七大災厄『白帝樹ガオケレナ』①/エアリア
森は移動している。
巨大魔獣の背中。
ハイセがサーシャたちに説明すると、ヒジリが近くの木を蹴った。
「それマジ? この木が生物の一部で、この大地が魔獣の背中?」
「ああ。恐らくな……」
「んー……アンタのこと疑うわけじゃないけど、なんか無理あるわね」
「確かに、突拍子もない話だ。だが、可能性としては一番高い……ここに偶然入り込んだ連中はどれだけこのことに気付いたのか。恐らく、何の準備もなく迷い込んだら終わってるな」
すると、ヒジリが勢いをつけ、回し蹴りで近くの大木をへし折った。
ズズズンと倒れる大木。ヒジリは木の断面を見る。
「どー見ても普通の木よね。生物の一部なら血でも噴き出すかと思ったけど…」
「お前な……とにかく、遠くに見える『巨大な何か』がその魔獣の本体かもしれない。移動しても到着しないのは、森がその魔獣によって変化させられているせい……かもしれん」
「確定じゃないのねー」
「うるせ。今の状況から考えられる可能性だ。とにかく……闇雲に進むんじゃなく、もっと方法を考えて進む。今日はこの辺りで野営するぞ」
ハイセは野営の支度を始めた。
他の四人も、手慣れた様子で手伝いをする。
夕食を素早く終え、四人は焚火を囲みながら対策を練った。
「森を焼くのはどう?」
ヒジリが言うが、サーシャは難色を示す。
「魔獣というのも可能性だろう。ただ焼くのは抵抗があるな……」
「俺も反対だ。というか、たぶん無理だ」
ハイセは火のついた薪を手に取り近くの藪に投げる……薪は燃えているが、藪は一向に燃えない。
「今使ってる薪は俺がアイテムボックスから出した物だ。この森の木は燃えないんだよ」
「えー? 木が燃えないってマジ?」
「ああ。魔獣の一部で、火に強くなるための進化をしたのかもしれない」
「ふむ……ではハイセ、斬るのはどうだ?」
サーシャは立ち上がり抜刀、一瞬で納刀する。
すると、近くの木が斬られ横倒しになった。
「燃やすのは無理だが斬れる。森を斬り続けていけば、本体である魔獣も焦るのでは?」
「その可能性はある。でも……この森は一晩で銃弾の貫通した穴を塞ぐほどの再生力がある。俺たちが束になって森を破壊しても、翌日には修復されているかもな」
「む……」
「うう、私もサーシャさんと同じこと考えていました」
クレアもしょぼんと落ち込んでしまう。
ハイセは考え込む。いい案が浮かばないのか、ため息を吐いた時だった。
「ふっふっふ……ついに、ついに!! あたいの出番だな!!」
と、エアリアが立ち上がりビシッと右手を突き上げた。
ぽかんとするサーシャたち……だが、ハイセはハッとなり気付いた。
「そうか……!! お前なら、森が形状変化する前に一気に接近できる」
「うむ!! よくわからんかったが、中心に向かえばいいんだろう? だったら、あたいの全速力で一気に向かえばいい!! どうだどうだ? あたい、頼りになるか?」
「ああ。だが問題が一つ……その全速力、お前だけしか行けないよな?」
「むぐ。まあ、荷物運ぶこともあるし……一人くらいなら」
一人。
ハイセか、サーシャか、ヒジリか、クレア。
四人のうち誰かがエアリアと一緒に中心まで進むことになる。
「俺しかいないな」
「はあ!? ちょっとハイセ、ずるい!! 七大厄災とかいう魔獣がいるかもしれないじゃん!!」
「可能性は低くない。だが、そうじゃない場合は脱出と踏破の調査が必要だろ。エアリア、お前は俺を中心まで運んだあと、すぐに引き換えしてサーシャたちを運べるか?」
「うーむ……最高速度使うとかなり疲れる。休みたいぞ」
「状況次第だな。じゃあヒジリ、まずは俺とエアリアで先行する。その後にエアリアには引き返してもらって、お前とサーシャとクレアを運んでもらう。それでいいか?」
「むぐぅ……まあいいわ」
こうして作戦が決まった。
エアリアに抱えてもらい、最高速度で一気に接近する作戦だ。
これまで、この森に挑むことになった者もいるはずだが、エアリアのような飛行能力や、ハイセのように分析ができる者がいなかったゆえに攻略できない現実があったのだろう。
この日はいつも通り、ハイセが深夜の見張りをし、女性たちはスヤスヤ眠るのだった。
◇◇◇◇◇◇
