クレアの今
ハイセは宿に戻ると、主人とシムーンがお金の計算をしているのを見た。
「あ、ハイセさん。お帰りなさい」
「ああ……ただいま」
「お疲れですか? お茶でも淹れますか?」
「そうだな……うん、頼む」
ハイセは、食堂スペースの椅子に座る。
大きく伸びをすると、風呂場のドアが開きクレアが出てきた。
「あー気持ちよかった……あ、師匠!! お帰りなさい!!」
「ああ」
「いやー、毎日お風呂に入れるって幸せですね。あ、シムーンちゃん、果実水ありますか?」
「はーい。今持っていきますね」
クレアは当たり前のようにハイセの前に座り、嬉しそうにニコニコする。
「……なんだよ」
「いえ。なんだか師匠と一緒が嬉しくて」
「なんだそれ……ったく」
クレアは、タンクトップに短パンとかなり薄着だ。前かがみなので胸の谷間が見えているのだが、クレアは気にしていない。
するとクレアは聞く。
「そういえば、エクリプスさんから聞いたんですけど……七大冒険者の会合ってやるんですよね」
「ああ」
「師匠も出るんですか?」
「まあな」
「そっか。じゃあエクリプスさんも参加するんですね」
ハイセが参加するならエクリプスも参加する、ということだ。
どうでもいいのか、ハイセはシムーンが運んできた紅茶を飲む。
クレアも、果実水を飲み「ぷはーっ」と唸る。
「師匠、明日はどうしますか? そのー……久しぶりに稽古を付けてほしいです」
「いいぞ。ただし、あまり手加減できない」
「は、はい」
最近、クレアに稽古を付けていない。
純粋にクレアが強くなったのもあるし、依頼優先だったのもある。対人より魔獣との戦いを優先させたりといろいろあるのだが、ここらでクレアの強さを確認するのもいいかもしれない。
「そういやお前、今の冒険者等級は?」
「えっと、A級になりました。C級だったんですけど、『神の箱庭』と『狂乱磁空大森林』を踏破したことで評価されちゃって」
「A級か……もう立派な一人前だな」
「で、でもでも!! 師匠にはまだ教えてもらいますから!! それにサーシャさんより強くなるには師匠に教えてもらわないと!!」
「わかったわかった。とりあえず……庭じゃ厳しいな。明日は郊外の平原まで行く。早めに休んでおけよ」
「はい!!」
A級冒険者。
ピアソラ、タイクーン、ロビンと肩を並べたクレア。
まだ冒険者になって一年も経っていない。才能だけじゃなく努力を重ねた結果だ。
だからこそ、ハイセは知る必要がある……今のクレアの実力を。
◇◇◇◇◇◇
翌日。
ハイセはクレアと二人で、早朝からハイベルグ王国郊外の平原に来た。
クレアは双剣を抜き構えを取る……以前だったら剣を抜かず、ダラダラとお喋りをしてハイセを萎えさせていたが、今はもう到着するなり冒険者の顔になっている。
「師匠」
「来い」
青銀の闘気が爆発するように膨れ上がった。
(───ここまでとはな)
少しだけ、サーシャと重なって見えたハイセ。
ニヤリと笑うと、腰のホルスターから自動拳銃を二丁抜き、クルクル回転させてクレアに向けた。一丁はゴム弾、もう一丁は実弾だ。
クレアは無言で地面を蹴り、緩急を付けた動きでハイセを惑わす。
「『幻想歩法』」
残像───しかもこれは、闘気を応用した残像だ。
鏡のように自分の姿を闘気に移し、あたかもそこにいるように見せている。
サーシャもやったことのない闘気の使い方に、ハイセは目を剥いた。
「青銀剣、『青の狙撃銃』!!」
「ッ!!」
そして驚愕した。全く有り得ない方向から『闘気の弾丸』が飛んできた。
狙いは心臓。ハイセの教え通り『殺す』つもりの一撃。
だがハイセは反射的に銃を連射。闘気と弾丸が相殺される。
「やるな」
ハイセは飛び出す。
クレアの間合い。分身したクレアの斬撃がハイセに襲い掛かる。
「青銀剣、『青の連刃・幻想』!!」
全ての分身による同時攻撃。
四方から迫る斬撃にハイセはニヤリと笑い、パチンと指を鳴らす。
すると、地面が爆発した。
「うぁぁぁぁっ!?」
分身が全て消え、爆風でクレアが吹っ飛んだ。
そして、いつの間にか接近していたハイセのゴム弾がクレアの両腕に命中……剣を落とし、銃口を額に押し付けられ、決着した。
「いい動きだった。まさか闘気で分身を作るなんてな……だが甘い。実体のある分身を作るのは大した技術だが、動きが単調すぎる。分身を作りすぎたせいで完全に操作できていない」
「ううう……」
クレアの作った『闘気分身』の人数は十人。だが、『剣を振る』くらいの動きしかできていないせいで、ハイセにはすぐ本物のクレアがわかった。
なので、爆風の直撃ではなく余波で吹っ飛ぶよう地雷の位置を調整し、分身のクレアに踏ませ爆発させ、全ての分身を消した。
クレアは起き上がる。
「いたた……うう、誰にも見せたことのない分身、通じると思ったのにぃ」
「まずは一体、完全に動かせるようになってから数を増やしていけ。それと……驚いた。成長したな、クレア」
「───っ!! はい!!」
クレアは嬉しそうに笑い、ハイセの腕に飛びついた。
「えへへ、嬉しいです~!! 師匠~!!」
「だから、くっつくな!!」
「師匠、撫でてくださ~い!!」
「ああもう……子供かお前は」
クレアを引き剥がし、ハイセはクレアの指導を始めた。
「その分身、どうやって使ってる?」
「えっと、闘気を発射することが得意なので……発射した闘気を操作できないかなって考えて、やってみたらできました。なので、闘気を自分の形にして、私をイメージして……」
クレアは実演する。
闘気を纏い、手のひらから闘気の塊を放出、ぐねぐねと人の形になり、色が付き、瓜二つの『クレア』となった。
「こんな感じです。武器も闘気で具現化して、ある程度は命令できます」
すると、闘気のクレアは剣を振る。
「私の思い通りに動きますけど……けっこう疲れます。今の私じゃ十体が限界です」
「……まずは一体だ。完璧に操作できるようになってから二体、三体と増やしていけ」
「はい!!」
この日は、クレアの指導で終わった。
◇◇◇◇◇◇
夕方、ハイベルグ王国城下町。
夕飯はシムーンが作っているので、素通りする予定だった。
だが……。
「よう、ハイセ」
「……レイノルド」
レイノルドがいた。
ハイセは、レイノルドが自分を待っていたと確信した。
なので、クレアに言う。
「クレア。先に帰ってろ」
「え、もうすぐ夕飯ですけど……」
「悪い。シムーンに『夜食作ってくれ』って言っておいてくれ。俺の分の晩飯はお前とエアリアで食っていい」
「わ、わかりました……じゃあ、先に帰ってますね」
クレアはレイノルドにぺこっと頭を下げ、宿に向かって走り出した。
その後ろ姿を見ながらレイノルドは言う。
「相変わらずいい子だな」
「……俺に用事あるんだろ」
「ああ。一杯飲みながらでいいか?」
「……わかった」
ハイセはレイノルドと共に、バー『ブラッドスターク』に向かうのだった。





