リネット
翌日。
ハイセは一階の食堂スペースにリネットを呼んで椅子に座らせた。
まずは朝食。シムーンが気合いを入れて作り、リネットはがっつくように完食。
一つのテーブルに、ハイセとクレア、そしてリネットが集まり、食後に話を聞く。
「リネット。まずは俺の質問に答えろ。わからないこと、答えたくないことは答えなくていい」
「は、はい……」
「まず……お前、何者だ? 奴隷オークションってのは?」
「……えっと」
リネットは、ハイベルグ王国から南にある小さな農村で育った普通の子供だった。
だが、両親が流行り病で亡くなり、身寄りもなかったので生活が困窮……村でもリネットを持て余し、なんと村長が奴隷商人にリネットを売ったそうだ。
リネットは強引に連れて行かれ、よくわからないまま『商品』として扱われた。
ある日、オークションに参加したカーリープーランが、リネットに『能力』が宿っていることを知り、リネットを落札。
そして『模剣マスター』であることを知り、力の使い方を学んだという。
「……なるほどな」
とりあえず、ハイセの「殺すリスト」に、リネットを売った村長が加わった。
クレアは言う。
「身寄りがなくて生活できないからって、まさか奴隷商人に売るなんて……ひどいです!!」
「で、でも……私、どんくさいし、何もできないし……力もないし、頭も悪いし、得意なこともない。こんな、よくわからない『能力』があっても……でも、キディ様にはお返しがしたいです」
「……うむむ」
クレアは唸る。カーリープーランは悪人だが、リネットにとっては救世主なのだろう。
クレアは「もう何も言いません」とハイセに目配せし、黙り込んだ。
「とりあえずわかった。じゃあ次……お前、カーリープーラン……キディが悪人って知ってるか?」
「……盗賊と言ってました。でも、私を奴隷商人から救ってくれたお方で……」
「そこがわかってるならいい。お前が今後、あいつのところに戻って盗賊に加担するかどうかは、お前の問題だ」
「……あう」
リネットは縮こまってしまう。まだ、そこまで考えていなかったのだろう。
「次。お前、強くなりたいのか? それとも、能力を使いこなしたいのか?」
「……え?」
「強くなるってのは、こいつみたいに雑魚から一流くらいの『強さ』になることだ。使いこなすってのは『能力を自在に行使できるようになる』ってことだ。俺が任されたのはお前の指導……方向性はお前が決めろ」
「えっと……ひ、人を傷つけるのは」
「無理か。じゃあ、『能力』を重点的に鍛える。筋トレとかはさせないから安心しろ」
「は、はい」
「うう……私の時は冒険者ギルドの鍛錬室で地獄の筋トレからスタートしたのにぃ」
クレアを無視。
ハイセは右手を突き出し、自動拳銃を作り出す。
「これが俺の能力。『武器マスター』だ。お前と同じ、戦う力を生み出せる」
「わあ……あ」
リネットが44マグナムに触ると、ガラスが砕けるように消滅した。
「リネット、お前の力で何でもいいから『刃』を作れ」
「は、はい……」
リネットが両手でお椀の形を作ると、そこにカミソリのような刃が現れた。
ハイセがその刃に触れ、アイテムボックスから野営用の薪を一本出し、削ってみる。
「……俺のと違い、お前の生み出した刃は誰でも使えるみたいだな。他に知っていることは?」
「え、えっと……私の作った刃は、ずっと残ります。消えたりしません。でも、折れると消えちゃいます」
「ふむ……」
ハイセはカミソリをぺきっと折る。すると、蒸発するように消えた。
「時間経過、他者が触れるでもない、破壊されると消えるか……形状は?」
「えっと……私、刃物はカミソリとか、包丁しか見たことなくて。それと大きさも、手で覆えるくらいの大きさしか」
「恐らく、想像力が足りないんだ。ふむ……武器屋にでも連れて行くか」
話を聞き、指導方法を考えている時だった。
「ハイセ!! まーた新しい女の子連れてきたって!?」
「お邪魔します。まあ、私は気にしないけど」
「……やかましいのが来やがった」
ヒジリとプレセアが宿に入ってきた。
シムーンが「いらっしゃいませー」と笑顔で挨拶。ヒジリは手を振り、ハイセたちの近くにあった椅子とテーブルを移動させて近づいて座る。
「ほうほう、なかなか可愛い子ねー……あ、アタシはヒジリ。よろしくね!!」
「は、はい、り、リネットです」
「リリネット? いい名前ね」
「リネット、です」
「そっかそっか。ね、ハイセ……サーシャから聞いたわ。アンタ、この子の師匠になったそうねー」
「……うるせえ」
「ふふ、あなたって女の子運に恵まれているのね」
「……はあ」
ニヤニヤするヒジリ、ニッコリ笑うプレセア。
サーシャの口の軽さを少し呪う。だが、今頃サーシャもカーリープーランの元で苦労しているだろう。そう考え、呪うのをやめるハイセ。
すると、クレアが挙手。
「あの師匠。せっかくなので、今日はこのまま、リネットさんの『身支度』を整えに行ってもいいですか?」
「あ?」
「リネットさん、服も下着もないし、私のじゃサイズ合わないところもあるし……いろいろ買い出しに行ってきます。もちろん、女の子だけで!!」
「お、いいわね。お昼も食べに行かない?」
「私も付き合うわ。ふふ、楽しそうね」
「……まあ、好きにしろ」
ハイセはアイテムボックスから金貨の袋を出してクレア……いや、プレセアに渡した。
「これ使え。お前らのメシ代も含めて、余ったらリネットに渡せ」
「すごい大金。かなり余るわよ?」
「好きにしろ」
依頼の報酬を冒険者カードに入れず現金でもらい、そのままアイテムボックスに入れた袋だ。いくら入っているか知らないし、どうでもいい。
「むー、なんで弟子の私じゃなくてプレセアさんにぃ」
「なんとなくだ」
「ふふ、信頼の証かしら? さ、行きましょうか」
「お昼は肉ね!! リネットは細いし、いっぱい食べないとね!!」
四人は立ち上がると、プレセアが主人に何かを言う。
それから数分でシムーンが現れ、一緒に出掛けることになった。
宿から出ようとした時、リネットは言う。
「あ、あの!!」
「ん?」
「あ、ありがとうございました……し、師匠。お金、大事に使わせていただきます」
「ああ、行ってこい」
「し、師匠……うう、私だけの師匠だったのにぃ」
女子たちは宿を出た。
ふと、ハイセは思う。『師匠』と言われ、すんなり受け入れている自分に。
「とりあえず……指導方針は決まったし、いろいろ考えてみるか」
ハイセは、指導方法をのんびり考え始めるのだった。





