エクリプスと一緒に
ある日、ハイセは一人、宿の一階でお茶を飲んでいた。
朝食を食べ終わり、新聞を読みながら過ごす時間。
しかも、今日は休日……昨日、依頼掲示板にあった討伐依頼を終えると、ミイナが「明日は討伐依頼ないですねー」と言ったのだ。
なので、今日は休み。
クレアはヒジリ、プレセアに誘われて出かけ、イーサンとシムーンも買い物に行ってしまった。
宿の主人はいるが、いていないような者。
机の上には本も置いてある。今日は一日読書に時間を使おうと思ったのだが。
「あら、ハイセ」
「…………お前か」
二階から、エクリプスが降りてきた。
ラフな服装で、手には分厚い本。
「今日はお休みなのね。ふふ、読書かしら?」
「見ての通りだ」
最後の六迷宮、『ネクロファンタジア・マウンテン』に行くにはまだ準備が足りない。そもそも……魔界に行く『アテ』はあるのだが、その『アテ』とどう連絡すればいいのかわからないのが現状だ。
なので、ハイセはある『仕込み』をして待つ。その『仕込み』が活きた時が、準備の整う時。
エクリプスは、ハイセの席に座る。
「あの……一緒に読書してもいいかしら」
「……好きにしろよ」
ハイセは新聞から目を離さずに言う。
エクリプスは嬉しそうに笑い、読書を開始した。
◇◇◇◇◇◇
一時間ほど経過。
ハイセ、エクリプスは全く喋ることなく読書。
紅茶をすっかり飲み干したが、宿屋の主人は「おかわりいるかい」と気を利かせたことを言うことはない。シムーンのサービスが行き届きすぎてるだけだ。
エクリプスも、最初の一杯だけ飲み干し、今は読書に夢中。
ハイセは、チラッとエクリプスを見た。
「…………」
白い髪、整いすぎた容姿、そしてスタイル。
間違いなく美少女。百人中……いや、千人中千人が「絶世の美少女」と褒めるだろう。
かつては敵として対峙したが、今は何故かハイセに惚れ、結婚を申し込み、自分のクランを置いてまでハイセの傍に来た。
ハイセには、全く理解できない。
だが、『銀の明星』とのいざこざは水に流したし、クランを物理的に壊滅させたことで落とし前も付けた。
今は、ただのS級冒険。ハイセはそう思っている。
「──……なに?」
「……いや」
目が合った。
視線に気づいたのか、やや恥ずかしそうに頬を染める。
「あの、ハイセ。お昼はどうするのかしら」
「適当に外で食う」
「……じゃ、じゃあ。私も一緒にいい?」
「……まあ、いいけど」
ただ一緒に、同じ席でメシを食うだけ。
特に断る理由もないので了承すると、エクリプスは立ち上がる。
「少し、お部屋でお化粧直しするから」
「……?」
それだけ言い、エクリプスは部屋に戻った。
メシを食うのに化粧? と、ハイセは首を傾げる。
「……やれやれ」
宿屋の主人は、仕方なさそうに首を振るのだった。
◇◇◇◇◇◇
お昼ごろ。
ハイセは本を閉じて立ち上がると、エクリプスが慌てて階段から降りてきた。
「お、遅れてごめんなさい」
どう見ても外行き用の服、髪を整え、化粧をしてる。
ハイセは理解できず、首を傾げて言う。
「……メシ食いに行くんだぞ?」
「え、ええ。あの……ハイセ、お願いしてもいい? その……ちょっとお買い物したいから、付き合ってくれないかしら」
「……別にいいけど」
ここで「めんどくさい」と断らないのが、ハイセである。
エクリプスは嬉しそうにほほ笑む。
ハイセは宿から出ると、エクリプスがその腕を取った。
「んだよ、クレアじゃあるまいし」
「あら、男の人と一緒に歩くときは、腕を借りるものじゃなくて?」
「……そーいやお前、貴族のお嬢様だったな」
「ふふ。そういうこと」
平民であるハイセには理解できないが、どうもそういうことらしい。
仕方なく、腕を貸してやる。
歩く速度も合わせてやると、エクリプスは嬉しそうに言う。
「優しいのね」
「はぁ?」
「歩幅、何も言わずに合わせてくれるから」
「…………」
ハイセは何も言わない。
そのまま大通りに出て、適当な店に入ろうと周りを確認する。
少し悩んだが、ハイセは聞いた。
「……食いたいモン、あるか」
「え……あ、そうね、えっと……お魚がいいわね」
「魚か」
まさか聞かれると思わなかったのか、エクリプスは驚いていた。
魚と聞き、ハイセが見たのは大衆食堂。
けっこうな頻度で利用する食堂で、よくクレアが魚を食べていたことを思いだす。
