アリババへの提案
カーリープーランは、どこか白けたような顔で言う。
「逢引きを邪魔するつもりなんてなかったんだけどねぇ……ま、あたしはあんたの『メッセージ』を拾って、わざわざ会いに来ただけなんだ」
「……メッセージ?」
サーシャが首を傾げる。
ハイセはチラッとサーシャを見て言った。
「『闇の化身が大魔盗賊を探している』……そういう暗号を、ハイベルグ王国のいくつかの場所に残しておいた。こいつの性格ならきっと、俺の周囲を監視していると思ったからな」
「監視なんてしてないさ。ハイベルグ王国にある拠点のチェックをするついでに、チラッと様子を見ただけ……こっちは一度、アンタに殺されかけてるんだ。下手な接触は寿命を縮めるって本気で理解してるからねぇ」
「ハイセ、なぜ……」
魔族と?
そう言おうとしたが、サーシャはすぐにハッとした。
「ハイセ、まさかお前……」
「それしかないだろ」
ハイセがカーリープーランに会おうと手の込んだことをした理由。
「禁忌六迷宮『ネクロファンタジア・マウンテン』……魔界にある山。魔界に行くには、魔族の手を借りるのが一番だ」
◇◇◇◇◇◇
場所を変え、話をすることにした。
カーリープーランが「あたしの行きつけに行くよ」と言い、案内されたのは、ハイセたちのいた場所から五分ほど歩いたところにある路地裏。
そこに目立たないようにあった小さなバーだった。
「ここではあたしのこと、キディって呼びな」
カーリープーランが指を鳴らすと、肌の色が変わり、ツノが消えた。
店に入ると、老人がペコっと一礼。
「マスター、二階借りるよ」
「……どうぞ」
二階の階段を上り、カーリープーランは一つしかないドアを開ける。
部屋の中は対面で座れるソファがあり、バーカウンターがあった。
カーリープーランは適当にグラスを用意し、氷を入れてブランデーを注ぐ。
当然だが、ハイセたちに酒を出すことはない。
ソファに座るなり、足を組んで言う。
「で、あたしに頼みってことでいいんだね?」
「ああ。魔界に行きたい」
「……対価は?」
「金。いくらでも出す」
「悪いけど、金は腐るほどある。欲しいのは自分で手に入れることにしてるから、望みの物なんてチャチな言葉では動かないよ」
「……じゃあ、どうすればいい?」
「……ふう。下手なことを言えば殺されそうだね……あんた、あたしが『手を貸さない』って言えば別の方法を模索するだろ? 無茶な条件を付けてあんたの逆鱗に触れたら死ぬし……」
「かもな」
例えば、シムーンやイーサンを条件に出すとか……とは、カーリープーランも言わない。言っただけで脳天をブチ抜かれる可能性もゼロじゃない。
一応、部屋には仲間のカルミーネが液状化してカウンターに潜んでいる。
「喉が渇いたな……」
そう呟いただけで、ハイセは気付いていると確信した。
同様にサーシャもだ。今は何も言わないが、ソファに対面で座っている今、半秒以下でカーリープーランの首をはねることができるだろう。
有利なのはカーリープーランの方だ。だが、命のやり取りとなれば、間違いなくこちらが遥か下。
「キディ、お前……俺に協力するつもりがないのに、なぜ接触した?」
「…………」
「無視すればいいはずだ。だがお前は、死のリスクを冒して俺に接触した……その理由は?」
「…………なぜだろうねぇ。有利に立ちたいだけだったのかもしれない」
「じゃあ一つだけ聞かせろ。今、人間界にある『力』で、魔界に行けるか?」
「……無理だね。ここから東にある『アズマ』の国からさらに東にある魔界……海は常に荒れ狂い船は出せず、空も荒れて飛ぶこともできない。行けるとしたら、魔族が作ってる『魔導船』か、あたしが独占している『転移魔法陣』による転送くらいだ」
「…………」
ハイセは黙りこむ。
つまり……カーリープーランに頼るしか、魔界に行く方法はない。
だが、カーリープーランは協力するつもりがない。
「カーリー……いや、キディ。私たちに手を貸してはくれないのか?」
サーシャの質問に、カーリープーランは鼻で笑った。
「あんた馬鹿かい? こっちは子飼いの人間を全滅させられ、さらに命を失いかけたんだ。こうして会うだけでもリスクが高いってのに、なんで協力しなきゃいけない」
「そ、それは……そうだが」
サーシャは声を詰まらせる。
カーリープーランは、バーカウンターからワインを取り出し、自分のグラスに注いだ。
「なあ『闇の化身』……禁忌六迷宮だか何だか知らないけど、もう諦めたらどうだい? そもそも……あんた、魔界を知ってるのかい?」
「…………」
「ネクロファンタジア・マウンテン。あそこは魔族ですら近づかない『死の山』だ。魔界最強の魔獣、古の存在が封じられた山……」
