姉弟子クレア
「じゃ、今日は帰んな。ハイセ、連絡方法だけど、この店に来てあたしの名前を出しな」
「……わかった」
「サーシャは残りな。身体のサイズを測るからね」
「な、なに? さ、サイズ?」
「店で着る衣装の話さ。ククク、久しぶりにいい素材だからね……たっぷり楽しませてもらうよ」
「……おい、さすがに妙な衣装だったら私も怒るぞ」
ハイセは立ち上がる。すると、リネットがカーリープーランを見た。
カーリープーランはハイセを顎で指すと、リネットがハイセの後ろにぴったり付く。
「…………」
「弟子、一緒に住んでるんだろ? 世話も頼むよ」
「……おい、これで約束破ろうもんなら」
「あんた相手にそんな真似すると思うかい?」
ハイセは舌打ちし、リネットを連れてバーを出た。
残されたサーシャは、ハイセの消えたドアを見る。
「気になるかい?」
「……お前、何が目的だ? あんな子供を……何に」
「なぁに。リネットの『能力』は希少なマスター系……鍛えて『使える』ようになれば、いずれ『大魔盗賊』の役に立つと思うからねぇ」
「…………」
胡散臭い。と、サーシャは思う。
だが、今はどうしようもない。すると、カーリープーランが立ち上がる。
「さ、脱ぎな。服も下着も全部だ」
「は!?」
「ところで、ウサギとメイド、どっちが好きだい?」
「ど、どういう意味の質問だ!?」
まるで仕返しするかのように、カーリープーランはサーシャをいじるのだった。
◇◇◇◇◇◇
宿に戻るまで、リネットはただ後ろを付いて来るだけだった。
宿に入ると、クレアとエクリプスがカードゲームをしていた。なんとも意外な光景に一瞬だけ視線を移し、カウンターに座る主人の元へ。
「部屋、一つ空いてたよな。今日からこいつが住む」
そう言い、金貨を数枚置く。
すると、ようやくハイセに気付いたクレア、エクリプス。
「あ、師匠!! おかえ……え、誰ですか」
「おかえりなさい。あら、可愛い子ね」
リネットはモジモジしたまま、ハイセの後ろに隠れてしまう。
一応、預かると決めたし、クレアは弟子……なので簡単に説明した。
「こいつはリネット。今日から俺の弟子になった」
「は!? ででで、弟子!? し、師匠の!?」
「ああ。理由は」
「わ、私!! 私は!? まさか卒業ですか!? 嫌ですぅぅぅぅ!! 師匠、私はずっと弟子だって言ったのにぃぃぃぃ!!」
「あーもうくっつくな、話を聞け!!」
腕にしがみつくクレアを引き剥がす。
クレアは今にも泣きそうだった。それに対し、エクリプスは落ち着いてお茶を飲んでいる。そして、キッチンにいるシムーンに「お茶、みんなの分を」と注文までした。
部屋に行く前に、クレア(ついでにエクリプス)に説明するしかなかった。
ハイセはため息を吐き椅子に座る。リネットは迷っていたが、ハイセに言われ隣に座った。
クレアは腕組み、エクリプスは落ち着いている。
シムーンの紅茶が運ばれ、ハイセは事情を説明……説明を終えると、紅茶を飲む。
「──……なるほどね。魔界へ行くために魔族と取引を」
「ああ。その一つが、リネットを弟子にして鍛えることだ」
エクリプスは納得してくれた。
まだ少しだけムスッとしているクレアは、リネットを見て言う。
「リネットさん、でしたっけ」
「は、はい」
「師匠の弟子になるってことは、私が姉弟子ってことです!! いいですか、師匠の独り占めは許しませんからね!!」
「あ、あう……」
「お前は何言ってんだ。おい、こいつの言うこと気にするなよ。それと、部屋に案内する」
主人から鍵をもらい、部屋に案内する。
ハイセの隣の部屋。もともとは倉庫として使っていたが、客を受け入れるためにハイセが荷物を整理したのだ。
