うか? 例えば……あれは何だ?」
「パン、ですね」
ハイセが指差したのは、ありふれたパン屋。
煙突からもくもくと煙を吐き出し、ショーウインドーには焼きたてのパンが並んでいる。
近づき、並んでいるパンを見た。
「お前、これに興味あるか?」
「はい。おいしそうなパンばかり……今まで食べていたの、カチカチの硬いパンばかりだったので」
「そうか。じゃあ、このパンの一つ一つに、名前があるのも知ってるか?」
「……知らないです」
「それを、知りたいと思うか?」
「思います!! 師匠、知りたいです!!」
「そう。知らないことを知りたいと思う気持ち。そのために行動をするのが『勉強』だ。身体を鍛えるのよりも大変なこともある……勉強には終わりがないからな」
「…………」
「リネット。お前にはこれから、知らないことを知ってもらう。お前が興味を持ったことに対して『知る』ことを覚えてもらう。それができるようになったら、お前の『能力』を伸ばすための『勉強』をする。できるかどうかじゃない、やってもらうぞ」
「──はい!!」
リネットは、嬉しそうに笑って返事をした。
勉強をするのが楽しみで仕方ない。そういう返事だった。
「……まずは、文字の書き方、読み方からだな。よし、文具屋でお前の勉強道具を買いに行く」
「は、はい!! えへへ……嬉しいです」
リネットは笑い、ハイセの隣に並んで袖を掴んだ。
思わず掴んでしまったのか、ハッとして離れ、一歩下がってしまう。
だがハイセは言った。
「……迷わないよう、掴んでもいいぞ」
「──……あ、はい!!」
リネットは少し恥ずかしそうに、ハイセの袖を掴むのだった。
◇◇◇◇◇◇
城下町で一番大きな文具屋に入り、買い物をする。
ハイセは羽ペン、インク、羊皮紙と買うのを頭の中で反芻させていると、ショーケースが視界に入った。
「これは……」
「お目が高い。これは最近開発された新作で、インキペンって言うんですよ」
ショーケースを覗いていると、店員が話しかけてきた。
インキペン。羽ペンよりも太く、細い筒の先にペン先が付いている。
店員はショーケースから出して見せてくれた。
「この筒の中にインクを入れると、自動でペン先からインクが出てくるんです。インクが続く限り書き続けられますよ」
「へえ……便利だな」
「それと、こっちは『ノート』という、新素材で作られた紙束です」
ノート。見せてもらうと、羊皮紙よりも薄く、一束で百枚以上ある。
色も白く、字の練習をするには最適だった。
ハイセはリネットを見る。店内にあるキラキラした文具を、同じくらいキラキラした目で見ていた。
「……じゃあ、このインキペンを二本。ノートをあるだけくれ」
「あ、あるだけ?」
「ああ。千でも二千でもいい」
ハイセは白金貨を数枚置くと、店員は仰天していた。
店員がノートを用意する間、ハイセはリネットの元へ。
「なんか欲しいのあったか?」
「あ、師匠……えっと」
リネットは、猫のぬいぐるみを抱っこしていた。
文具屋だが、癒し系のグッズも売っているらしい。ハイセはそのぬいぐるみを受け取り、カウンターへ置く。
「こいつも追加で」
「は、はい」
支払いを済ませ、ノートを全てアイテムボックスに入れ、箱に入ったペンを一本、リネットに渡す。
「お前のペンだ。使い方は帰ってから教える」
「あ……ありがとうございます」
「それと、ほれ」
ぬいぐるみも渡すと、リネットは嬉しそうに抱きしめた。
◇◇◇◇◇◇
宿に戻ると、当たり前のようにプレセア、ヒジリがいた。
「おつー、なになに、買い物してたの?」
「……楽しかったようね」
ヒジリがクッキーをボリボリ食べながら手を上げ、プレセアはリネットが抱きしめている猫のぬいぐるみを見てクスっと微笑んだ。
めんどくせえ連中に会っちまった……と、ハイセは声ではなく顔で表現する。
周りを見たがクレアもエクリプスもいない。
「クレアは母屋の掃除手伝い、エクリプスはお部屋で『銀の明星』と魔法で会話してるわよ」
「……何も言ってないが…」
「顔に書いてあったのよ」
そう言い、プレセアは紅茶を啜る。
すると、キッチンからエプロンを着たシムーンが出てきた。
「あ、おかえりなさい。ハイセさん、リネットさん。すぐにお茶を淹れますね」
「ああ、頼む」
「あ……」
リネットは、にっこり笑うシムーンを見て、恥ずかしそうに呟いた。
「た……ただいま、です」
「はい。おかえりなさい!! さ、座って待っててくださいね」
ハイセは自分の席に座り、リネットは遠慮がちにハイセの隣へ座る。
アイテムボックスからノートを出し、本を数冊置いた。
「お茶飲んだら字を教える。ペンを出しておけ」
「はい、師匠」
「なになに、ベンキョーすんの? え~? そんなことよりさ、遊ばない?」
「うるせ。クッキー食ってろ」
「はいはい。あ、アタシ今日ここで晩ごはん食べるから。シムーンがステーキ焼くんだって!!」
「私もご相伴に預かるわ。それと……勉強なら、私も手伝えるわよ」
「……え、えっと」
オドオドするリネット。すると、ドアが勢いよく開いた。
「おじいさん、母屋のお掃除終わりました!! あ、師匠にリネットさん!! 帰ったんですね!?」
「声デカい。もう何度注意してるか……」
「えへへ。あ!! リネットさん、新しいペン……おお、師匠とお揃い!? いいなあ!!」
「……リネット。こいつは無視していい」
「ひどい!! あ、シムーンちゃん、私も紅茶くださいっ!!」
「はーい。クッキーも持っていきますねー」
「あ、アタシもクッキーおかわり!!」
「私は紅茶……手伝おうかしら」
「ふう、ようやく会議がひと段落……あらハイセ、帰ったのね。お帰りなさい」
姦しいどころじゃない。
宿屋は勉強する環境じゃないと、ハイセは頭を抱える。
だが……。
「えへへ……」
楽しそうな声に囲まれたリネットがほほ笑むのを見て、どうしたものかと悩むのだった。