「あそこの食堂、魚料理出してたな……行くか」
「ええ。ふふ」
エクリプスが腕を掴む力が強くなり、少しだけ胸を押し付けてきた。
◇◇◇◇◇◇
ハイセが頼んだのは、焼いた魚をソースに絡め、野菜と一緒にパンで挟んだ料理。エクリプスは魚のステーキを頼み、二人で食べる。
ハイセは驚いた。
「……美味いな。いつも肉だから、新鮮な感じだ」
「確かに美味しいわ。味付けがすごく濃い……初めての味ね」
「貴族の食事は薄味っぽいもんな」
「ええ。油も控えめだし、香辛料もそんなに使わないの。お肉も一切れか二切れほどだし……あまり言えないけど、物足りないのよね」
「ふーん」
ハイセは『バーガー』というパン料理にかぶりつく。
エクリプスは上品にナイフとフォークで身を切り分けて食べていた。
大衆食堂なのに、まるで貴族専門のレストランで食事をしているような、エクリプスは浮いていた。
だが、美味しそうに食べ、ときおり顔を綻ばせる姿は、クレアとそう変わらない。
「……気に入ったか?」
「ええ、とても。シムーンがいないとき、今度からここで食事をするわ」
「好きにしろ」
食事を終え、店を出る。
エクリプスの買い物が何か聞くと。
「新しい下着を買うの。その……少し胸がキツくてね」
「帰る」
「え、ちょっと!!」
「そういうのはプレセアとか連れていけ」
「そんな……ね、お願い。せっかく一緒にお出かけしているのに……」
「……はあ」
ハイセは、エクリプスに腕を突き出した。
「今回だけだぞ」
「っ!! ええ、ありがとう!!」
たかが下着屋……ハイセはそう考え、エクリプスに付き合うのだった。
◇◇◇◇◇◇
だが、ハイセはすぐ後悔した。
「な、は、ハイセ……?」
「あらあらあらあら……フフフ、これは面白いわねぇ」
「ありゃあ……」
エクリプスに案内された下着屋に、サーシャ、ピアソラ、ロビンがいた。
しかも、エクリプスと腕を組んでの来店。
ピアソラはサーシャが驚愕しているのを見てニヤリと笑い、エクリプスに言う。
「まさか、S級冒険者序列一位と二位が『デート!!』とはねぇ。しかも下着屋……もしかして、ハイセに見せる用の下着を、ハイセに選んでもらうつもりかしら?」
「ちょ、ピアソラ」
「なっ……そ、そうなのかハイセ」
驚愕のサーシャ。
ロビンは、ピアソラがハイセの評価を落とすために、わざと質問していると気付いた。
エクリプスはハイセの腕を外すと、サーシャに近づく。
「ご安心くださいな。ここに来たのは私の意思……私が連れてきただけ」
「え」
「サーシャ。あなたも下着を選びに?」
「え、ああ。その」
「胸がおっきくなってね~、ねえサーシャ」
「ろ、ロビン!!」
「そう。実は私もなの。ね、一緒に選ばない?」
「え、ああ。うん」
「そこのあなたも一緒に。ね」
「へ? あたしも? まあいいけど~」
そして、エクリプスはサーシャとロビンを連れて店の奥へ。
残されたのはピアソラ、そしてハイセ。
「え、なんですのこれ」
「俺が知るか」
当然、ハイセは知る由もない。
エクリプスはピアソラの狙いを一瞬で看破……ハイセの中にあるサーシャの評価を落とすことより、この場を宥めてサーシャの評価、そしてハイセの評価を上げることに決めたのだ。
サーシャと敵対するメリットはない。それに、ハイセが少なからずサーシャのことを想っていることも知っている。
なので、こういう態度に出たのだ。
すると、店員が近づいてきた。
「あら、ピアソラさんの彼氏さんですか? ふふふ、お好みのデザインありますか? ピアソラさんはセクシーなボディの持ち主ですので、どんな下着も映えますよ~?」
「想像したくもないし気色悪い」
「アァァァァァァァァァァァァァ!? んだとテメェェェェェェェェ!!」
この日、ハイセは少しだけエクリプスを見直した。
サーシャのフォローに回り、誤解させることもなかった。
エクリプスとしては、ハイセに気に入られご機嫌。
なんと、夕食も一緒に食べ、バーで一緒にお酒を飲むまで付き合ってくれたのだ。
帰り道、エクリプスは酔っているのかハイセに甘える。
「んふふ、今日は素晴らしい一日でしたわ~」
「お前、酒癖悪いのかよ……もう飲むな」
「はぁ~い。ねえハイセ、またお出かけしてくれる?」
「……二人きりは嫌だ」
エクリプスにとって、今日は本当に最高の一日だったそうだ。





