穏やかな時間
ある日、サーシャはピアソラとロビンの三人で買い物に出かけていた。
三人は私服であり、武器などは持っていない。
ピアソラはニコニコしながらサーシャの腕を取り、何故か自分の胸に押し付けていた。
「うふふ。久しぶりのデート、楽しいですわね」
「ピアソラ。あまりくっつくな」
「ふふん。見せつけていますの。私とサーシャの仲の良さを!! こうすることで、余計な『ゴミムシ』がサーシャにくっつかないように!!」
「ゴミムシ……全く、お前と言う奴は」
「ねーねー、少しお腹空いたし、カフェでも行かない?」
ロビンが新しくできたカフェを指さす。
断る理由がないので、三人はカフェへ。
それぞれ好きな物を頼み、サーシャは紅茶を飲んだ。
「こうして休日に三人で出かけるのも久しぶりだな」
「だよね。以前まですっごく忙しくてなかなか出かけられなかったけどー」
「ふふふ。デートの時間が増えるのはいいことですわ!!」
所属チームが減り、クラン『セイクリッド』も余裕ができた。
だが依然、加入申請は多く、持ち込まれる依頼も多い。だが『セイクリッド』の方針で、クランの規模はこれ以上大きくしないことにした。
それでも、五大クランの一つとして規模は大きく、所属しているチームの練度も高い。
クランを離れたチームは自らのクランを立ち上げており、『元セイクリッド所属のクラン』として信用されるなど、『セイクリッド』の影響はなお大きい。
しばし、三人の時間を楽しんでいると……意外も意外。
「あれ、タイクーンじゃん」
ロビンが、新たに入って来た客を見て驚いていた。
その客はタイクーン。手には数冊の本を持ち、珍しく私服姿だった。
タイクーンもサーシャたちに気付く。
「キミたちか。休日を満喫しているようだな」
「タイクーンの私服、珍しいね……なんでこのカフェに?」
ロビンが聞くと、タイクーンはチラッと店内にある本棚を見た。
「ここは知り合いが開いた店でな。秘蔵の本を出すと聞いたので様子を見に来た」
「あなた、知り合いなんていましたの? てっきり分厚い本がお友達かと」
「図書館司書だ。ボクの好みをよく把握していてな……おっと、話はここまでだ。では」
タイクーンはカウンター席に座ると、店主と会話を始めた。
「いい店だ」
「どうもありがとうございます。長年の夢が叶いましたよ」
「ふ……ところで、おススメの本があると聞いたが」
「ふふふ。私のコレクションは目の前に」
「……む!?」
カウンター席の内側、キッチンの壁に本棚があり、そこには古い本がたくさん収めてあった。しかも『店主の判断で貸し出します』とプレートが提げられている。
タイクーンは目を見開く。
「ルイス・グスタブの書いた幻の自伝……!? バカな、この世に一冊しかない幻の書。彼が死んだ時に一緒に埋葬されたのでは……!?」
「実は、彼の妻が偽物とすり替えたのです。ご本人に確認し、筆跡の鑑定もしましたので本物で間違いございません」
「ど、どうやって手に……くっ、読みたい!! ああ、この本は土産だ。くそっ、レアな古書を用意したつもりだが、その本を前にすると劣って見える……!!」
「ふふふ。タイクーンさんには特別にお貸ししましょう」
「───!!」
と、カウンター席では楽しそうな会話が続いていた。
「タイクーン。本当に楽しそうだな……あんな友人がいたのか」
サーシャが紅茶を飲みながら言う。
「全く。タイクーン、顔もスタイルも悪くないのに、女性に興味ないのかしら」
「だよね。稼いだお金も本につぎ込んじゃうし」
「以前、タイクーンにパーティーでエスコートされたが、礼儀作法は完璧だった。まあ、愛想はなかったが」
と、三人でお喋りしていると、今度は別の客が。
「……げっ」
「あ、サーシャさんたち!!」
なんと、クレアとハイセだった。
二人とも私服。しかも、クレアはハイセの腕にしがみついている。
「おい、いい加減離せ。あと離れろ」
「わかりましたよー、師匠ってば照れちゃって」
「お前がベタベタするからだろうが。あと、俺は用事あるから好きにしろ」
「はーい。あの、サーシャさんたち、ご一緒していいですか?」
クレアはサーシャの元へ、そしてハイセはタイクーンの元へ。
「よう、タイクーン」
「来たか!! 早速だがこれを見ろ」
「こいつは……へえ、ルイス・グスタブの自伝か。確か本人と埋葬されたはずじゃ」
「彼の奥さんがすり替えておいたそうだ。彼ほどの偉人の自伝、埋葬するには惜しいと考えたのだろう」
「フフフ。ハイセさん、あなたもこれを読む権利がありますな」
ハイセもまた、自然に会話に加わっていた。
ピアソラは言う。
「今更ですが、あの男と一番仲がいいの、タイクーンかもしれませんわね」
「確かにねー、二人とも頭いいし、本好きだし、気が合うし」
「むむむ……師匠も楽しそうです」
確かに、ハイセは普段より楽しそうだ。表情も柔らかく、自然に口元を緩めていた。
サーシャはそんなハイセを眺め、クスっと微笑む。
「あ!! さ、サーシャ!! 今、あの男を見て笑いましたわね!? クゥゥゥなんか悔しいですわああああ!!」
「な、何を言っている。というかピアソラ、あまり店内で騒ぐな」
「あっはっは。ねークレア、このクッキー食べる?」
「食べます!!」
穏やかな時間は、静かに、ゆっくりと過ぎていった。





