クラン『セイクリッド』
S級冒険者『銀の戦乙女』サーシャが発足した新たなクラン『セイクリッド』は、A~F級冒険者チームを三組ずつ、計十八チームを加入させてスタートした。
審査には、タイクーンを筆頭に、これまで依頼した内容や成功率などから、面接によって決定。
発足式には、王都を拠点とする冒険者たちが見学に訪れた。
そんな中ハイセは、拠点となるボロ宿屋の一階で、店主が淹れた薄い紅茶を飲みながら、古文書を読んでいた。
「…………」
「アンタ、発足式には行かんのかね」
店主に話しかけられ、ハイセは横目で店主を見た。
新聞を読みながら、ハイセを見ずに話しかけたようだ。無視してもよかったが、息抜きにと答えた。
「俺には関係ないしな」
「そうかい」
店主が読む新聞の見出しには『S級冒険者サーシャ、クラン発足。発足式は本日』と書かれている。
古文書の一文を理解したハイセは、右手をクイクイ動かす。
「なるほど、新しい武器……これは、おいそれとは使えないな」
古文書に書かれているページを理解することで使えるようになる『イセカイ』の武器。ハイセは、ダンジョンに挑戦しながら古文書を解読し、使える武器を順調に増やしていった。
不思議なことに、S級冒険者に昇格してから使える武器が、一気に増えた。
自分でも、かなり強くなったと思うハイセ。
紅茶を飲み干し、外で試し撃ちをしようと立ち上がる。
「ご馳走さん」
銀貨を数枚置き、ハイセは宿を出た。
◇◇◇◇◇◇
城下町に出ると、多くの冒険者たちがクラン『セイクリッド』に向かっているようだった。
なので、クランホームとは別の道を進むハイセは、嫌でも目立つ。
「おい、S級冒険者のハイセだぜ」「サーシャとは犬猿の仲らしい」
「やっぱ発足式には行かないんだな」「『闇の化身かっけえ……」
いろいろ言われているが、無視。
外に出る前に、冒険者ギルドへ向かう。
ギルド内は、受付嬢たちが暇そうにお喋りしていた。冒険者たちが誰もいないなんて、ハイセには初めての経験だ。
今日は試し撃ちしに行くだけなのだが、せっかくなので討伐依頼はないかと確認する。
「お……Aレート魔獣、アイアンメタルゴブリン討伐か」
アイアンメタルゴブリン。
非常に知恵の高いゴブリンで、殺した冒険者の装備を剥ぎ取り武装したゴブリンだ。Aレート分類されるということは、多くの冒険者を殺し、格の高い装備を身に付けているゴブリンだろう。
ハイセは依頼書を手に、新人受付嬢の元へ。
「これ、頼む」
「あ、はい!! って……あれ? ハイセさん?」
「ん?」
「発足式には行かないんですか?」
「いや、行く意味ないし」
「そうなんですかぁ。てっきり、激励しに行くのかと「このおバカ!!」あいだぁ!?」
ベテラン受付嬢に頭を叩かれ、新人受付嬢は涙目になる。
いきなりのことでハイセもびっくりするが、ベテラン受付嬢はニコニコしながら言う。
「失礼しました。はい、こちらの依頼ですね。はい受理しました。ではお気を付けて」
「あ、ああ」
チラリと新人受付嬢を見ると、涙目で先輩を睨んでいた。
ギルドから出ると、声が聞こえてくる。
『先輩、何するんですかぁ!!』
『おバカ!! まったく、あんたは余計なことばかり言って!!』
『べ、別にいいじゃないですか。ハイセさんとサーシャさん、昔は仲良しだったんですよね? きっかけさえあれば、また仲良しに』
『そういうのを余計なお世話って言うの!!』
ハイセは苦笑し、依頼書を見て歩き出した。
◇◇◇◇◇◇
クラン『セイクリッド』に所属するF級冒険者チーム『サウザンド』
リーダーであるF級冒険者、十四歳になったばかりの少年ロランは、高鳴る心臓の音をうるさく感じながら、目の前に立つサーシャの笑顔に焼かれ、死にそうなほど緊張していた。
サーシャの口が動いているので何かを言っているようだが、ロランは聞こえていない。
すると、幼馴染でチームメイトの少女、クーアがロランを肘で小突く。
「ふぁ、は、はいっ!!」
「ふふ……これから、よろしく頼む」
「はい、っくょん!!」
緊張しすぎてクシャミが出て頭を下げるという、意味が解らない行動を取ってしまった。
チームメイトの盾士マッドと、弓士の少女テナが「あちゃあ……」と言った感じで顔を反らす。
すると、サーシャがロランの肩をポンと叩いた。
「さ、これを胸に……クラン『セイクリッド』の証だ」