翌日、戻りの目印となる焚き火を準備。
全ての支度を整え、エアリアは背中に『光翼』を生やす。
ヒジリは間近で見ながら言う。
「すごいわね……これ、どうなってんの?」
「あたいの『スカイマスター』は、どんな物でも翼を生やして飛ばせるんだ。まあ、操作難しいから今は自分だけしか飛ばせないけど」
「へ~……ね、空って気持ちいい?」
「最高だぞ!! むふふん、今のところ、『スカイマスター』を持つ能力者はあたいだけなのだ。だからあたいは『空の支配者』なのだ!!」
胸を張るエアリアに、サーシャは言う。
「それはわかったが……大丈夫なのか?」
「む、何がだ」
「これから向かうのは敵の中心ともいえる場所だ。恐らくだが、何らかの妨害があるかもしれない。エアリア……気を付けるんだぞ」
「うむ。ふふん、任せておけサーシャ」
いつの間にか、エアリアはサーシャに懐いていた。
歳はほんの少しだけエアリアが上のはずなのだが、エアリアは幼く十四歳くらいにしか見えない。サーシャもエアリアを気に入ってるのか、妹のように接していた。
クレアはハイセに言う。
「師匠、師匠も気をつけてくださいね」
「ああ。ここをさっさと踏破して帰るぞ……それに俺もお前も、早くフリズド王国に報告に行かないと、もう死んだことにされてるかもしれない」
「う……確かにです」
「よし。じゃあエアリア、頼むぞ」
「うむ!!」
エアリアは腰にチェーンを巻き、ハイセはそれに掴まる。
そして、上空まで一気に上昇……七十メートルほど上昇すると、奥に霧が掛かった光景が広がった。
「あそこだ!! 一気に行け!!」
「まかせろ!! ふふんハイセ……落ちるなよ!!」
「……───!!」
想定外の速度に、ハイセは全力で鎖にしがみついた。
空の支配者。その名は伊達ではない。霧に包まれた場所に向かって一気に飛ぶと───……やはり、妨害があった。
「む!!」
「───っ!!」
「ハイセ、何か飛んできた!!」
「───っ!!」
ハイセは風圧のせいで声が出せない。
だが、霧の中から巨大な何かが飛んで来るのだけは見えた。
銃を抜きたいが、鎖に掴まらないと落ちる。舌打ちをしたかった。
「ふふん、あの程度あたいなら問題ないぞ!!」
すると、エアリアは空中できりもみ回転。ハイセも空中でグルグル回る。
そして、飛んできた物体が《種》だとわかった。岩石のように巨大で、当たれば即死は免れない。
「突っ込むぞ!!」
そう叫び、エアリアは霧の中に突っ込んだ。
だが、霧は一瞬で消える……本当に姿を隠すためだけの霧で、深くはない。
そして、眼前に広がった光景に、ハイセもエアリアも息を飲む。
エアリアの速度が落ち、ハイセはようやく声を出した。
「想像以上のバケモノだな……」
それは、あまりにも巨大な『純白の木』だった。
白い幹はとにかく太い。百メートル以上のロープがあっても一周巻けないほどの太さで、枝は無数に生えているが葉は一枚もない。
そして地面にはおびただしい数の根っこ。木であるはずなのに、地面に伸びた根は生きているようにグネグネと動いていた。
幹も細かく動いており、幹から枝がスクスク成長すると、蔦のようにしなり鞭となる。
枝の鞭は、ヒュンヒュンと高速で振り回され、射程に入ればあっさり叩き落とされるだろう。
「間違いない!こいつが森の主、そして禁忌六迷宮が封じている『七大災厄』の一体だ!!」
「───くる!! ハイセ、掴まってろ!!」
ハイセは鎖にしがみ付くと、エアリアが飛んできた『種』を躱す。
枝から種を生成し、しなりを加えて飛ばしてきたのだ。もう樹木の域を超えていた。
ハイセは自動拳銃を抜き、エアリアに向かって叫ぶ。
「おい!! サーシャたちを呼んでる暇は今のところない!! 俺とお前でこいつを押さえるぞ!!」
「ふ、二人でか!?」
「地上にいたらすぐに捕まる!! ははっ、空中戦か……ヘリに乗りたいが、小回りの利くお前のがいい!! いくぞエアリア!!」
「お、おう!! くくくっ、あいつらにいい土産話ができそうだぞ!!」
七大災厄の一体である『白帝樹ガオケレナ』。
そして、S級冒険者序列一位『闇の化身』ハイセ、序列七位『空の支配者』エアロ・スミスことエアリアの協力戦が始まった。
 





