ガイストのお願い③
ハイセは起床、欠伸をしながら宿の一階に降りると、シムーンが紅茶を淹れてエクリプスに運んでいるところに遭遇した。
エクリプスは新聞を読み、食後の一杯を楽しむようだ。
ハイセを見るなり柔らかく微笑み、新聞をテーブルに置く。
「おはよう、ハイセ」
「……おお」
ハイセは適当に返事をして、エクリプスの隣の席へ座る。
決してエクリプスの隣に座りたいわけじゃない。そもそも、ハイセの指定席の隣に座り出したのはエクリプスである。
すると、シムーンがニコニコしながらハイセに紅茶を出す。
「おはようございます。ハイセさん、朝食はすぐにお召し上がりになりますか?」
「いや……紅茶一杯飲んでからがいいな。お前のタイミングで出してくれ」
「はい、わかりました」
新しいエプロンを付け、スカートを翻してキッチンへ。
すっかり看板娘であり、カウンターで新聞を読む店主の可愛い孫だ。
すると、汗だくのイーサンとクレアが宿に入ってきた。
「ふい~……あ、師匠!! おはようございます!!」
「……朝から声がデカい」
「えへへ。あ、イーサンくんお風呂どうします? 一緒に入りますか?」
「え!? いいい、いやいや、クレアさん先にどうぞ!! おれ、掃除しますんで!!」
本気なのか冗談なのかわかりにくい。
イーサンは真っ赤になりキッチンへ。どうやらフェンリルのエサを取りに来たようだ。
するとキッチンから「もう、汚れたまま入らないで!!」や「ご、ごめん!!」と謝る声が聞こえ、エサ入れを持ったイーサンが慌てて外へ。
クレアは風呂場へ。そして、シムーンが朝食のプレートをハイセの前に置いた。
「もう、イーサンってば」
「許してやれ。それと、イーサンの分の朝食も用意してやってくれ」
「あ、もう準備してます」
「じゃあ、俺のところに持ってきてくれ」
「はい!!」
ちなみにイーサンは、井戸で水浴びをしてから来る。
ハイセと朝食を食べると、風呂から上がったクレアと入れ替わりで風呂へ。そのまま風呂掃除から始めるようだ。
そして、朝食を食べ終わったハイセはおかわりの紅茶を楽しみ、イーサンと入れ替わったクレアが朝食を食べ始める。
「師匠、今日は依頼ですか?」
「ああ」
「あの~……今日は私、お休みします。実はエアリアさんに頼まれて、王都を案内するんです」
「……好きにしろ」
ハイセは新聞をめくる。
エクリプスも同じように新聞を読み、クレアをチラッと見た。
「クレア」
「え?」
「その案内だけど……どこに行くの?」
「えっと、エアリアさんが『面白いところ』と、『おいしい物いっぱい食べれるところ』って希望だったので……とりあえず、中央広場と、飲食店街に行こうかと」
「……それ、私も一緒にいい?」
「え」
思わぬところからの誘いに、クレアはパンを食べる手を止めた。
ハイセも、チラッとエクリプスを見る。
「……お前、王都に来てけっこう経つだろ」
ハイセの質問に、エクリプスは目を輝かせる。
まさか、ハイセから質問されるとは思っていなかったようだ。
「ええ。私、お散歩はするけど、お店とかに入ったことはあまりないの。食事もここで済ませるし、アイテムボックスに物資があるからお買い物もしないし」
「…………」
そもそも、エクリプスはハイセに会いに来たのだ。
それ以外の用事はない。だが、ハイセから『許し』をもらい、一から関係性を築くことができるようになり、少しずつ余裕が出てきたようだ。
だが、ハイセにはどうでもいいのか「へえ」と興味なさそうに返事をした。
するとここで、二階からふよふよと光翼を生やしたエアリアが、パジャマ姿で飛んできた。
「ふああああああ……よくねた」
「あ、エアリアさん。おはようございます」
「ん……あさごはん」
そのままフワフワと、クレアの隣に座る。
ひどい寝ぐせで、パジャマはズレて、眼はショボショボしており、首もフラフラ動いている。
朝が苦手だとすぐにわかった。
「ひどい寝ぐせですね……後で直してあげますね」
「ん~……ハイベルグ王国あったかいし、ついつい寝すぎちゃうぞ」
「あはは。その気持ちわかります。朝ご飯食べたら出かけましょうね」