ロランの胸に、翼を模した紋章のバッジが付けられた。
クーア、マッド、テナの胸にもサーシャ自らの手で付けられていく。
不思議な甘い香りがして、ロランは気を失いそうになるほど緊張した。
そして、サーシャが四人に向けて笑顔で言う。
「我らがクランに所属した以上、依頼を受けるだけじゃない、厳しく鍛えるつもりだ。頼むぞ、お前たち」
「「「「は、はい!!」」」」
ロランたち四人は、揃って同時に頭を下げた。
◇◇◇◇◇◇
クラン『セイクリッド』、F級冒険者チーム『サウザンド』の部屋。
ロランたちに与えられた部屋は、それほど広くはない。会議用の小テーブルに椅子が四脚、装備品を置いてメンテナンスする台、書類棚や休憩用のソファなどがあるだけ。
F級冒険者なので、高望みはしない。でも、部屋を与えられたことは嬉しかった。
「ぼ、ぼくたちの部屋……!!」
「ちょっとロラン!! さっきの発足式、なにあれ!?」
「し、仕方ないだろ。緊張してたんだから」
クーアに叱られるロラン。
それもそのはず。王都で話題のS級冒険者サーシャが率いるクラン『セイクリッド』に、発足して三ヶ月のチーム『サウザンド』が加入することになったのだ。緊張しないはずがない。
マッドは、ウンウン頷く。
「……オレも緊張した」
十五歳の寡黙な盾士は、細い糸のような目をさらに細め、口をむんと結んで頷く。
「あたしも緊張したぁ……ね、クーア、サーシャさんすっごい美人だったよねぇ」
弓士テナ。十四歳の少女らしく、好奇心旺盛な性格だ。
クーアも、「うん」と頷く。
「憧れるよね。私も、あんなかっこいい冒険者になりたいな」
「クーアがねぇ……」
「ちょっとロラン、どういう意味!!」
「じょ、冗談だよ」
クーアに睨まれるロラン。
すると、テナが言う。
「ね、ロラン、今日はどうする? 明日から依頼入るけど」
「そうだなぁ……あ、せっかくだしギルドに行こうか? ぼくたちクラン『セイクリッド』の所属になりましたって報告しよう!」
「あんた、自慢したいだけでしょ……まぁ、気持ちわからないでもないけど」
「……まぁ、散歩がてら行くのもいいかも」
「よし、じゃあみんなで行こうか」
チーム『サウザンド』は、冒険者ギルドへ向かった。
◇◇◇◇◇◇
ギルド内は、冒険者が少なかった。
発足式に出た冒険者たちは、今日は休養するのが多いらしい。
依頼書も多く残っており、ロランたちはちょっと残念そうだった。冒険者たちにクラン『セイクリッド』に加入したことを、やはり少なからず自慢したかったのだ。
とりあえず、新人受付嬢にだけ挨拶しようとカウンターへ。
「あの、受付嬢さん」
「あ、ロランさん!! おめでとうございます、クラン『セイクリッド』に加入したんですね!!」
「え、えへへ……まあ」
「うわぁ~、すごいです!! 尊敬しちゃいます!!」
「えへへ……あいでっ!?」
クーアに足をぐりぐりされるロラン。「デレデレすんな」と口が動いたのは気のせいじゃない。
喜んでいると、ギルド内に誰かが入って来た。
真っ黒なコートを着た、十六歳ほどの少年。
だが……修羅場を、死線を潜った強烈なオーラがあった。
ロランたちの隣のカウンターで、ベテラン受付嬢が対応する。
「依頼、完了した……これ、倒したゴブリンが持っていた装備だ。なるべく回収したから、遺族や仲間に届けてやってくれ」
真っ黒な少年……ハイセは、受付カウンターに、使い古された装備をアイテムボックスから出す。
「かしこまりました。ですが、よろしいのですか? 所有権はハイセ様にありますが」
「いらない。それとこれ、倒したゴブリンだ」
アイテムボックスから出てきたのは、ゴブリンの生首だった。
「「「「「ひっ!?」」」」」
「……あー、こんなとこで出すもんじゃないな」
ロランたち、新人受付嬢が青くなった。
それに気づいたハイセは、生首をアイテムボックスにしまう。
ロランの胸にある『セイクリッド』の証を見て、少しだけ目を見開いた。
「では、素材の確認をしますので」
「ああ」
ハイセはロランたちを無視し、解体場へ向かった。
ロランは、ハイセの背中を見て言う。
「あの人、確か……S級冒険者の、ハイセさんだ」
「こ、怖かったわ……」
「な、生首だったねぇ……」
「…………ぶるっときた」
不思議とロランは、ハイセのことを怖いとは感じなかった。