今では、ベッドにクローゼット、小さな椅子とテーブル、ソファが置かれている。ベッドメイクも済んでおり、きちんと『宿屋の一室』になっていた。
「そういや……お前、着替えとかは?」
「いえ、なにも」
「……カーリープーランのヤツ。全部俺に世話させるつもりか。まあいい」
ハイセはクレアに言う。
「クレア、お前の着替え貸してやってくれ。それと、風呂も頼む」
「むー……わかりましたあ。じゃ、リネットさん、お風呂行きましょう」
「お、おふろ」
何だかんだで、クレアはリネットの世話をするようだ。
リネットの手を掴み、階段を下りて行く。
その後ろ姿を見送り……ハイセはため息を吐いた。
「はあ……」
「面倒ごとになったわね」
「全くだ。禁忌六迷宮最後の一つ、その第一歩か……」
「あの子を指導するの? どういう能力?」
「『模剣マスター』……知ってるか?」
「……十六あるマスター系能力の一つで、そんな名前のがあったわね。でも、今は能力者がいないはず。私やあなたと同じね」
「世界でただ一人、ってやつか……」
ハイセは『武器マスター』で、エクリプスは『魔法マスター』……どちらも、この世界で一人しかいない。
ハイセはエクリプスに言う。
「……おいエクリプス。指導の過程で、お前に意見を聞くかもしれないが……いいか?」
「え? え、ええ!! いつでもいいわ」
まさか、ハイセに頼られるとは思っていなかったエクリプス。実は『ハイセとお喋り……』と喜んでいたのだが、顔に出ないよう必死だった。
「やれやれ……唯一の救いは、リネットがクレアみたいに騒がしくないところか」
その後、風呂から上がったリネットは眠そうだったので寝かせた。
自室でコートを脱ぎ、アイテムボックスから水のボトルを出しグラスに注ぐ。
「指導、か……」
クレアには『最強のソードマスターになる』という目標があった。
冒険者として鍛え、S級冒険者と遜色のない実力を付けさせた。
だが、リネットにはそれがない。
カーリープーランにも『鍛えろ』としか言われていない。
そもそも、『模剣マスター』なんて聞いたこともない。
「……何か書いてあるかな」
ハイセはノブナガの日記を取り出す。
「この本も久しぶりだな……最近じゃ、使える武器も増えたし、『兵器』も使えるようになったし……見る機会、めっきり減ったけど」
本をパラパラめくると、読めるページがあった。
◇◇◇◇◇◇
〇月×日 はれ
今日、面白い能力者と出会った。
なんでも、いろんな刀剣を自由に作れるとか。そういや、日本のアニメでそんな設定のキャラいた気がする……あんま覚えてないけど。
こいつのすごいところは、創造って思い描いた刀剣なら何でも自由に作れるってところだ。形状や大きさだけじゃなくて、炎の剣とか水の剣とか、いろんな属性の剣を作っていた。しかも恐ろしいのはそこじゃない……こういう創造系って魔力を消費するのが大半なんだが、この『模剣マスター』は何の消費もなく、ノーリスクで自在に創造できるってところ。これ、チートってやつだよな。
面白い奴だからいろいろ話してみたけど、こいつが『会心の出来だ!』って見せてくれたのがなんと、剣じゃなくて包丁だったのがまた驚き。こいつ、これだけの能力を悪用することなく、包丁職人として働いてるからスゲーと思った。
◇◇◇◇◇◇
ハイセはそこまで読み、本を閉じた。
「いい情報なんだか、どうでもいい情報なのかわからん……包丁職人?」
でも、ヒントはあった。
「様々な属性を宿した剣か……その前にまず、リネットがどういう奴なのか、そこから知らないとな」
とりあえずの方針は決まった。
ハイセは窓を開け、外の景色を眺める。
「……サーシャのヤツ、大丈夫だろうか」
空を見上げると雲一つない、美しい夜空が輝いていた。





