狂乱磁空大森林、その正体
ガオケレナを倒して二時間が経過。
ハイセたちは、ガオケレナのいた場所から少し離れたところで野営をしていた。
ハイセは野営の支度を任せ、ひたすら拾った本を読んではメモを取っている。
話しかけても返答がないので、サーシャたちは勝手に食事を取っていた。
「熱中してるわねー」
ヒジリが骨付き肉をかじりながら言う。
サーシャも紅茶を飲みつつハイセをチラッと見る。
「……しばらくかかりそうだ。お前たち、今日は私が見張りをするから、先に寝ていいぞ」
「いいの? じゃ、お言葉に甘えちゃお」
「あたいも眠い……」
ヒジリ、エアリアはテントに入る。
クレアは眠そうにしていたが、紅茶をガブガブ飲んでいた。
「クレア、お前も」
「いえ、私は起きてます!!」
「無理をするな。今日はかなり闘気を絞り出しただろう? 『ソードマスター』の闘気には総量がある。今のお前は限界まで酷使し、疲労がたまっているはずだ」
「うう……それを言うなら、サーシャさんだって」
「私は全力を出したが、総量の半分ほどしか消費していない」
「うっ……すごい」
「使えば使うほど闘気の総量は増える。無理をせずに休め。七大災厄を倒したからといって、踏破したというわけじゃないぞ」
「……わかりました」
クレアは立ち上がり、自分のテントに入ろうとして、サーシャに言う。
「四時間後に交代ですから!!」
「わかったわかった。ゆっくり休め」
「はい。おやすみなさい」
クレアはテントに入る。すると、すぐに小さな寝息が聞こえてきた。
サーシャはクスっと笑い、ハイセを見る。
まだ解読、分析は続いており、サーシャはしばらくハイセを眺めていた。
◇◇◇◇◇◇
それから一時間ほどハイセは無言で作業を続け……本を閉じた。
そして、椅子に寄りかかって背伸びをし、ようやくサーシャの視線に気づく。
「……お前だけか?」
「ああ。というか、何時間経過したと思っている」
「ああー……悪い悪い」
ハイセはサーシャのいる焚火傍に移動する。
すると、サーシャが紅茶を淹れ、ハイセにカップを手渡した。
「ほら、温まる。食事はどうする?」
「ああ、腹減ったな……」
「サンドイッチならあるぞ。その……私が作ったジャムを挟んだ、ジャムサンドだが」
「……食う」
サーシャはパアッと明るい表情になり、アイテムボックスからサンドイッチを出した。
どうやら今回は事前に作り、アイテムボックスに入れておいたらしい。
食事など、言われずともハイセが出していたので、出す機会がなかったようだ。
ハイセはさっそくジャムサンドを食べる。
「……うまい。これ、ナッツか?」
「ああ。ジャムに混ぜたんだ」
「へえ、初めての味だ」
ハイセはサンドイッチを完食、ペロッと指を舐め、サーシャに言う。
「ごちそうさん……うまかった」
「そ、そうか。えへへ……よかった」
サーシャは嬉しそうにほほ笑み、ハイセは苦笑した。
恥ずかしかったのか、サーシャはすぐに咳ばらいをして言う。
「こほん。ところで……何かわかったのか?」
ハイセは、解読した『本』を出してサーシャに見せる。
「ああ。断片的だがな。ただでさえ読みにくい文字で、しかも本が傷んでるから解読できない部分も多い。それでも、わかったことはある」
「……聞いてもいいか?」
「ああ。あいつらは……まあ、いいか」
ヒジリ、エアリア、クレア。この三人は興味を持たないだろうと判断し、ハイセはサーシャにだけわかったことを話しだした。
◇◇◇◇◇◇
「俺の想像通り、ここは魔獣……討伐レート測定不能、『玄武王アクパーラ』っていう亀の魔獣の背中らしい」
「か、亀?」
「ああ。しかもこの亀、この世界最大級の大きさにして、最高レベルの『擬態』能力を持っている。姿を完全に消すように周囲に溶け込み、一度姿を消すと数千年はそのままらしい。その擬態は触れても『触れた』ってことを理解できないくらい完全に消えるそうだ」
「そ、そんなことあり得るのか?」
「わからん。だが……今はそいつの背中にいるからな。最大の大きさ、最高の隠密、そしてこの世で最も臆病な魔獣なんだとさ」
「ふむ……不思議な魔獣だ」
「で、その亀の背中に、七大災厄の一体である『白帝樹ガオケレナ』が寄生し、意のままに操っていたそうだ。この本を書いた奴は、恐らく数百年以上前の冒険者か……ガオケレナの『核』として樹に取り込まれ、そいつの『脳』として生かされてたようだ」
「ど、どういう……」