「魔界最強の、魔獣? なんだそれは?」
「そういう伝説って話さ。内容は不明。魔族の調査隊も誰も帰ってこないからねぇ。わかっているのは、あそこには『不死の存在』がいるってことくらいだね」
不死の存在。
死なない生物が存在する。それがネクロファンタジア・マウンテンの秘密。
情報が少なく、今はわからないことが多い。
「悪いが、俺は諦めない」
「……なぜだい?」
「禁忌六迷宮が古の魔獣を封じ込めた場所ってのは、もうとっくに知っている。でも……俺は禁忌六迷宮を踏破するって決めた。そのために冒険者を続けている。だから……真実がどうであれ、俺はネクロファンタジア・マウンテンを諦めない」
「…………」
カーリープーランは煙管を出し、煙草を吸い始めた。
「もう五つは踏破した。残り一つ……そこを踏破すれば、俺の目標は達成される」
「……ハイセ」
「サーシャ、お前もだろ? お前も禁忌六迷宮を踏破する目標があったはずだ」
「当然だ。そこは揺らぐことのない、私の目標だ」
ハイセとサーシャは、同じ目をしていた。
カーリープーランは煙管を吸い、煙を吐き出す。
「……あんたら、幼馴染だったかい?」
「そうだ。それがどうかしたのか?」
サーシャが言うと、カーリープーランはクスっと笑う。
「サーシャ。あんた、ハイセに身体は許したのかい?」
「なっ……!? ば、馬鹿なことを!! そ、そういう関係ではない!!」
「ハイセ。もしあたしが『サーシャを抱けば魔界への道を開く』と言ったら、あんたはどうする?」
「…………」
「なななっ!? は、ハイセ……」
真っ赤になるサーシャ。そして、つい先ほど自分がしようとした『行為』を思いだし、さらに『もし先を求められたら……』と考え、さらに赤くなる。
ハイセは、「はっ」と鼻で笑った。
「こいつは、そんな理由で身体を許すほど、馬鹿な女じゃない」
「……そ、その通りだ!!」
「ふーん」
カーリープーランはクスっと微笑み、煙管の灰を落とした。
「気が変わった。ハイセ、サーシャ……あんたらを魔界に連れて行ってもいい」
「「!!」」
「ただし、条件がある。もちろん、それぞれにね」
カーリープーランはサーシャを見て言う。
「まずサーシャ……あんたにはしばらく、あたしの店で働いてもらう」
「み、店? キディ……お前、店なんてやっていたのか?」
「ああ。こう見えて、いくつもの顔と名前があるんだ。あんたにはあたしの経営する酒場で働いてもらおうか」
「さ、酒場? な、なぜ?」
「もちろん、面白いからさ。ククク……どんな衣装を着てもらおうかねぇ」
「な、な……」
「ああ、嫌ならいいよ? その時はまあ……どうなるか、楽しみだけどね」
「く、くぬぅ……い、いいだろう。お前の店で働いてやる!!」
ややヤケクソ気味だが、サーシャは了承した。
これは完全な嫌がらせ……どうやら、カーリープーランはサーシャで遊ぶつもりのようだ。
「そしてハイセ。あんたには……『弟子』を取ってもらおうかね」
「……何?」
「弟子さ。実は、闇オークションで面白い『奴隷』を手に入れてね。まだ十五歳の女の子なんだが……その子の『能力』がまた面白いんだ」
「……面白い?」
「ああ。カルミーネ、連れて来な」
「はいは~い。あーあ、バレちゃった」
「馬鹿だね。最初からハイセたちは気付いてたよ」
「うっそマジで? うぇ~ん」
と、バーカウンターのシンクから液状化した魔族の少女、カルミーネが姿を現した。
そして、一瞬で人の形になり部屋から出て、一分しないうちに戻ってきた。
一緒に連れてきたのは、淡い灰色の髪をした少女。首のあたりで髪をひと房結んでいた。
瞳は綺麗なゴールドで、どこかモジモジしながらハイセを見ている。
「名前はリネット。この子の能力は……」
カーリープーランが頷くと、リネットと呼ばれた少女が両手でお椀のように形を作る。
すると、リネットの手に、小さな『ナイフ』が現れた。
ハイセは驚愕した。
「まさか、この子……」
「そう。あんたと似てないかい? リネットは、あらゆる刀剣を作り出す能力がある」
『摸剣マスター』。
自分で考えた剣を作り出すことができる能力。
武器を生み出すハイセと似た能力。
「あんたと同じような能力だ。指導しやすいだろう? ああ、二人目の弟子ってところだ」
「…………」
「どうだい? 受けてくれるかい? ああ、鍛えてくれるなら、好きにしていいよ。ほれリネット、挨拶をしな」
「……あ、あの、おねがいします」
リネットはぺこりと頭を下げ、どこかおびえたようにハイセとサーシャを見るのだった。





