弟子との一日
ある日、ハイセは宿の食堂で新聞を読んでいた。
食事を終え、冒険者ギルドに向かう前の時間……のんびり紅茶を飲んでいると、クレアがエアリアと二人、二階からバタバタ降りてきた。
「師匠、おはようございます!」
「おっすハイセ!! 今日もいい天気だぞ!!」
やかましさ二倍。ハイセは「おう」とだけ言い、再び新聞を読む。
クレアはハイセの隣に座り、エアリアが向かい側に座る。
シムーンが朝食のトレイを運び、二人の朝食が始まった。
「ハイベルグ王国、いいところだなー!! あたい、本気で移住したいぞ」
「お、いいですね。エアリアさんが一緒だと毎日楽しいです!!」
「…………」
冗談じゃない……と、ハイセは声に出さず思う。
エアリアは嫌いではない。が、声のデカさは正直苦手だった。
静かだった宿が懐かしい……そう思えるくらい、今の宿屋は賑わっている。
が、エアリアはため息を吐く。
「実は……あたい、一度フリズド王国に戻らなきゃいけないんだ。レイオスとハルカが『そろそろ戻ってこい』って手紙送ってきてさー……」
「え、そうなんですか?」
「うむ……一度帰って、拠点をこっちに移せないか話し合ってくる!! というわけで主人!! あたいの部屋、そのままにしておいてくれ。宿賃多めに払っておくぞ!!」
「う、うむ」
いきなりデカい声で呼ばれた主人は、驚いて新聞を取り落としていた。
朝食を食べ終えると、エアリアは立ち上がる。そして、主人の元に白金貨を何枚も置いた。
「じゃ、行ってくる!!」
「え、い、今からですか!? 唐突すぎません!?」
「あたいなら三日もあればフリズド王国に行ける。ずーっと飛んでればいいし、腹減ったら空からでかい町探せるしな!! じゃ、ハイセまたなっ!!」
と、エアリアは宿から飛び出し、背中から光翼を広げて一気に飛び去った。
まるで近所に遊びに出かける子供のようで、半日もすれば戻って来そうな勢いである。
クレアはポカンと、エアリアが出て行ったドアを見つめる。
「エアリアさんの勢い、すごいですねー」
「お前も負けてないけどな」
「え、なんですかそれー!! 師匠ぉー!!」
「うるさい。腕掴むな、揺らすな」
こうして、エアリアが一時的にフリズド王国に帰るのだった。
◇◇◇◇◇◇
冒険者ギルド。
朝の依頼争奪戦を終えたころ、ハイセはギルドに向かう。
ギルドにある依頼掲示板を見ると、高難易度の依頼と低難易度の依頼のどちらかしかない。
ひょこっと、ハイセの後ろからクレアが掲示板をのぞき込む。
「相変わらず、極端な依頼ばかりですねー」
「お前は何を受けるんだ?」
「A級冒険者でも受けられる依頼です!! できれば討伐で、数が多い系で!!」
「…………」
すると、ハイセは一枚の依頼書をはがし、クレアへ。
「へ?」
「討伐レートSS『フィンスティンガー』討伐だ。お前、一対一より多対一をやりたいんだろ? だったら、こいつを受けろ」
「は、はい……えっと、でもこれ、SS級の依頼なので」
「俺が受ける。最近、お前の強さを確認していなかったからな、今のお前がSSレート相手にどこまでやれるか、見せてもらう」
「…………」
「……ま、一応は師匠だしな。最近は稽古も少なかったし、見てやるよ」
「──はい!!」
こうして、ハイセは依頼を受け、クレアと一緒に討伐へ向かうのだった。
◇◇◇◇◇◇
討伐レートSS『フィンスティンガー』は、サソリの魔獣。
大きさは全長二メートルほど、サソリを巨大化させたような魔獣だが、恐るべきはその『鋏』である。
本来なら鋏は二つ、毒の尾は一つあるのがサソリの特徴なのだが、フィンスティンガーには毒の尾がない。その代わり、四本腕に巨大な鋏と、尾にはさらに巨大な鋏が一本、計五本の鋏を持つ、バリバリの近接戦闘タイプの魔獣である。
恐るべきは……フィンスティンガーは群れで動く魔獣。
単体での討伐レートはSだが、群れになるとSSに引き上げられる。
群れでの行進はまさにデスマーチ。ただ通り過ぎただけで、一つの村が滅んだ事例もある。
そう、フィンスティンガーは肉食である。
数が五十を超えたら、S級冒険者五名以上、A級冒険者五十名以上の部隊が必要と言われていた。
そして現在、ハイセとクレアが相手をするフィンスティンガーの数は。
「ざっと七十くらいか」
現在、フィンスティンガーは七十匹の群れで静かに移動している。
この先には村がある……恐らく、食事をするのだろう。
ハイセとクレアは、少し離れた木の上で気配を殺し、フィンスティンガーの大行進を観察。
「お前ならどうする?」
「真正面から!! なーんてことは言いません。まあ、昔の私なら言ってたかも……」
「よく自分を理解してる」
ハイセが褒めると、クレアはやや複雑な表情をする。
「ソロだと圧倒的に厳しい相手です。師匠やサーシャさんみたいな『圧倒的』なら対抗できるんでしょうけど……」
