迷いの森・狂乱磁空大森林④/真の攻略
ハイセは手にバインダーを持ち、さらに上空から垂らされる鎖を掴み歩いていた。
上空にはエアリア。頭痛がしない程度の高さで飛行し、遠くに見える『巨大な何か』を目指し飛んでいる。
エアリアは、やや顔色が悪い。
「うー、頭痛はしないけど、なんか気分あんまりよくないぞ」
「耐えろ。お前だって早く仲間と合流したいだろ」
「そうだけどー」
と、その時だった。
エアリアを襲おうと飛んできた怪鳥が、地上から放たれた『闘気の刃』で両断された。
「おおー、すごいですサーシャさん。私も闘気を飛ばすの得意ですけど、サーシャさんほど鋭い感じではないです」
「お前は闘気を飛ばすのが得意だったな。私は身体強化が得意だが……苦手だからこそ訓練を厳しくしている」
「ふむ……私もさらに師匠と鍛えないと!!」
「ちょっとそこ、楽しそうにしてないで手伝いなさいよ」
サーシャとクレアの談笑している場所から近いところでは、ヒジリが猿の群れと戦っていた。討伐レートこそ高くないが、なかなかすばしっこく面倒な猿である。
「このエロ猿、アタシの胸触ったり押し倒そうとしてくるのよ。攻撃性高くないかなーって思ったら、急所を突いた攻撃たまにしてくるし。まあ、そういうつもりなら殺せるけど」
ズドン!! と、ヒジリが猿の腹を殴る。
猿は悶絶し、ヒジリはそのまま蹴り飛ばした。
指をコキコキ鳴らし、不敵な笑みを浮かべるヒジリに、猿は恐怖。
サーシャとクレアを見るが、二人も闘気を発し戦意充分。
不利とわかるなり、猿は逃げ出した。
その様子をチラ見しながらハイセは言う。
「……どの魔獣も新種だな。『狂乱磁空大森林』の固有種か。はあ……地図に魔獣の記録に進路確認と忙しい。こういう時にレイノルドやタイクーン、ロビンがいれば助かるんだが」
少しぼやくハイセ。
レイノルドはマッパーの基礎知識を備えているし、タイクーンは魔獣の記録が得意。ロビンは斥候として優秀なので進路確認はお手の物だ。
すると、クレアがひょこっとハイセの隣へ。
「わー、師匠の字ってすごく綺麗ですね。それに、地図作成とか……あの~、これ私もできますか?」
「マッパーの基礎知識がないと無理だ。勉強するなら参考書くらい貸してやる」
「じゃあお願いします!! 野営の時に読んでみたいです」
「わかった。何だお前、やる気あるな」
「えへへ、師匠の役に立ちたいので」
「……そうか」
ハイセは少しだけ嬉しかったのか微笑んだ。それを見たクレアはドキッとして胸を押さえる。
「え、えっと……じゃあ、サーシャさんと周囲の護衛しますんで!!」
「ああ。サーシャに『できるだけ魔獣を寄せ付けるな』って言っておいてくれ」
「はい!!」
それから数時間、ハイセたちは森の奥にある『巨大な何か』を目指して進んだ。
現れる新種の魔獣を倒し、記録。
戦うサーシャたちもだが、記録するハイセも疲労してくる。
そして、半日ほど進み上空のエアリアが。
「ううー……ハイセー、そろそろ休みたいぞー」
「ん、そうか。ふう……確かに疲れたな」
首をコキコキ鳴らすハイセ。みんなに集合を呼びかけた。
エアリアが地上に降り、ぐでっとしながらハイセに抱きついた。
「喉かわいたー……今日はもう飛びたくないー」
「わかったわかった。今日はもう野営しよう。サーシャ、どこかいい場所ないか?」
「そうだな……水音がする方向に向かおう。川や泉があるかもしれん」
サーシャが耳を澄ませながら歩くと、近くで水音がした。
そこに向かうと、ちょうどいい感じに岩の隙間から水が流れており、その水が溜まって小さな泉となっている場所があった。
サーシャが水を手で掬って舐める。
「……毒はないな」
「さ、サーシャさん。いきなり舐めるのは危険じゃ……」
「安心しろ。私もよくわからないが、毒が効かない体質なんだ」
「ど、毒が効かない?」
「ああ。妙なことに、傷薬や治療薬は効くが、毒は効かないんだ。ははは、ありがたい体質だよ」
「…………」
ハイセは少しだけ昔を思い出す。