「ん~……」
そして、シムーンが朝食を運んでくると、エアリアはモグモグ食べ始めた。
ハイセは新聞を閉じ、シムーンに言う。
「行ってくる。晩飯頼むな」
「はい。お気を付けて」
そして、カウンターに座る主人をチラッと見ると、主人は軽く頷いた。
この中で最も付き合いが古いが、対応はまるで変わらない。
その態度が、ハイセにはありがたかった。
「あれ……ハイセ、どこ行く?」
「依頼ですよ。冒険者ですから」
「ん~……」
ハイセは眠そうなエアリアが『余計な事』を言い出す前に、さっさと宿を出るのだった。
◇◇◇◇◇◇
一時間後。
ようやく目が覚めたエアリアは、クレアに髪を梳いてもらっていた。
「うー、ハイセも誘いたかったぞ」
「あはは……でも師匠、たぶん『めんどくさい』とか『嫌だ』とか言いそうですよね」
一階ロビーには、まだ紅茶を飲んでいるエクリプス、そしてクレアとエアリアがいた。
エアリアの支度が終わったら、三人で街に出かける予定だ。
クレアは、チラッとキッチンを見る。
ここからは見えないが、シムーンもいるだろう。
すると、主人が言う。
「シムーン。ちょっといいか?」
「あ、はーい。なに、おじいちゃん」
「……最近、ワシは運動不足でな。今日の仕事はワシがやろう。お前はお休みだ」
「え……ど、どうしたのいきなり」
「ははは。今言った通り、運動不足なんだよ。ささ、行きなさい」
「う、うん」
主人はクレアをチラッと見た。それだけでクレアは察した。
「あ、シムーンちゃん。お休みなら一緒に出掛けませんか?」
「え……あ、はい!!」
「じゃあ、着替えて一緒に出掛けましょう。あ、イーサンくんは……」
「じいちゃん、風呂掃除終わったよ!!」
「そうか。じゃあ、今日はじいちゃんと一緒に、フェンリルの散歩でも行こうかの」
「わかった!!」
どうやら、心配はなさそうだ。
シムーンが母屋に着替えに行くと、宿の入口のドアが開いた。
「朝早くから失礼」
「あれ、ガイストさん」
なんと、ガイストが現れた。
ギルドマスターの登場に、エクリプスの目がスッと細くなる。
「……ハイセならいないわよ」
「ああ、用事はあるのはエクリプス殿、そしてエアリアの二人だ。時間は取らせない……少しだけいいかな?」
「私たち、これから出かけるの。悪いけど邪魔はさせないわ」
「すぐに終わる。五分でいい……話を聞いてくれないか?」
「あたいはいいぞ。その代わり五分、それといつかメシ奢れー!!」
「ははは、構わんぞ……それにしても。ずいぶんと賑やかな宿になったものだ」
ガイストはエクリプスの前に座る。
主人は、シムーンの代わりに紅茶を淹れようとしたが、ガイストは丁寧に拒否した。
そして言う。
「用件だけ。近々、七大冒険者を集めた会合を開きたいと考えている。序列二位エクリプス殿、序列七位エアリア、ぜひ参加して欲しい」
「おおー、なんか面白そうだな!! あたい出てもいいぞ。ふふん、どんな連中がいるのか楽しみだ!!」
エアリアは即答した。あまり深く考えていないようである。
エクリプスは少し考える。
「……それ、ハイセは出るの?」
「話はしたが、あまり乗り気ではなさそうだった。とりあえず、サーシャにヒジリ、ウル、シグムントの四人は確定している。ああ、エアリアもだな」
「エアロ・スミスだ!! そこ間違えんな!!」
「ははは、悪い悪い」
「……ハイセが出るなら参加してもいいわ。出ないなら参加しない」
「ほう」
「遅れましたっ!! って……あ、ガイストさん!! すみません、いまお茶を」
「いや、もういい。これからお出かけなんだろう? 楽しんでくるといい」
ガイストは立ち上がり、シムーンの頭をポンと撫でた。
◇◇◇◇◇◇
宿から出たガイストは、一人歩いていた。
「予想通りの返事か……やはり、ハイセを説得せねばな」
七大冒険者の会合。
これが実現すれば、今の冒険者たちにとってもいい刺激になる。
ガイストは、ギルドへの道を歩きながら呟く。
「とりあえず……今夜あたり、ガポ爺さんの屋台にでも誘ってみるか」
そう言い、ガイストはギルドへ戻るのだった。





