指導開始
リネットの指導が始まった。
クレアたちと出かけた翌日、ハイセはリネットを宿の一階食堂スペースに呼ぶ。
服装は普段着で、クレアたちが選んだようだ。
スカートにややフリルの付いたドレス風の私服であり、シンプル系とは違いどこかゴシック風の可愛らしさがある……普段自分たちが着ないような服を着せた感じだ。
髪型もツインテールにしてあり、とてもじゃないが戦闘などできるスタイルではない。
「とりあえず……お前に大事なのは『想像力』だ」
「そうぞうりょく……ですか?」
「ああ。『模剣マスター』で作る剣は、お前のイメージなんだろ? 漠然とした刃物だと、出来損ないのカミソリしか生み出せない。まずは……」
ハイセは、アイテムボックスから武器屋で買った『鉄の剣』を出す。
「これをじっくり見て、試しに似たようなの作ってみろ」
「え、え……」
「失敗してもいい。まずは、お前が何をできるか、何ができないのかを知りたい」
「わ、わかりました……」
リネットは、鉄の剣をハイセから受け取り、ジッと見た。
鉄の刀身、柄、装飾……それらをじっくり見て、両手を合わせる。
「えと……」
合わせた両手をゆっくり離していくと、手が淡く発光する。
そして、離れた手と手の間に、小さな金属片が生まれ始めた。
「てつのけん……」
リネットがボソボソ言うと、剃刀ではない、歪な鉄の棒きれが生み出される。
大きさは二十センチほど。剃刀よりは大きいが、刀身はグニャグニャしており、大きさも剣どころかナイフ程度の大きさ。そもそも刃でもなければ、持ち手すらない。
つまり、ただの鉄の板きれのような物体だった。
「うう……なにこれ」
「失敗か。ふむ」
ハイセは板切れを受け取り少し力を入れると、パキンと折れてしまった。
落ち込むリネット。だがハイセは責めもせず淡々と言う。
「じゃあ次。いいか、形は何でもいい。とにかく『硬くなれ』と念じながら作ってみろ。形状に拘らずに『硬さ』をイメージするんだ」
「かたい、かたい……」
再び手を合わせ、ゆっくり離していくと、手が淡く輝いていく。
そして、小さな剃刀が一本生み出された。
「っぷは……ど、どうでしょう」
「どれ……」
ハイセは剃刀を手にし、ゆっくりと曲げる。
だが、すぐにポキッと折れてしまった。
「あ、あう……」
「……思った通りか」
「え?」
「硬さが増している。最初の板きれよりも硬い」
「そ、そうなんですか?」
「ああ。確定したな……お前の能力は『イメージ』で変わる」
鋭さを念じれば鋭い刃に、硬さをイメージすれば硬い刃に、形状を複雑にイメージすればその形になる……と、ハイセは仮定していたが、その通りだった。
そうとわかれば、やることは一つだけ。
「方針が決まった。お前に、『物』のイメージを叩きこむ」
「い、イメージ」
「ああ。生活環境もあっただろうが、お前にはイメージする力がない。ミスリル、オリハルコンみたいな『硬い』物質をイメージしたり、武器の『形状』や『切れ味』なんかもイメージできていない。だったら、それがわかるようになるまで、お前に物のイメージを叩きこむ」
「は、はい……」
「よし。まずは屑鉄屋に行く。そこにはいろいろな屑鉄があるから、鉄製品のイメージを掴むのにちょうどいい」
「くずてつ……」
いまいちピンときていないリネット。
イメージを鍛える修行は、まだ始まったばかりだった。
◇◇◇◇◇◇
ハイセがリネットを連れて向かったのは、ハイベルグ王国城下町の片隅にあるスクラップ置き場。
大きな車輪、煙突の残骸が転がっていたり、ボロボロの剣や盾、木箱の中には錆びた釘などが大量に入っており、それが山のように積まれている。
スクラップ置き場の片隅には耐火煉瓦で作った大きな『塔』と、その隣にはボロッちい掘っ立て小屋があった。
そして、筋肉質のドワーフが一人、抱えるほど大きな鉄板を素手で潰し、手のひらで持てるほどの大きさに握りつぶしていた。
「ゾッドさん」
「ん……ハイセか」
「ひっ」
ゾッドと呼ばれたドワーフの中年が振り返ると、リネットが怯えハイセの後ろに隠れてしまう。
逆立った灰色の短髪、掘りの深い顔立ち、もじゃもじゃの顎髭……そして、ハイセと同じく片目が完全に潰れていた。
ハイセは右目だが、ゾッドは左目がつぶれている。
ハイセと違うのは、潰れた左目部分が酷く火傷しているところだ。初見で恐怖するのも無理はない。
「……何か用か」
「ずいぶん久しぶりなのに、変わらないね」
「ワシは死ぬまでスクラップ小屋の住人だ。最後のゴミはワシ自身と決まってる」
本気なのか冗談なのか分かりづらい。
