久しぶりのアイビス
クラン『神聖大樹』。
五大クランの一つであり、亜人種、獣人種などの人種が多く在籍するクラン。
森国ユグドラの冒険者七割が所属する大クランで、このクランだけで森国ユグドラに持ち込まれる九割の依頼を処理できるとの話もある。
クランマスターはS級冒険者『無限老樹』アイビス。外見年齢は十四歳程度の少女だが、実年齢は森国ユグドラよりも古い。
エルフではあるが、その正体は始祖のエルフであるエルダーエルフ。森国ユグドラを作った張本人でもあり、ユグドラ王族よりも上の立場なのだが……本人は王政に関わらず、気ままなクランマスター生活を送っている。
「……そんなクランマスターとアンタたち、接点あるの?」
「まあな」
「師匠、入口どこですか? でっかい根っこにしか見えないんですが……」
と、ヒジリが言い、クレアが周囲をキョロキョロ見る。
現在ハイセたちは、アクパーラの背から降りてクラン『神聖大樹』の象徴でありクランホームでもある『大樹ユーグドラシル』の正面にいた。
ハイセは一度来たことがある。なので、入口もどこだがわかる。
ハイセは迷わず、根の傍にある大きな受付用の建物へ。すると、入口に近づいただけで。
「ハイセ様。お久しぶりです」
「……あんたは確か」
「ダグラスと申します」
受付の入口に近づいただけで、サブマスターであるエルフのダグラスが現れた。
以前、ハイセはダグラスに案内され、アイビスと会ったことがある。
「森に出現した謎の『森』についてですね?」
「お見通しか」
「はい。『あれ』が出現した瞬間、アイビス様は察知し、調査隊を結成……これから調査隊を向かわせる予定でした」
「予定だった?」
「はい。『あれ』が出現したタイミングで、ハイセ様たちを感知したそうです。なので、ハイセ様たちをお連れし、状況を説明してもらってからの調査ということに」
「……どういう『能力』で察知したんだが」
ハイセが苦笑すると、ダグラスが言う。
「アイビス様は『プラントマスター』……この森国ユグドラに生える全ての木は、アイビス様が長き年月をかけて植えた物であります。なので、文字通りここはアイビス様の庭のような場所です」
「なんと……」
サーシャが驚いていた。
マスター系能力ならと、ハイセも納得。
ダグラスは一礼し、手を差し伸べる。
「それでは、アイビス様の元へご案内いたします」
◇◇◇◇◇◇
「「「おお~!!」」」
ヒジリ、エアリア、クレアの三人は、大樹ユグドラシル内にある『昇降機』に驚き、枝の上に立つ『社』に驚き、そしてそこから見える絶景に驚いていた。
サーシャはクスっと笑い、ハイセは呆れる。
そして、ダグラスの案内で一番大きな社に到着。中の『謁見の間』でアイビスに出迎えられた。
「久しぶりじゃの、ハイセにサーシャ」
アイビス。
外見年齢は十四歳ほど。長くサラサラの白い髪に、エメラルドグリーンの瞳。
装飾品は全て蔦や石で作られた物だが、どんな宝石よりもアイビスには似合っている。手には煙管を持ち、どこか甘い香りがした。
アイビスは「ほう」と頷き、ヒジリ、エアリア、クレアの順に見る。
「うむうむ。順調にハーレムを形成しているようじゃの。ふふふ……おぬしを見ていると、若いころの自分とノブナガを見ているようじゃ」
「あの、意味不明なんですけど……」
「はっはっは。年寄りの戯言じゃ。さて……本題に入ろうかの。『あれ』は何じゃ?」
アイビスは煙管を咥えて吸い、煙を吐く。
ハイセ、サーシャは顔を見合わせ、ハイセが言う。
「あれは『玄武王アクパーラ』……最古の魔獣の一体です」
「ほう」
ハイセは、ガオケレナの『核』となった人間が残したノートを取り出し説明。
アイビスは目をキラキラさせ、子供のようにウンウン頷きながら聞いた。
「ほほう!! わしが知らんことがまだあったとは驚きじゃ。わしの森にいきなり『森』が現れた時は驚いたが、まさか究極の擬態能力を持つ魔獣とはの」
「恐らく、もう消えることはないと思います。意思を取り戻した今、自分の背中や周囲に魔獣がいるってだけで恐怖し、首と頭を引っ込めてますから」
「面白い……ふふふ、久しぶりに興味が沸いた。よし、まずはお前たちが『禁忌六迷宮』を踏破したとわしからギルドに伝えておこう。ダグラス、頼むぞ」