「で?」
「なので、私は……分断します!!」
クレアは闘気を纏うと、木から思い切り跳躍。
そして、双剣に闘気を込め全力で降り、斬撃を飛ばした。
青銀色──海のように青く、サーシャの髪色のように輝く銀が混ざった色。
不覚にも、ハイセは見惚れた。
「青銀剣、『青ノ斬空』!!」
斬撃は二撃。
それぞれ、フィンスティンガーの行列を三等分するように地面へ直撃、深い溝を作る。
斬撃に巻き込まれたフィンスティンガーが五匹。地面が抉られたことで移動できず……というよりも、いきなり飛んできた斬撃にフィンスティンガーは驚いていた。
そしてクレアは着地。三等分した列の背後から、混乱しているフィンスティンガーに奇襲をかけた。
その様子をハイセは見る。
「……単体では討伐レートSの魔獣だ。それを、一撃で確実に仕留めている」
一体につき約一秒、たった二十秒ほどで三分の一を討伐した。
だが、二十秒……残り三分の二がクレアに気付き、攻撃態勢を取るのには十分な時間。
クレアは息を吐き、闘気をさらに練り上げた。
「青銀剣『極』──……『青銀ノ軍勢』!!」
現れたのは『闘気で具現化したクレアたち』だった。
闘気で自らの分身を生み出し、操作する。
闘気で強化し己自身で闘うサーシャと真逆。放出した闘気を操作し戦うクレアの真骨頂。
これにはハイセも驚いていた。
「へえ……以前より」
強い。
今のクレアはS級に匹敵……下手をしたら、下手なS級なら軽くあしらうことができるくらい強い。
クレアの分身は十二人。クオリティはイマイチで、鎧を装備したクレアもいれば、装備が甘く下着のような姿だったり、中には裸に近いクレアもいた。
だが、武器である双剣は正確に作られている。
闘気のクレアは一斉に攻撃を始め、約七秒で二十匹を殲滅。
残りは二十……このままの勢いで、残りの殲滅を始めた時だった。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……っぐ」
闘気のクレアが消えていく。
フィンスティンガーの残りは三体、たいしてクレアは一人……汗だくで、搾りかすのような闘気を纏い、それでも双剣を構えている。
そして、フィンスティンガーがクレアに向かって飛び掛かってきた。
「──勝負を急ぎ過ぎたのが敗因だ」
ズドン!! と、いつの間にかクレアの後ろにいたハイセが、大口径の拳銃を三連射。
フィンスティンガーの口から弾丸が侵入し、内部を破壊して尻から弾丸が飛び出した。
三体は即死。そのまま崩れ落ちた。
「し、師匠ぉ」
「アホ。勝負を焦りすぎだ。まあ……これだけの数を相手にはよくやった」
「えへへ……あぅ」
すると、クレアが崩れ落ちそうになり、ハイセは身体を支える。
「誇れ、お前は強い。実力は間違いなくS級だ」
「…………」
ハイセは微笑み、クレアを撫でた。
「……え、師匠。なんかすごく優しい……本物ですか?」
「……手ぇ放すわ」
「ふぎゃっ!?」
ハイセが手を離すと、クレアが倒れてしまい鼻を強打。
「ひ、ひどいです師匠~!!」
「ったく……死骸は俺が回収するから休んでろ」
死骸をアイテムボックスに入れ、クレアの元へ。
するとクレアは両手を広げて笑っていた。
「師匠、立てないのでおんぶしてください~」
「……おい。これなんだかわかるか?」
「へ?」
ハイセは見せたのは、指輪だった。
綺麗な宝石の付いた指輪。それを見てクレアは頬を染める。
「し、師匠……ま、まさか私に求婚ですか!? ん~、私としてはお付き合いをして、お互いをもう少し理解してから」
「アホ。こいつは『生物用』のアイテムボックスだ。希少な魔獣とかを生きたまま保護するためのアイテムボックスでな……こいつはさらに特別で、『生きた人間』にも対応してる」
「……え」
「本来は凶悪犯とかを入れるためのモンだけどな。お前、最近俺に甘えてばかりだから買ってみた。じゃ、実験するぞ」
「ええええええええええええ!? きょ、凶悪犯と同じ扱いっ!?」
ハイセが指輪を向けると、クレアの身体が指輪に吸い込まれた。
「おお、すごいな……おい、中はどうだ?」
『…………』
何も聞こえない。
指輪に命じてクレアを出すと、物凄く怒った顔でハイセに言う。
「ひどい!! 師匠ひどい!! 私は凶悪犯じゃありませんっ!!」
「わ、悪かった。で……中はどうだった?」
「真っ暗で、窓みたいなところから外が見えただけです!! もう師匠ひどい!!」
「悪かったって。もう使わねぇよ」
「じゃあおんぶしてください!!」
「…………」
仕方なく、ハイセはクレアをおんぶ……そのままハイベルグ王国に戻るのだった。
クレアも、仕返しにとハイセの背中で思い切り甘え、そのままグースカ寝てしまう。
実力はS級レベルでも、まだまだクレアはハイセに甘える子供であるのだった。





