そのころ、サーシャは
「ほうほう……素材が一流だと、何を着ても映えるねぇ」
カーリープーランは、ニヤニヤしていた。
目の前に立つのはサーシャ。だが、今は顔を真っ赤にして、胸元を隠し、短すぎるスカートを引っ張り太ももを隠そうとしている。
奇妙な服だった。胸元が開き、少し動くと『こぼれて』しまいそうな頼りなさ。
下着が見えそうなほど短いスカート。そして、長い銀髪はツインテールに結わえてある。
サーシャは、涙目でカーリープーランを睨んだ。
「こ、こんな破廉恥な衣装で、何をさせるつもりだ!!」
「ウリしろって話じゃない。健全な接客サービスの店だよ。ふふ、給仕の経験は?」
「な、ない……能力を得てから、冒険者一筋だ」
「ふふん、面白いねぇ……じゃあ、今日が初めての出勤だ」
現在、サーシャがいるのは『店』の更衣室だ。
カーリープーランに連れてこられ、いきなりこの衣装に着替えさせられ今に至る。
サーシャは恥ずかしそうに睨むが、カーリープーランは言う。
「別に、嫌ならやめてもいいんだよ。その時は、魔界に行く手段が失われるだけさね」
「ぐ……」
「お前に言っておく。別に、この仕事に意味なんてない。お前に『四十人の大盗賊』をやられた仕返しが半分と、もう半分はあたしの嫌がらせさ。七大冒険者序列四位『銀の戦乙女』サーシャが、破廉恥な格好をして給仕する姿を見せてくれる……ふふ、実に楽しいねえ」
「……お前は最低だ」
「最高の褒め言葉さね。さ、ハイセも頑張っている。お前もしっかりやりな。ああ、チップはそのデカい胸の谷間にでも突っ込んでもらいな」
「お、おい……本当に、健全な店なのか?」
「ああ。ステージで踊り子が踊り、客が楽しみ、給仕が酒を注ぐ……健全しかないだろう?」
カーリープーランはサーシャの背中を押し、店のバックヤードから店内へ押し出す。
店内は広かった。
「……なんだ、ここは」
まずステージの上では、ダンサーの女性が際どい衣装を着て踊り、胸の谷間を強調させるようなポーズで、ステージ前にいる男性を魅了している……ダンサーはサキュバスだ。
そして、給仕の女性。サーシャと同じ衣装を着た女性たちだけで、みんなきびきびと酒を配ったり、お客の注文を受けている。
サーシャは気付いた。
「……従業員は皆、サキュバスか。まさかここは……」
ハイベルグ王国第九区、通称『歓楽街』。
サキュバスたちが『性気』を集める場所であった。
すると、一人のサキュバスがサーシャの元へ。
「あなたが新入りね。私はロネ。さ、仕事するわ……あなた、サキュバスじゃないの?」
「私は人間だ」
「オーナーの紹介って言うから、どんなやり手のサキュバスかと思ったんだけど……まあ、身体は立派ね」
ロネと名乗ったサキュバスは、サーシャの胸を見て頷く。
サーシャは赤くなり胸を押さえた。
「あなた、大丈夫? ここ、サキュバスには天国みたいな場所だけど……普通の人間、しかも女の子にはかなりキツイ仕事よ? あなた、触られるの大丈夫?」
「い、いや」
「なら、バーカウンターでお酒作りの手伝いして。ほらほら、行った行った」
「あ、ああ」
「それと、返事は『はい』ね。オーナーの紹介だろうと、ここでは一番下だから」
「は、はい……」
どうしてこうなったのか。
サーシャはため息を吐き、バーカウンターに向かうのだった。
◇◇◇◇◇◇
仕事は、簡単な酒作りとおつまみ作りだった。
どうも、バーで味わいながら飲む酒ではなく、踊りを見ながら酔えればいいという考えらしいので、酒に拘りがない。
それに、簡単なカクテルばかりなのに、値段が高い。
サーシャは、カクテルをマドラーでかき回しながら、隣に立つサキュバスの女性に聞く。
「この一杯で銀貨七枚とは……普通なら、多くて銅貨五枚だぞ」
「ま、ここは全部が高いから」
サキュバスの女性はエンリと言った。
エンリは慣れた手つきで乾き物を皿に並べてカウンターへ。サーシャの作った酒と一緒に、恰幅のよさそうな男性客の元へ運ばれる。
エンリは言う。
「サーシャだっけ。あなた、人間だけど……『サービス』はする?」
「…………?」
「あっちの部屋」
エンリが指差すのは、壁際にあるドアだ。
等間隔に、同じようなドアがいくつも並んでいる。
すると、先ほどおつまみと酒を運んだサキュバスの女性が、男性客を連れて中へ。
「……あの部屋は?」
「あそこで『精』をもらうの。男性は楽しめるし、サキュバスは美味しい食事にありつける……ふふ、いい商売ね」
「……ま、まさか」
ドアの先で『何が行われているのか』を想像し、サーシャは赤くなる。
いろいろな意味で、この店は刺激が強い。
「ね、サーシャ。あなた、どのくらい働くの?」
「一応、一か月……毎日だ」
クラン『セイクリッド』には事情を説明してある。
カーリープーランの元で働き、その対価で魔界に連れて行ってもらう。
現在、レイノルドを筆頭に、クラン『セイクリッド』では『ネクロファンタジア・マウンテン』の情報集めと、魔界へ向かう準備を進めていた。
サーシャの仕事は、三十日間ここで働くこと。
「ね、サービスするなら事前に言ってね? 男性の『精』はサキュバスの食事であると共に、至上の至福なんだから」
「し、しない!! 私はそういうことをするつもりはない!!」
「そうなの? いい身体してるのに……あら?」
「……な、なんだ。ジロジロ見て」
エンリはクスっと笑い、自分の胸を指でトントン叩く。
「胸、隠したら?」
「へ?」
そう言われ、自分の胸を見ると……立派な胸が服からはみ出していた。
サーシャは慌てて隠し、周りをキョロキョロ見て真っ赤になる。今日はもうずっと顔が赤く、今にも頭頂部から血が噴き出しそうだった。
「ふふ、安心して。こぼれたのはついさっきよ」
「……もう帰りたい」
たとえ七大冒険者序列四位『銀の戦乙女』だろうと、サキュバスの店で働くのには何の意味もないのだった。





