気持ち
「どういうつもりだレイノルド!! その……こ、恋人、とか」
「別にいいだろ。ハイセも気にしてなさそうだったし」
古商業区にある、小さな個室カフェの二階。
中央から少し外れた場所にあるここは、二人きりで話をするのに最適な場所。レイノルドと一緒に入ったサーシャは、注文したアイスティーが届くなりレイノルドに言う。
「っその、恋人……」
顔を赤くし、うつむき、唇をキュッと結び、右手の指で銀髪をくるくる巻きながらモジモジするサーシャ……はっきり言って、めちゃくちゃ可愛い。
レイノルドはそんなサーシャに見惚れつつ、聞いた。
「なぁサーシャ。お前、ハイセのことが好きなのか?」
「ッッッ!? ななな、なんでそうなる!! っ私は、ハイセをチームから追放したんだぞ!? それだけじゃない……結果的に、私がもたらした情報でハイセは死にかけた。私は、あいつを裏切ったんだぞ!? 好きとか嫌いとか」
「追放したのは、戦いに付いてこれないハイセを守るためだろ。ってかそうじゃねぇ。好きか嫌いか、だ。幼馴染で、ガキの頃から一緒だったんだろ?」
「……それは、まあ、嫌いではない。私は嫌われているだろうけど」
「…………はぁ」
どう見ても、好きだった。
恋……なのかは、わからない。
だが、友人、幼馴染以上の感情はありそうだった。
もちろん、レイノルドは諦めるつもりなどない。今、こうして目の前に、サーシャの隣に立っているのは、レイノルドなのだから。
「なぁ、サーシャ」
「な、なんだ……」
「お前はこれから、クラン創設関係で忙しくなる。当然、オレも支えるつもりだ」
「あ、ああ」
「最高のチームで、禁忌六迷宮に挑むんだろう? だったら……今は、ハイセに構ってる場合じゃない。それに、見たろ? ハイセにはもう、仲間がいる」
「…………」
エルフの少女。
ボネット宰相が言った「プレセア」という少女に違いない、とサーシャは確信していた。
華奢で、とてもきれいな少女だった。ハイセとも距離が近く、ハイセも拒絶していないような気もした。
ハイセの隣を歩くプレセアを思い出すと、胸が苦しくなるサーシャ。
「ハイセを忘れろとは言わん。でも、今だけはあいつのことを考えるな。あいつは相変わらず、一人でダンジョンに挑戦したりして遊んでるみたいだしな」
「……遊ぶ?」
「ああ、言い方が悪かった。あいつもダンジョンに挑むつもりのようだが……一人じゃ絶対に限界がくる。その時に、お前の『最高のチーム』に迎え入れるか、あいつの道が間違っていることをお前が教えてやれ」
「…………」
サーシャは答えず、アイスティーに口をつけた。
「わ、私……ちょっと外に出てくる」
そう言い、サーシャは個室を出た。
レイノルドはため息を吐き、椅子に深く腰掛けた。
◇◇◇◇◇
サーシャたちのいる個室から二つ右隣の個室に、ハイセとプレセアがいた。
ハイセはサーシャと同じアイスティーを飲みながら、買ったばかりの本を読む。プレセアも、買ったばかりの本を読んでいた。
すると、プレセアが言う。
「ねえ」
「…………」
「サーシャ、だったかしら。あなたの元チームメイト」
「…………」
「私とあなたが並んで歩くのを見て、どう思ったかしらね」
「…………」
ハイセは無視。
プレセアは、ハイセの事情を全て知っていた。
プレセアの能力は『精霊使役』で、同じ『精霊使役』の能力を持つ者にしか見えない『精霊』を使い、遠くの会話を聞いたり、精霊を身に纏い姿を消したりすることができる。その能力を使えば、今話題のS級冒険者ハイセのことを調べるのは簡単だった。
「あなた、あの子のこと好き?」
「…………」
ほんの少しだけ、ハイセの口が動いたのをプレセアは見逃さなかった。
「幼馴染、か……私にとってはアドラがそうだったわ。幼馴染で、婚約者……昔は、結婚することに意味なんて感じなかったし、アドラでも誰でもいいって思ってた」
「…………」
「でも、最近は……」
プレセアがハイセを見るが、ハイセは読書に夢中だった。
「ね、ハイセ」
「……ん」
「これだけ教えて。あの子のこと……好き? 嫌い?」
「さーな」
ハイセは本を閉じ、アイテムボックスにしまう。
「好きとか嫌いとか、もう忘れた。それに……俺のこと調べたなら知ってるだろ? 俺は、あいつに殺されかけたんだよ」
「……それ、事実と異なるわ」
「かもな。でも……もう、戻れないんだよ」
そう言い、ハイセは個室を出た。
プレセアも本を閉じ、呟く。
「もう、戻れない……か」
つまり、戻ろうとしたことは、あるのだろうか?
