双子との時間
七大冒険者の会合が終わって数日後。
ハイセは日常に戻り、冒険者ギルドで依頼を受けて達成、そのまま宿に戻って来た。
宿に戻ると、カンカンと金槌の音がする。
宿の裏に回ると、イーサンがフェンリルに新しい犬小屋を作っていた。
「あ、ハイセさん。おかえりなさい」
「ああ。それ……」
『きゃん!!』
犬小屋を見ると、フェンリルがハイセの足下で鳴いた。
イーサンは汗を拭いつつ言う。
「こいつ、少し大きくなったみたいで。小屋が窮屈そうだったんで、おれが新しく作ってるんです」
「へえ……」
確かに、古い犬小屋は少し小さい。
フェンリルを抱き上げてみると、成犬ほどの大きさだったフェンリルは、大型犬よりやや小さいくらいの大きさに成長していた。
フェンリルにも驚いたが、ハイセはイーサンの大工の腕がかなり上がっていることにも驚いた。
もともと、フェンリルの犬小屋は町で買った物だが、イーサンは小屋を分解し、新しい木材を組み合わせて犬小屋を拡張させている。フェンリルは尻尾を振りながら様子を眺めていた。
「器用だな……」
「初めてやってみたけど、思ったより簡単でよかったです」
「そっか。何か足りない物はあるか?」
「いえ、大丈夫です。おっと、待ってろよ……もうすぐできるから」
『きゅーん』
フェンリルがイーサンにすり寄り甘えている。
ハイセは仕事の邪魔をしないようにと、宿に入る。
すると、甘い匂いがしてきた。
「んまい!! シムーンはすごいなー」
「えへへ、ありがとうございます。でも……本当に大丈夫ですか? 新しいお菓子の試食なんて」
「気にすることはないわ。エアリア、底なしだから」
テーブルを二つ合わせ、その上には大量の料理が並んでいる。
そして、エアリアとプレセアが試食をしていた。
「あ、ハイセさん。おかえりなさい」
「ああ」
「帰ったのね」
「ハイセ、お前も食えー!!」
ハイセは席に座ると、シムーンがおしぼりをどこからともなく出す。
手を拭くと、目の前に出されたのは大量のクッキー。しかも、様々な模様が描かれ、そのまま売りに出せそうな凝りっぷりだ。
「実は、新しいお菓子に挑戦してまして……プレセアさん、エアリアさんに試食をお願いしたんです。エクリプスさんにもお願いしたんですけど、食べすぎたのか今はお部屋にいます」
「何してんだあいつは……どれ」
クッキーを口に入れる。
カラフルな模様だと思ったが、模様の部分で味が違った。どうやら生地を複数練り込み、組み合わせて焼いたようで、かなり手が込んでいる。
「……うまい」
「やった。あ、今お茶を淹れますね」
シムーンはキッチンへ。
チラッと受付カウンターを見ると、新聞を読む主人がクッキーをモグモグ食べているのが見えた。ハイセを見てジロっと睨み、新聞で顔を隠してしまう。
すると、プレセアが言う。
「あの子、すごいわね」
「ああ。確かに」
「お菓子もだけど……あの子、難関と言われるハイベルク薬学医師試験を満点合格したわ。まだ十二歳なのに恐ろしいわね」
「……何の試験だって?」
「薬学医師試験。私、特級薬師の資格を持っているから推薦したんだけど……」
ハイベルク薬学医師試験。
その名の通り、薬師と医師の試験。
怪我や病気を治す『能力』があり、それら能力者が所属する『教会』という組織とは別に、自然の恩恵である薬草や、人が築き上げた技術である医学は『能力』と関係なく今も発達している。
ハイベルク王国の薬学、医学の試験は世界最大で最難関。プレセアは世界で数人しかいない『特級薬師』であり、ハイベルク王国の試験も合格している。
「まだ早いかと思ったし、試験は四年に一度だから、今年は受けて内容を確認し、四年後に受ければいいと思ってたけど……まさか満点合格なんて」
「……マジか」
「ええ。ハイベルク薬学研究所が、あの子をスカウトしに来たわ。でも『宿のお仕事あるので』ってニコニコしながら遠慮していたわ。少し強引な方法であの子を確保しようとしていたから、私があなたの名前を使って軽く脅したけど……いいわよね?」
「そういうので使うなら『闇の化身』も喜ぶだろうな」
「そうね。でも……これでシムーンは正式な薬師よ。開業もできるけど、あの子はそれを望まないわね」
ハイセは思う。
シムーン、イーサン。二人はこれでいいのだろうか、と。
「…………」
「あなた。シムーンとイーサン、このまま宿で働かせていいのか、とか思ってる?」
「…………」
「それ、二人に言わない方がいいわよ。そもそも……あの子たちの居場所はここよ。二人を救って居場所を与えたあなたが、その居場所を奪うつもり?」
「……場所を選ぶ権利はあるだろ」
「それなら、あの子たちが自分から言い出すのを待ちなさい。少なくとも今、あなたが言うのは死刑宣告みたいなものよ」
「…………」
なんとなく居心地が悪くなるハイセ。
確かに、プレセアの言う通り身勝手な考えだったかもしれない。
すると、シムーンがお茶を運んできた。
「ハイセさん、お茶です。甘いのが多いので、少し苦めにしてみました」
「ああ、ありがとう……なあ、シムーン」
「はい?」
すると、プレセアがハイセの隣に移動し、軽く足を踏んできた。
ハイセはプレセアをジロっと見るが、プレセアは澄ました顔で無視。
「ハイセさん?」
「あ、いや……こいつから聞いたけど、難しい試験に合格したんだってな」
「難しい? ああ、薬師のですね。でもあれ、当たり前のことばかり書いてあったので簡単でした」
「そ、そうか……とにかくおめでとう。そうだ、何か欲しい物あるか? お祝いに買ってやる」
「え、そんな」
「もらっておきなさい。ハイセがそんなこと言うなんて、殆どないわよ?」
プレセアが言うと、シムーンは少し悩み、言いにくそうに言う。
「え、えっと……じゃあ、ハイセさんとお出かけしたいです。その、町にお買い物しに行くと、美味しそうなカフェとか、お菓子屋さんがいっぱいあって……新しいお菓子に生かせるかもしれないので、いろいろ見てみたいんです」
「そんなことか。いつでも付き合ってやる」
「あと、プレセアさんも……」
「私も? ふふ、いいわよ」
「あ、イーサンとフェンリルちゃんも。いいですか?」
「いいぞ。フェンリルにはリード付けて、犬の散歩ってことにすればいいか」
「やったあ!! あ、おじいちゃんにも言ってこよっと」
シムーンは、主人に向かって楽しそうに喋っている。
主人は「わしは留守番」や「楽しんできなさい」とにこやかだ。シムーンは頷き、外で大工作業をしているイーサンの元へ。
その様子を、ハイセとプレセアは眺めていた。
「わかる? 今があの子にとって最高の幸せなの。薬師の試験なんて、あの子にとってはご主人に必要だから取っただけ」
「…………」
「きっと、イーサンも同じよ。ね、ハイセ」
「……わかったよ。もう言わない」
ハイセは諦め、そのままクッキーを一つ掴んで口に入れた。
そして、今さら気付く。
「そういや、エアリアの奴静かだな」
「……寝てるわね」
エアリアは、いつの間に満腹になったのか、幸せそうにスヤスヤ眠っていた。





