サシ飲みしながら
「……というわけで、お前以外の全員が参加表明した。ハイセ……どうだ?」
「それ、俺にも参加しろってことですよね……」
ハイセとガイストは、ガポ爺さんの屋台でサシ飲み……ガイストは『七大冒険者会合』に参加するよう、ハイセに改めてお願いをしていた。
ハイセはどうも気が乗らないのか、ドワーフの日酒をチビチビ飲みながら言う。
「ガイストさん。なんでそんなに七大冒険者の会合をやろうとするんです?」
「冒険者たちの憧れであるお前たち七人を会わせて交流させたいから……というのは建前だな。本音を言えば、見てみたいからだな」
「見てみたい?」
「ああ。冒険者最強の七人、その七人が揃った姿を見たい……はは、子供っぽいか?」
「…………」
ハイセは何も言わず、日酒を飲む。
すると、ガポ爺さんがデイコンの煮物を皿に盛り、ハイセの前に置いた。
「ハイセよお、ガイストがここまで言ってんだ。たまには言うこと聞いてやれや」
「……まあ、いいですけど」
そう言い、ハイセはガイストを見る。
「でも、参加するだけですよ。めんどくさい依頼とか、七人でアレコレやれとか、そういうのはごめんですからね」
「ああ。禁忌六迷宮についてや、冒険者協会からの質問には答えてもらうがな」
「まあ、それくらいなら……」
ガイストは頷き、嬉しそうに笑った。
そして、日酒をおかわりすると……屋台にもう一人、新しい客が来た。
「ガイストさん、お疲れ様です」
「来たか、サーシャ」
来たのはサーシャだった。これにはハイセも驚き、ガイストをジーっと責めるように見る。
「ガイストさん、サーシャも呼んだんですか?」
「まあな。少し、聞きたいことがあってな……ハイセ、お前にもだ」
「「……?」」
サーシャはハイセの隣に座り、ガポ爺さんが日酒のコップを置く。
煮物を盛り合わせでもらうと、美味しそうに食べ始めた。
「ん、おいしい……あふっ、あふっ」
「ははは!! サーシャちゃん、熱いからゆっくり食いな!!」
サーシャが食べる様子を見て、ガイストは微笑む。
「本当に、大きくなった。ワシの最後の弟子であるお前たち二人は、大きく、強くなった」
「……ええ、まあ」
「あふっ……そうですね」
「お前たち二人でコンビを組み、レイノルドが入りチームに、タイクーン、ピアソラ、ロビンと加入し『セイクリッド』が生まれ、ハイセが抜けた……」
「「…………」」
「互いにS級冒険者となり、『闇の化身』、『銀の戦乙女』と呼ばれるようになり、今や七大冒険者の序列一位、四位と名を連ねている。若き冒険者の憧れで、ワシの誇りだ」
「「…………」」
ハイセはそっぽ向き、サーシャは露骨に照れていた。
まるで確認するような言い方。ガイストは改めて聞く。
「改めて聞く。ハイセ、サーシャ……お前たちは禁忌六迷宮を五つ踏破した。残りは一つ……そこを踏破したら、どうする?」
どうするか?
