ガイストのお願い②
ガイストは、依頼を終えてミイナとお喋りしているヒジリに声を掛けた。
「ヒジリ、少しいいか?」
「ん? なになに。ガイストのおっさん」
今更だが、ギルドマスターに対する態度ではない。
世界広しと言えど、伝説的な冒険者であるガイストにこうも馴れ馴れしい態度で接するのはヒジリくらいだろう。ガイストも気にしていないのか、特に気分を害していない。むしろこういう接し方をする者はいないので、楽しんでいるようにも見えた。
「お前に話がある。少しだけ時間をいいか?」
「えー、アタシこれから『ブラッドスターク』でご飯食べるのよ。ヘルミネが恋人紹介したいからって言うからさ、プレセアと一緒に行くのよ」
「なるほどな……ふむ、ワシも行っていいか?」
「別にいいけど。なになに、おっさんもヘルミネの恋人に興味あり?」
「ああ。というか、知っている」
そう言うと、ヒジリが首を傾げ、聞いていたミイナも興味津々だった。
「ほほう、ギルマス……何やら面白そうな展開になりそうですね」
「お前は何を言っている……とにかく、ワシも行こう。それに、ちょうどいい」
「はい? あ、あたしも行きますー」
こうして、仕事を終えたミイナとガイスト、そしてヒジリの三人で『ブラッドスターク』へ向かうのだった。
◇◇◇◇◇◇
バー『ブラッドスターク』は、ハイセの宿からほど近い場所にある隠れ家のようなバーだ。
料理はおいしく、酒の種類も豊富。そして店内の雰囲気もよく、ハイセはよく一人で飲みに来る。
もともとはプレセアの行きつけだったが、今ではハイセの行きつけでもあった。
今日はハイセはいない。店の前で待っていたプレセアは、ヒジリとガイスト、そしてミイナという面子に少しだけ驚く。
「……意外な連れね」
「おっさんが来たいって言うしさー、むふふ、ヘルミネの恋人が気になるんじゃない? もしかしておっさん……ヘルミネ狙いだった?」
「おお。ヘルミネさんとギルマス……妖艶な美女と渋いイケオジ、悪くない組み合わせですね!!」
「……ハイセの苦労がよくわかる」
ガイストは苦笑。
ヒジリとミイナがケラケラ笑っていると、プレセアが「行くわよ」とドアを開けた。
「いらっしゃい!!」
すると、ヘルミネではない男の声。
最初に入ったプレセアは驚いていたが、その声に聞き覚えのあるヒジリ、ミイナは「あれっ」と声を出してカウンター席を見た。
そこにいたのは、体格のいい男。そして男を軽く押しのけるヘルミネ。
「シグ……大衆酒場じゃないんだから、そんな大声出さなくていいのよ」
「そ、そうか? いやあ、接客とかしたことなくて」
「あれ? シグムントじゃん!!」
「シグムントさん!? え、え……ウーロンに行ったんじゃ」
「ああ、ちょっといろいろあってな。母上にクランを任せて、しばらくこっちに住むことになった」
シグムント。
S級冒険者序列六位『技巧の繰手』シグムント。ガイストの甥であり、格闘系能力者が集まる冒険者クランのマスターでもある。
プレセアはヘルミネを、そしてシグムントを見て「なるほどね」と言い、カウンター席に座った。
ミイナも察したのかニヤニヤして、未だに理解していないヒジリと、全てを知るガイストも座る。
ヒジリは言う。
「で、なんでアンタがここに?」
「そりゃ、王都に来たんだしな。宿屋より恋人……いや、婚約者の家で過ごすのは当然だろ」
「え……」
ヒジリ、照れるヘルミネとシグムントを交互に見てようやく察した。
「ヘルミネ、まさか恋人って!! こ、こいつ!?」
「ええ……ふふ」
「マジで!! ってかアンタ、え、え!!」
「ヒジリ、落ち着きなさい。とりあえず……乾杯しましょうか」
プレセアは酒を注文、ガイストが「ワシが奢ろう」と全員に酒を渡し、乾杯した。
乾杯後、未だにシグムントとヘルミネを交互に見るヒジリ。
ガイストは困ったように言う。
「全く、王都に来たなら顔くらい見せに来ないか」
「いやあ、叔父上のところは近いうちに行こうと思ってて」
「ははは。幸せそうで何よりだ」
「ガイストさん……その、いろいろありがとうございます」
ヘルミネがペコっと頭を下げる。
ミイナは不思議そうに言った。
「うーん。てっきりギルマス……ヘルミネさん狙いだと思ってたんですけどねえ」
「馬鹿を言うな。ワシは、ヘルミネの後見人のようなものだ。シグムントに頼まれていたしな」
「そ、そうなんですね……知らなかった」
「……ヘルミネ、幸せそうね」
プレセアは、果実酒を飲みながら言う。
少し照れたようなヘルミネは、シグムントにそっと寄り添った。
「まあ、ね……プレセアちゃんにも、きっとわかる時がくるわ」
「……うん。おめでとう」
「ありがとう」
「はっはっは。いやあ、何だか照れるな」
シグムントも照れていた。
なんとなく、ヒジリは胸やけしそうな感じで言う。
「で、ガイストのおっさん。アタシに用事あるんでしょ」
「ああ。正確にはお前と、シグムントだ」
「え、オレ?」
シグムントも、寄り添っていたヘルミネにニコニコ顔を向けていた。どうも幸せの絶頂のようで、あまり邪魔をすべきではないような感じだった。
ガイストは軽く咳払いして言う。
「気付いているかもしれんが、ハイベルグ王国に七大冒険者が勢ぞろいしている。これを機に一度、七人の顔合わせをしようという話になってな……お前たちの了解を取りにきた」
「「顔合わせ?」」
声の揃うヒジリ、シグムント。
ヒジリは欠伸をして言う。
「あんま興味ないわね。アタシが序列三位ってのに未だに納得してないしー……エクリプスのヤツ、いつかブッ倒す」
「オレはいいけどな!! 今の冒険者たちを代表する七人、会ってみたい!! 特に、同じクランマスターであるサーシャ殿、エクリプス殿とは話をしてみたいな!!」
シグムントは参加を表明。ヒジリはいまいちだった。
ガイストは言う。
「ヒジリ。強者が一堂に集うことは、きっとお前にとっていい刺激になる。どうだ?」
「んー」
「はっはっは。ヒジリ、参加してくれるなら、オレが相手をしてもいいぞ?」
ヒジリがピクリと反応する。
シグムントは、ヒジリの席に果実水をドンと置く。
「武道団の指導前に、オレも気合を入れたくてな。ヒト型の、討伐レートの高い魔獣でも探そうかと思ったが……お前が相手をしてくれるならちょうどいい!!」
「……へえ」
「以前は『遊び』だったが、今度は本気でいこう。どうだ?」
「……面白いじゃん!!」
「叔父上。いいですか?」
「……やれやれ。いいだろう」
「じゃあ決まり!! おっさん、アタシも参加するわ」
ガイストはシグムントを見る。すると、ニコッと微笑んだ。
どうも、ヒジリを『その気』にさせるためにやってくれたようだ。
「ウル、ヒジリ、サーシャ、シグムントが参加か……あとはハイセ、エアリア、エクリプスの三人だな」
こうして、七大冒険者の会合にまた一歩近づくのだった。
話を聞いていたプレセアはガイストに聞く。
「その会合……ハイセはヒジリ以上に興味なさそうね」
「……それを言うな」
ガイストはそう呟き、ヘルミネの出したブランデーを一気に飲み干した。