「はっ」
「それと、調査隊のあいつを呼べ」
ダグラスが退室、数分して戻って来た。
そして、一緒にいたのはなんと。
「───え」
「ん? お前」
プレセアだった。
ハイセを見て、サーシャ、ヒジリ、クレア、そしてエアリアを順に見る。
「は、ハイセたちが、どうして」
「こっちのセリフだ。お前、なんでここに」
「それはワシから説明しよう。プレセアはエルフ族では数少ない『精霊使役』の能力を持つ。ちょうど里帰りしていたこやつに依頼し、アクパーラの森の調査をお願いしたんじゃよ」
「なるほど……」
「というわけでプレセア。森についてわかったことがある」
アイビスはプレセアに『玄武王アクパーラ』の背中にある森について説明。
「……なるほど。どうやら、私の知らないところでいろいろあったようね」
しかも、新しい女の子まで連れて。
ぽそっとそう呟いたプレセアだったが、ハイセには聞こえなかった。
アイビスはニヤニヤしているが、ハイセは無視。
「とりあえず、報告は終わりました。それと……この本はアイビスさんに」
「む、いいのか? ギルドの規定では、ダンジョン内で見つけた物の所有権はお前たちにあるぞ」
「いえ、もうだいたい読んだので。森の調査をするなら必要になると思います。俺がまとめたレポートもあるんで、役立ててください」
「……うむ。では、ありがたくもらっておこう」
アイビスに本を渡し、ハイセたちの用事は済んだ。
「今日は泊まっていくといい。ふふふ、久しぶりに宴でも開こうかの」
「やった!! 肉食べたい!!」
「あたいも!!」
「私もです!!」
「はっはっは、任せておけ。プレセア、積もる話もあるじゃろ、こやつらと一緒に行くといい」
「アイビス様……ありがとうございます」
こうして、ハイセたちは一泊することになった。
◇◇◇◇◇◇
楽しい宴会だった。
ユグドラの虫料理、そして肉や魚と果物が多く並び、踊り子たちが踊り、楽器を奏で、怪力自慢たちがヒジリと腕相撲したり、クレアが踊りに混ざってサーシャと剣舞を疲労したり、エアリアが飛んでにぎわせたりと、とにかく盛り上がった。
ハイセは喧噪から離れ、ジョッキを片手に景色を眺める。
ユーグドラシルは地上からかなり離れている。枝の上にいるが寒さはあまりなく、夜なのに森からはキラキラした光が瞬いていた。
「月光蛍。ユグドラの固有昆虫よ」
「月光、ホタル?」
「ええ」
すると、プレセアがハイセの隣に来た。
「月の出ている夜だけに現れるホタルなの。霊光っていう光で、魔力の光なのよ」
「へえ」
「……ね、ハイセ。楽しかった?」
「……何が」
「禁忌六迷宮……私がいれば、役に立てたかも」
「……あれは事故みたいなもんだ。クレアと一緒に雪山で遭難しかけて、脱出しようと足掻いていたら、いきなり意味不明な『森』に放り込まれたんだぞ」
「ふふ、確かにね」
「エアリアも巻き添え、サーシャは休暇中でヒジリと巻き込まれて……もう、わけのわからない偶然が重なりあった出来事だ。いずれは行く方法を考えて実行したかもしれないが、まさか偶然入ることになるとは思いもしなかった」
「……それでも、羨ましいわ。サーシャとヒジリ、それにクレア……あなたと冒険した」
「…………」
「ね、ハイセ。禁忌六迷宮はこれで五つ目の踏破。次が最後よね」
「ああ」
「ネクロファンタジア・マウンテン……魔界にある山。次は、私も一緒に行っていい?」
「…………」
ハイセはジョッキを飲み干し、もう一度森を見た。
月光蛍が瞬き、神秘的な光を放っている。
「……魔界にも精霊っているのか?」
「いるわ。闇の精霊が多くいるはずだけど」
「……薬草の知識も必要になるし、協力者として誰か連れて行くかもな」
「───っ!!」
きっと、以前のハイセからは出ない言葉だろう。
プレセアは驚きつつも、嬉しそうにほほ笑み……ハイセの傍に寄る。
そして、ハイセの肩にそっと頭を寄せた。
「任せて」
「……あんまくっつくな。鬱陶しい」
「ふふ、照れてる」
「うっせ。離れろ」
プレセアは、初めてハイセと二人で森を歩いたことを思い出し、改めてハイセの傍にいたいと思うのだった。





