クラン活動開始
さて、クランに所属するメリットは何か?
まず、冒険者ギルドを介さず、クランが直接依頼を受けることができる。
冒険者ギルドを介すると、報酬の四割はギルドに支払われ、残りの六割が冒険者たちの懐に入る報酬になる。依頼書に書かれている報酬などは、ギルドが仲介料金を引いた値段なのだ。
だが、クランが直接依頼を受けると、報酬は全てクランのものになる。
クランは二割の報酬を得て、残りはクランに所属するチームの物、ということだ。
サーシャは有名人だ。これから持ち込まれる依頼は、かなりの数になるだろう。
名が売れれば、持ち込まれる依頼も、その報酬も桁違いだ。
そして、冒険者ギルドが処理できない依頼などを、冒険者ギルドが紹介することもある。
その場合、仲介手数料などは引かれない。報酬全額がクランのモノになる。
さらに、討伐依頼などで手にした素材なども、全てクランのモノになる。
解体など、冒険者ギルドの解体場に依頼するクランも多いが、手数料や解体料金などを考えると、解体専門のプロを雇い、クランホームに解体場を作るクランが殆どだ。
クラン『セイクリッド』の敷地内に、解体用の小屋はある。まだ解体員はいないが、もう少しクラン運営に慣れれば募集をかける予定だ(ちなみに、すでに解体員から募集が来ている)
チーム『セイクリッド』も、クランに変わったことで変わった。
まず、チームで動く回数が減った。
クランに所属する冒険者たちに一名が同行して依頼を受けたり、空いた時間は敷地内で新人の訓練をしたりと、大忙しだ。
特に、サーシャは訓練指導や書類整理などで大忙しだった。タイクーンが手伝っているが、やはり手が足りない。
クラン『セイクリッド』発足から一ヶ月。
新たに解体員と、事務員を雇った。
これにより、サーシャの負担は減り、訓練や依頼を受ける回数が増えた。
クラン発足から一月半……クラン『セイクリッド』は、瞬く間にハイベルク王国で五指に入るクランへと成り上がった。
◇◇◇◇◇◇
『クラン『セイクリッド』の躍進止まらず! 四大クラン改め、五大クランとなる日も近し!』
ハイセは、宿屋の店主が読む新聞の見出しを見て、薄い紅茶を飲んでいた。
紅茶を飲み干し、金貨を数枚置く。
「延長一ヶ月。朝食、紅茶付きで」
「……どうも」
店主がチラッとハイセを見て、新聞を下げずに言う。
ハイセは宿を出て、冒険者ギルドに向かう。
朝の喧騒を終えた冒険者ギルドには、D級チームとなった『サウザンド』のメンバーがいた。
「みんな、今日の依頼は『クチナシ草』の採集だ。ここにはエリートゴブリンがいるって噂もある。装備を確認してから向かおう」
「ええ」「……む」「うん!」
ロランの号令に、三人が力強く頷いた。
ゴブリンの生首で悲鳴を上げた四人はもういない。等級も上がり、成長を続ける冒険者の姿があった。
ハイセとすれ違うと、ぺこりと頭を下げる。
ハイセは、依頼掲示板を眺めていると。
「ハイセ、少しいいか?」
「っと……ガイストさん、気配殺して背後に立たないでくださいよ」
「はっはっは……それより、少しいいか?」
「…………嫌な予感」
場所をギルマス部屋に変え、ガイストはハイセの対面のソファに座った。
「落ち着いて聞け……どうやら、スタンピードの兆候がある」
「え?」
「以前、お前が調査したA級ダンジョン……現在、行方不明者が続出して、ギルドは封鎖を決定した」
「ふ、封鎖って……あそこ、そんな強い魔獣いませんでしたよ?」
「わからん。原因は不明だが……Bレート以上の魔獣が大繁殖を繰り返し、ダンジョンの上層階まで上がってきている。恐らく、スタンピードが発生する」
「なっ……」
「位置的に、この王都に向かってくる可能性が高い」
「……っ」
ハイセはいつの間にか、身を乗り出していた。
「原因は?」
「不明だ。本当にいきなりのことで、調査する暇もなく魔獣があふれだした。これは私の個人的見解だが……サーシャが倒した魔族が、関係している可能性もある」
「ま、魔族って……」
「ハイセ、スタンピードは間違いなく起きる。その時は……お前の力を貸してほしい」
「……当たり前ですよ。当然、俺が守ります」
「うむ。数日以内に、対策会議を行う。王都に拠点を置くクランと、S級冒険者を招集する。この話はハイベルク王家も知っているが、まだ他言無用だ……いいな?」
「…………あの」
「サーシャはまだ知らん。クランの発足で疲れ果てているようだからな。対策会議までは、クランに集中させてやろうと思う」
「…………」
ハイセは立ち上がる。
ガイストも立ち上がり、ドアを開けた。
「ハイセ、お前はスタンピード戦の経験はあるか?」
「……ありません」
「当然か。最後に起きたスタンピード戦は、三十年前……C級ダンジョンが崩壊した時だ」
「C級……?」
「ああ」
ガイストは、ドアノブを強く握りしめた。
メキッ……と、ドアノブに亀裂が入る。
「当時、ハイベルク王国周辺の町が三つ、村が七つ消えた」
「!? し、C級ダンジョン……ですよね?」
「ああ。それほど、ダンジョンのスタンピードは凶悪だ。圧倒的な『数』の暴力が、全てを蹂躙する……A級ダンジョンのスタンピードが起きたら……ハイベルク王国の戦力だけでは、守れないかもしれん」
「…………」
ハイセは、ごくりと唾を飲み込む。
そして、想像する。
王都が魔獣に飲み込まれ、そこに住む人たちが蹂躙される姿を。
冒険者ギルド、クランホーム、飲食店、宿屋……何もかもが、壊される光景を。
「ハイセ。準備だけはしておいてくれ」
「……はい」
ハイセは、冒険者ギルドを出た。
もう、依頼を受ける気にはなれなかった。
すると、ギルド前にプレセアがいた。
「ハイセ。依頼、受けるの?」
「…………」
「どうしたの?」
「……いや」
「変なの」
ハイセはプレセアを無視し、歩き出した。
その隣を当たり前のように付いてくるプレセアを、ハイセは拒絶することはなかった。