「この本、日記だ。ガオケレナに取り込まれ、全身に触手が張り付いて、毎日栄養を送り込まれ、触手を通じてガオケレナの頭脳としてなのか、補助なのか活動させられる感覚を味わっていたらしい。だから知り得たこともあったんだろうな...手が動く間に、自分の状況を細かく書いたそうだ……そこには『魔族』のことも書いてあった」
「魔族……!!」
「ああ。ガオケレナの種子は、魔族が人間界に持ち込んで成長させたとか。で、その魔族も取り込まれて殺されたそうだ」
「…………」
「あとはよくわからん。でも……ようやく、解放されたってところだろう」
サーシャは、骸骨を埋葬した場所を見る。
そこには花と酒が添えられていた。
「待て。ガオケレナを倒したということは、アクパーラの意識は戻ったのか?」
「ああ。でも、背中に俺たちがいるから、擬態しようにもできないんだ。言ったろ? こいつはこの世で最も臆病な魔獣だ。実体を見せている間に背中に何かいれば、怯えて動けなくなるんだ。俺たちが背中から降りてようやく、姿を消せる」
「魔獣とかもいると思うが……」
「まあ、とりあえずほっといていいだろ。今は手足と頭を甲羅の中に引っ込めている状態だ。明日にでも降りよう」
「ああ……っと、そうだ。ガオケレナの残骸から見つけた物がある」
サーシャは、アイテムボックスから金銀に輝く『種』を取り出した。
「恐らく、さっき話したガオケレナの『種』だろう。植えれば再び、ガオケレナに成長するかもしれん」
「へえ、飛ばしてきたのと随分違うな……まあ、それは踏破の証として取っておくか」
「ああ。一応言っておくが、植えるつもりはないぞ」
サーシャは種をしまう。
ハイセも、ボロボロの本をアイテムボックスに収納した。
「とりあえず、魔獣が背中にいる限りアクパーラは手足や頭を甲羅にひっこめたままだろう。ここがどこかわからんが、そのまま新しい『大地』として根付くかもな」
「狂乱磁空大森林……踏破、でいいのか?」
「七大災厄は倒したし、踏破の証もある。それに、S級冒険者であり七大冒険者が四人もいるんだ。まず疑う奴はいないだろ」
「……これで、あと一つか」
「ああ。ネクロファンタジア・マウンテン……魔族の住む、魔界へ行く時が来た」
「…………」
「どうした?」
「いや……また私は『セイクリッド』ではなく、お前と禁忌六迷宮に挑んでクリアしたな」
「今回は事故だ。まさか、狂乱磁空大森林に踏み込むなんてお前も想定外だったろ。しかも休暇中で、ヒジリと一緒にいる時になんてな」
「そうだが……」
「レイノルドたちに何か言われても今回は仕方ない。事情の説明がいるなら、俺がしてもいい」
「……いいのか?」
「…………」
ふと、ハイセは思った。
なぜそんな面倒くさいことを、自分から「してもいい」なんて言い出したのか。
すると、サーシャは微笑んだ。
「ありがとう、ハイセ」
「…………」
やはり、冒険は『絆』を強くするのか。
度重なる共闘で、ハイセとサーシャの距離は確実に近づいていた。
◇◇◇◇◇◇
翌日。
ハイセたちは手早く片付けをして、アクパーラの外へ出るために進む。
ガオケレナが死んだので、もう森の中で彷徨うこともない。
エアリアは上空を思い切り飛び、森の『切れ目』を見つけてハイセたちを誘導した。
切り立った崖のような場所から周囲を眺めると、周りは森に包まれていることがわかる。
上空にいたエアリアが戻ると言う。
「森!! とにかく森しかないぞ!! ぜんぜん寒くないし、あったかいぞ!!」
「……何か変わったモンないか?」
「でっかい『樹』ならあった。あんなでっかい木、生まれてから一度も見たことないぞ!!」
「でっかい、樹? ……まさか」
ハイセは、エアリアに抱えてもらい上空へ。
そして、エアリアが見た『樹』を見て、どこにいるのか理解した。
地上に降り、全員に言う。
「わかった。ここは森国ユグドラにあるラドルの森だ。フリズド王国からかなり離れたな……」
「でっかい木ってのは?」
「確認した。確かにデカい木があった。あれは間違いなく『大樹ユグドラシル』……五大クランの一つ『神聖大樹』のクランホームだ」
五大クラン『神聖大樹』の本拠地であり、この世界で最も巨大な木、ユグドラシルだった。
「……ハイベルグ王国までは少し遠い。せっかくだ。アイビスさんに『玄武王アクパーラ』が手足引っ込めてここにいること、教えておくか」
こうしてハイセたちは禁忌六迷宮『狂乱磁空大森林』を踏破。
七大災厄の一体『白帝樹ガオケレナ』を討伐し、無事に脱出することに成功するのだった。