大雑把な質問といえばそうだが、ハイセは迷わなかった。
「俺は『最強』であることを証明するために禁忌六迷宮に挑んでいる。証明が終われば……それで終わり。一人の冒険者として歩くだけです」
「私は『最高』のチームで禁忌六迷宮を制覇する目標があります。目標を達成したら、一人の冒険者として活動し、クランマスターとして冒険者を育てます」
「……つまり、冒険者として歩みを止めるつもりはない、ということか」
その言葉を聞き、ガイストはどこかホッとしているようだった。
ハイセは続ける。
「まあ、弟子のクレアもいるし……最初はB級くらいまで育てるつもりでしたけど、あいつが俺から離れるつもりがないんで、こうなったらS級まで育てますよ。それに、イーサンやシムーンも宿屋の跡を継ぐ気満々だし、あいつらが大人になってじいさんが隠居するくらいは面倒見るつもりです」
ハイセは日酒を飲む。
それから話題はクラン『セイクリッド』の話へ。
「クラン『セイクリッド』から離脱して、別の土地でクランを始めるチームも増えてきました。加入申請こそ増えていますけど……今は育てたチームを送り出すことを重点的に行っているので、クラン加入申請は受け付けていません。八百ほど加入していたチームも、今は五百まで減りました。今はこのくらいの数がやりやすいですね……」
サーシャは言う。
クラン『セイクリッド』に加入しているいくつかのチームは、独立するために出て行った。一つのチームが卒業し、それに合わせていくつかのチームも卒業、新天地で新たなクランを開くのだ。
もちろん、サーシャは笑って見送っている。寂しさもあるが顔には出さない。
チームが減り、クランの規模は縮小した。だが、減った以上の加入申請は未だにある。
だが、今は受付をしていない。
「八百……かなりの数です。忙しく、チーム『セイクリッド』での活動もできないくらい多かった。私がS級冒険者序列四位で、いろんな人から期待されて、クランに加入したいって冒険者チームは山のようにあるけど……私は万能じゃないし、許容範囲もある。今は五百まで減ったおかげで、余裕も出てきましたし、チームで活動することも増えてきました」
最近、チーム『セイクリッド』で依頼を受けることが増えた。
クランを別チームに任せ、『セイクリッド』で依頼を受ける。
サーシャは言う。
「ハイセ。お前は以前言ったな? 個人で依頼を受けてみるのもいいと……」
「……お前まさか」
「ああ。ソロで依頼を受けてみた。一人で討伐レートSの魔獣を討伐してみた……もちろん、レイノルドたちも知っている」
「へえ、どうだった?」
「当然倒した。だが……一人はなかなか大変だな。お前と二人で活動していた日のことを思い出した」
「……そっか」
ハイセは日酒を飲む……やっと、コップが空になった。
「少し、飲み過ぎた……ガイストさん、そろそろ帰るよ」
「そうか。会合の日が決まったら伝える」
「あ、ハイセ……ガイストさん、私も」
「ああ、気を付けてな」
ハイセ、サーシャは屋台を出た。
一人残ったガイストの前に、なみなみと日酒が注がれたコップが出された。
「デカくなったなあ、あのガキどもが」
「ああ。ふふ……妙な気分だ。嬉しいような、寂しいような」
「どっちもだろ。ワシにとってもガキだしな」
「ふ……ガポ爺さん、乾杯」
二人はグラスを合わせ、日酒を一気に飲み干した。
◇◇◇◇◇◇
ハイセ、サーシャは二人で歩いていた。
夜の街は相変わらず騒がしい。大通りでは冒険者たちが酒を飲み、観光客が肩を組んで歩き、住人たちは飲み会で楽しんでいる。
そんな大通りを、サーシャとハイセは並んで歩いていた。
「お前、クランに帰るのか?」
「いや。今日は支部に泊る。明日は休日なんだ」
「……まーた休みかよ」
「うるさい。さっきも言ったが、加入チームが減って負担が減ったんだ。レイノルドたちも休みだぞ」
「へえ……どっか遊びに誘われたりしないのか?」
「…………」
サーシャは、ぴたりと足を止めた。
いきなり止まったので、ハイセも足を止める。
「ハイセ、話がある」
「……なんだよ」
そう言い、サーシャは歩き出す。
ハイセの隣に並ぶと、ハイセも歩き出した。
「レイノルドに告白された。結婚を前提に、付き合って欲しいと」
「…………」
喧騒が一時的に消えた、そんな気がした。
だが、それは気のせいだ。
酒が楽しいのか、S級冒険者の二人が並んで歩いていても、誰も気にしない。
サーシャは言う。
「断った」
「…………」
「レイノルドは強い。頼りになるし、支えてくれるし、クランがクランであるのはレイノルドのおかげだと思ってる。私も……レイノルドが好きだ」
「…………」
「でも、その『好き』は……ピアソラやロビン、タイクーンと同じ……ううん、少しだけ特別な『好き』なんだ。兄とは違う、ほんの少しだけ愛が混ざった『好き』なんだ」
「…………」
「私は……」
「何が言いたいんだよ」
ハイセは歩きながら言う。サーシャも止まらない。
「……わからない。でも、お前には聞いてほしかった」
「…………」
「ハイセ、お前は……私のこと」
サーシャがそこまで言うと、大通りを抜けた。
サーシャのクラン支部と、ハイセの宿屋はちょうど道が分かれる。
ハイセは一度だけ、サーシャをまっすぐ見た。
「…………俺は、わからない」
「え……?」
「愛とか、好きとか……そんな感情を全部捨てて強くなった。そういう感情に振り回される自分が想像できないし、わかんねぇよ」
「……ハイセ」
それだけ言い、ハイセは闇に消えた。