ハイセは苦笑し、アイテムボックスから高級酒を何本か出してゾッドへ渡す。
「これ、お土産」
「フン……S級冒険者となると羽振りがいい。金がなくてサーシャと二人、ゴブリンのクズ剣や盾をかき集めて売りに来たのが懐かしいな」
「ははは、まあ……」
まだハイセとサーシャ二人で冒険者をやっていた頃。
下積みを終え、本格的に活動を始めたはいいが、今のように等級の高い魔獣を狩ることもできなかった。なので、よくゴブリンなどを狩って装備をはぎ取り、ゾッドの屑鉄屋に売りに来た時期があった。
たまにだが、ゾッドはハイセとサーシャに、菓子を恵んでくれたことを覚えている。
「……で、何の用だ」
「ちょっとこいつの『修行』のために、ここにある屑鉄を見せて欲しいんだ。いろいろあるよね? 鉄に銅、銀、ミスリルとか」
「あるっちゃあるな。母屋の隣にある小屋に、使えそうな鉄が置いてある。適当に見て行け。買うなら声かけろ」
それだけ言い、ゾッドは鉄を再び細かく砕き、潰し始めた。
邪魔しては悪いと思い、ハイセとリネットは小屋へ。
母屋の隣にある掘っ立て小屋を開けると、棚が並んでおり、純度の高い鉱石や金属が並んで置いてあった。
ハイセは赤い金属を手に取りリネットに見せる。
「こいつは『烈火赤銅』だ。通常の銅を火入れしてドロドロに溶かし、レッドブロンズっていう鉱石を溶かし混ぜ合わせ、不純物を取り除いて固める。そうすると、鉄より強く、銅より柔軟でしなやかな素材になる……建物とかで使われる、だったか」
「……えと」
「まあ、いきなり言われてもわからんか。とりあえず、ここにある鉱石を見てみろ」
「は、はい」
リネットは、棚に並んでいる金属や鉱石を見た。
「わあ……」
綺麗な物が多かった。
透き通った青い宝石のような石、キラキラ虹色に輝く鉄板、見る角度で色が変わる宝石など、リネットが見たことのないものがたくさんある。
「興味を持て。気になる物があれば言ってみろ」
「……あの、師匠」
「ん?」
「わたし、その……さっきのおじさんに謝りたいです」
「……え?」
「その、怖がっちゃって……だから」
「……優しいな、お前。わかった」
ハイセはリネットと一緒に、再びゾッドの元へ。
ゾッドは休憩中なのか、鉄塊の上に座って煙管をふかしていた。
「なんだ、もう終わりか?」
「いや、リネットが」
「……あの、おじさん。さっきは怯えて、その……ごめんなさい」
「……は、わざわざ謝るとはな。まあ、気にするな。見ての通り、ワシはこんな顔だしな。なあハイセ」
「俺も片目ないし、似たようなモンだけどね」
「し、師匠はかっこいいです!! あ……」
「ハハハ、ワシはカッコ悪いか?」
「そ、そんなことじゃなくて、その」
「……ゾッドさん、あんま困らせないでよ」
「すまんな。ほれ嬢ちゃん、菓子でも食うか?」
ゾッドは、アイテムボックスから飴玉を大量に出した。
ハイセが「この人、甘党なんだよ」と言うとリネットも驚く。
もう、怖さは消えていた。
せっかくなので、ハイセとリネットもゾッドの傍に座り、ハイセがお茶を出した。
「ま、詳しいことは面倒だし興味ねぇ。ここの屑鉄に用があるなら、好きにしな」
「ありがとう。リネット、しばらくはここで金属の勉強するぞ。刃の生成前に、まずは金属について学ぶ……ゾッドさんはドワーフだし、金属に関しては学者以上の知識がある」
「え……」
ハイセは、塔のような建物を指差す。
「あれは煙突で、ここで集めた鉄をドロドロに溶かして再利用する場所だ。ゾッドさんは溶かした金属同士を配合させて、鍛冶の素材となる金属を作り出すプロなんだ。城下町の鍛冶屋はみんな、ゾッドさんがいないと仕事にならないんだ」
「ま、屑鉄だけじゃなくて、鉱石同士の組み合わせもやっちょるがな」
「す、すごい……!!」
リネットは、尊敬のまなざしでゾッドを見ていたが……ゾッドは背中や腹をボリボリ掻く。
「くすぐってぇからあまり見んな。ったく……若い娘が興味持つようなモンじゃねぇ」
「きょ、興味あります……きんぞく、知りたいです」
「ってわけだ。ゾッドさん、しばらく世話になるよ」
「……はあ、仕方ねぇな。おいハイセ、毎日美味い酒届けろよ」
「わかった。とりあえず、今日はガポ爺さんのところでメシでも食おう。ゾッドさんも行くでしょ?」
「あの偏屈ジジイ、まだ生きてんのか? 仕方ねぇ……顔でも見に行くか」
「がぽじいさん? えっと……ごはんですか?」
こうして、ハイセとリネットは、金属の勉強をするために屑鉄屋のゾッドの世話になるのだった。