◇◇◇◇◇
「あ」
「……」
個室から出ると、ハイセがいた。
サーシャは思わず顔を反らしてしまう。
『ハイセのこと、好きなのか?』
レイノルドの言葉が思い出され、サーシャは首を振る。
「……」
ハイセは無視し、その場から立ち去ろうとした。
が……サーシャが言う。
「ハイセ」
「……ん」
「その、奇遇だな」
「ああ」
「その……最近、調子はどうだ?」
「別に」
「……えっと」
「……無理に話さなくていい。レイノルドと一緒なんだろ? 俺にかまうなよ」
「待て。訂正させてほしい……レイノルドは仲間だ。恋人ではない」
「あっそ」
「……お前は、あの、エルフの少女……プレセアと一緒じゃないのか?」
「誰から聞いたか知らんけど、あいつは勝手に付いてくるだけだ。仲間じゃない」
「そうか……」
「もういいか?」
「……ハイセ、少し……話をしないか?」
「……話すこと、あると思うか?」
「ないな。いや、聞いて欲しいことがある」
「…………」
ハイセとサーシャは店の外に出て、近くにあったベンチに座る。
二人、並んで座るのは数年ぶりだった。
「私は、クランを作った」
「知ってる」
「まだ、応募チームの選考段階だ。これからどんどん忙しくなる……恋愛など、かまけている暇がないほどにな」
「…………」
「ハイセ、いつまでもお前のことを引きずるのは、私のこれからにも、お前にもよくない。だから……もう一度、ここではっきり言っておく」
「ああ」
ハイセとサーシャは、互いの眼をしっかり見る。
「私は、お前のためを思いお前をチームから追放した。勝手な判断だとお前は思うだろうが、私はそれが最善だと思った。お前とはもう、最高のチームを目指す夢は見れない」
「…………」
「私は、私の力で最高のチームを作る。お前が一人で最強を目指すなら、応援しよう」
「俺を陥れたことは?」
「あれは結果的にそうなった。私たちの意図ではない。私たちは、お前を陥れるつもりはなかったと、断言する」
「…………」
「ハイセ。お前は私を許さないだろうし、私もそれでいいと思う。私はこれから最高を目指し、高みに上る……進むべき道は違えども、ゴールは同じだと私は思う」
「…………」
「私は行くぞ、ハイセ。お前も進め」
「…………」
サーシャは立ち上がり、凛々しい笑顔でハイセを見つめた。
そして、その場を後にした。
「…………まいったなぁ」
眩しかった。
ハイセの憧れたサーシャは、強くなった。
ハイセに対する罪悪感が消え、ハイセを同格と認め、競争相手として先に進んだ。
「上等」
ハイセも立ち上がる。
陥れたことは許さないし、ハイセは忘れない。
だが、先に行かれたままでは面白くない。
「せいぜい、最高のチームで頑張るんだな。俺は、俺の力で最強になってやるからよ」
ハイセはニヤリと笑い、歩きだした。