悲しみのブランデー
バー『ブラッドスターク』。
ハイセ行きつけの、宿から近く人もいない、雰囲気がとても心地良いバー。
店主はナーガとサキュバスのハーフ、ヘルミネ。今は婚約者と同棲しており、その婚約者が七大冒険者の一人シグムント。
本日は、ヘルミネ一人の接客だ。シグムントも手伝うのだが、バーの雰囲気が壊れると数日でヘルミネが店に立つのを禁止……何気ない会話でそのことを聞いたが、ハイセは安心した。
今日はレイノルドと二人で飲んでいる。
「フラれちまった」
酒を注文し、軽く乾杯するなりレイノルドが呟いた。
ブランデーを一気に飲み干しおかわりを注文……おかわりも一気飲みし、再度注文。
どうやら、酔えないようだ。
「なあ、ハイセ」
「…………」
「オレは、サーシャが好きだった……いや、今も好きかな」
ハイセは何も言わない……言えない。
一人、つまみも食べずに酒を飲む。
「お前さ、知ってただろ? オレがサーシャのこと好きなの」
「……ああ」
「ははっ……まあ、やっぱ無理だったわ」
再び、ブランデーを一気に飲むレイノルド……まるで、悲しみを酒で薄めようとしているが、あふれ出る感情が酒でも薄められないくらい深いことに気付いているような飲み方だ。
「なんとなーく……いや、気付かないフリしてたんだけどな。お前がチーム抜けて、オレとサーシャで『セイクリッド』を盛り上げて……いずれは二人で、なんて考えてたが……いつまで経っても、あいつの中にはお前がいた」
「…………」
「幼馴染。で、S級冒険者同士……オレもS級冒険者になって、肩並べたと思ったが、並んだのは肩だけで、同じ場所には立ってなかった」
「…………」
「あいつにとってオレは、憧れのお兄さん……ってところか」
「…………」
「あーあ!! 酔わねえなあ!! ちくしょーっ!!」
レイノルドはケラケラ笑い、ブランデーを一気に飲む。
おかわりを注文する。ヘルミネは何も言わずにグラスに注ぎ、レイノルドに出す。
「ハイセよお……お前、気付いてんだろ。なあ」
「…………」
「サーシャはずっと……お前のことを」
「…………レイノルド」
「あ?」
ハイセはグラスを置く。
まだ、一杯目の半分程度しか酒は減っていなかった。
「俺は、愛だの恋だのに現を抜かすつもりはない。サーシャが俺を好き? 俺を愛している? だったら何だ? 俺にどうしろって?」
「…………」
「俺は、チームを追放された時から『最強』を目指して歩くことしか考えていない」
「……本気かよ、それ」
「ああ。認めることはある。俺は今の『俺』と『セイクリッド』の繋がりは否定しない。でも、それだけだ。俺は歩き続ける……俺を好きになるならそれでいい。でも、俺に『愛』はない。俺が能力に覚醒した時、全部置いてきちまったからな」
「……そっか」
レイノルドはグラスを置き、どこか悲し気に笑う。
「お前のことブン殴るべきなんだろうな……でも、その資格がオレにはねえな」
「……お前ら、わかってない」
「あ?」
「サーシャが俺のことを好き? 愛してる? 俺がそれを受け入れないってこともあいつならわかってるはずだ……そのくらいで、サーシャが歩みを止めることはない」
「……」
「レイノルド。サーシャにフラレて俺に泣き言を語って意味あるのか? お前がするべきことは何だ?」
「……オレは」
「『セイクリッド』を守る。それがお前の仕事だろ。サーシャに愛されないからって守ることまでやめるつもりじゃねぇだろうな」
「……」
レイノルドは、何も言えなかった。
心を槍で突かれたような、そんな痛みが走る。
もしかしたら……レイノルドは『セイクリッド』を辞めるために、ハイセに全てを話し、サーシャを託そうとしたのかもしれない。
「お前の弱さに、サーシャを利用するな。フラれたくらいで泣くんじゃねぇよ」
「……クソが」
レイノルドは立ち上がる。
出口ではなく、手洗いへ向かう。
ハイセは再びグラスを手にし、残ったブランデーを一気に飲み干した。
「……厳しいのね」
ヘルミネが、グラスを磨きながら言う。
だがハイセは首を振った。
「あんなレイノルド、見たくない。俺の憧れた兄貴分は……フラれたくらいで揺るがない」
「信頼してるのね」
「信頼……どうかな。レイノルドは、俺に泣き言を喚いて、サーシャの想いを俺に託して、自分はそのまま消えるような……そんな気がした」
「…………」
「だから……ああもう、とにかくそれじゃ駄目だ。サーシャを守れるのはレイノルドだけだ」
「それは、物理的な意味? それとも……」
「……あいつは『盾士』だ。禁忌六迷宮はまだ残ってる。こんなことで逃げられちゃたまらねぇよ」
ハイセは立ち上がり、金貨を一枚置く。
「……帰ります。好きなだけ飲ませてやってください」
「付き合わないの?」
「ええ。俺、明日も仕事なんで」
そう言い、ハイセは店を出た。
そして、ハイセが店を出たと同時にレイノルドが戻ってくる。
ほんの少しだけ……目元が赤くなっていた。
「あ~……あれ? ヘルミネさん、ハイセは?」
「帰ったわ。今夜は奢りだって」
「そっか。じゃあ、ヘルミネさんに付き合ってもらおうかな」
「いいわよ。ふふ、私は婚約者もいるけど……それでもよければ」
「なーんだ残念。でも、付き合ってくれるんだろ? だったら婚約者も呼んでいいぜ」
「あら、本当に呼んじゃうわよ? ふふふ」
この日、レイノルドとヘルミネ、そしてシグムントの三人は、朝方まで飲み明かすのだった。