ピアソラ……サーシャが寝ている時、こっそり治療魔法を何度もかけたり、怪我をしていないのに回復魔法を何度もかけていた。
そういうのが蓄積され、サーシャの体質が変わったのでは……と、ハイセは思った。推測に過ぎないし、言ったところで意味がないので何も言わないが。
そのまま野営の支度をして、食事となる。
今日は、ヒジリが狩った牛の魔獣肉。ヒジリは器用に首を手刀で斬り落とし、心臓を殴って一時的に収縮力を増加させ、豪快に血抜きをした。
後は、サーシャがその場で、一瞬で斬り刻み解体……その手際にクレアが感動していた。
肉を焼き、シンプルに塩コショウで味付け。ヒジリは美味しそうに肉を齧る。
「で、アンタの方はどう? 目標までどんくらい?」
「…………」
ハイセは考え込む。
羊皮紙に何度も計算式を書き込んで結論を出した。
「最初に上空に上がって目算した時と、今日歩いた距離を計算すれば、あと数日で到着する予定だが……簡単すぎる。新種の魔獣も脅威だが、本当にそれだけで『禁忌六迷宮』といえるのか……」
「難しいのはわかんないわ。で、どうなのよ」
「……わからん。とにかく、気を引き締めよう」
「えー? なによそれ」
「……とにかく、メシ食ったら寝ろ」
そう言い、すでに寝ているエアリアをチラッと見て、ハイセはテントへ入った。
「……もう一度だけ、無理してもらうしかないか」
◇◇◇◇◇◇
夜。
見張りの交代となり、ハイセはテントから出た。
近くのテントではすでに、ヒジリやクレアの寝息が聞こえる。
サーシャが見張りをしているはずだが、誰もいない。
「……まさか」
何かあったのか。
ハイセは警戒していると、近くの泉で水音がした。
何かがいる。そう思い近づくとそこにいたのは。
「えっ……ハイセ?」
「サーシャ……」
サーシャが水浴びをしていた。
裸身を晒し、水が身体を流れていく姿をハイセは見た。
美しいという表現はこの身体のためにある。
柔らかそうな胸、引き締まった身体付き、白く滑らかな肌。そして月光に輝く銀色の髪。
思わず凝視していると、サーシャが恥ずかしそうに身を隠す。だが、大きな胸は隠しきれず、腕からこぼれていた。
「あ、あの……」
「───……っ、す、すまん」
我に返り、ハイセは後ろを向く。そして、呼吸を整えつつ聞いた。
「み、見張り中に何をやってんだよ……水浴びとか、交代後でもいいだろ」
「す、すまない。お茶をこぼしてしまって、少し汚れてしまってな……魔獣の気配もないし、そのまま水浴びしていた」
「そ、そうか……その、悪かった」
「い、いや。私も軽率だった……」
会話が途切れる。
ハイセはその場を去ろうとしたが、サーシャが言った。
「ま、待てハイセ。その……聞きたいことがある」
「……今じゃなきゃダメか?」
「うぐ。その、別にいい。こっちを見なければ」
「……何だよ」
「その、先程お前は何か言い淀んだな? ここをいつ出られるのかとヒジリが聞いた時だ。ハイセ……お前、何かを隠しているんじゃないか?」
「…………」
少し黙り、ハイセは言う。
「お前は誤魔化せないな。ああ……俺は懸念している。もしかしたら、この森から出れないかもしれないってな」
「……何?」
「本来なら、もう到着しているはずなんだ。でも、到着どころか『巨大な何か』に全く近づいている感じがしない。まるで、俺たちから逃げているみたいにな」
「……どういうことだ?」
「ここは、普通の森じゃない。禁忌六迷宮の名にふさわしい森ってことだ。ふ……面白くなってきた。サーシャ、ここを踏破するぞ。そうすれば、残りの禁忌六迷宮はひとつ……」
「なるほどな。困難な道ほど挑み甲斐がある、ということか」
サーシャが泉から上がり、布で髪を拭き始める。
そして、クスっと微笑んだ。
「面白い……ハイセ、私にできることなら何でも言ってくれ。この剣、攻略のために全力で振るうぞ。」
「ああ、頼むぞ」
ハイセが思わず振り返ると、そこには裸で剣を掲げるサーシャがいた。
「って、こ、こっちを向くな!!」
「す、すまん!! ってか服着ろ!!」
禁忌六迷宮『狂乱磁空大森林』の、真の攻略が始まった。





