迷いの森・狂乱磁空大森林③/遠くにある何か
「ど、どうだ……うっぶ」
「う……確かに、気持ち悪いな」
現在、ハイセはエアリアに抱えられ上空にいた。
上空百メートルほどに上昇し、そのまま周囲を観察する。
ハイセは吐き気を堪え、周りを見て言う。
「一面が森、で……奥の方は霧に包まれている。川も流れているし、湖みたいなのもある……この森が『移動』する仕組みがわかるかと思ったが……ん?」
ふと、ハイセは気付いた。
森の奥が霧に包まれ見えにくいが……霧に隠れ、妙な『何か』が見えたような気がした。
すると、ゆっくりと下降が始まる。エアリアが限界のようで、真っ青だった。
そして、地上に降りるなり、エアリアは森の奥へ……どうやら嘔吐しているようだ。
ハイセも顔色は悪いが、エアリアほどではない。地上ではサーシャが待っていた。
「とりあえず、西の方向だな」
「西? 何か見えたのか?」
「霧で見えにくかったが、巨大な何か……塔みたいのが見えた」
「なるほど……ところでハイセ、気分はどうだ?」
サーシャに言われ、ハイセは軽く肩を動かす。
「ガイストさんとの組手に比べたら大したことがない」
「あの組手か……内臓がグルングルン揺れるような」
「俺もお前も何度も吐いたよな。俺の場合、ソロになってからまた修行付けてもらったけど……俺とお前で受けた組手がどれだけ『優しい』のか理解したよ」
「そ、そうか……」
「おーい!! 肉、焼けるわよー!!」
「いっぱいあります!! 今日はお肉パーティーです!!」
少し離れた拠点では、ヒジリとクレアが魔獣の肉を焼いていた。
少し前に襲って来た魔獣は、ハイセも知らない新種の『虎』だった。間違いなく『狂乱磁空大森林』にのみ棲む新種の魔獣だろう。
ハイセは言う。
「あの魔獣肉、食えるのか?」
「恐らくな。新種だからわからんが……毒はないと思う。討伐レートは推定Sといったところか。素材などは私が持ち帰り、ギルドに卸そう」
「次に遭遇したら俺も戦う。新種の魔獣を見つけたら、できるかぎり情報を集めてギルドに報告する義務もあるからな」
「冒険者の基本だな。ふふ、なんだか懐かしい」
「……お前、楽しそうだな」
ハイセがやや呆れたように言うと、サーシャが少しモジモジしながら言う。
「その……ハイセ、みんなには内緒にしてくれ。実は……少し嬉しいんだ」
「嬉しい?」
「ああ。『セイクリッド』としてじゃない、一人の冒険者として、未知の迷宮に挑む今の気持ち……こんな言い方をしていいのかわからないけど……やっぱり冒険は楽しい」
「……お前、事務仕事ばかりしてそうだよな。まあ、レイノルドたちもだろうけど」
「ああ。また『セイクリッド』で依頼を受けようと話もしていた」
ハイセは、サーシャをジッと見て、少しだけ笑う。
「なあ、サーシャ」
「ん?」
「……チーム『セイクリッド』で依頼を受けるんじゃなくて、たまにはソロで、一人の冒険者として依頼を受けてみるのも悪くないんじゃないか? レイノルドも、ロビンも、仲間でする冒険が好きなんだろうけど……ソロでしか見えない物も、きっとある」
「……ハイセ」
「あー……俺らしくないな。悪い、忘れろ」
「いや、覚えておく。ふふ、お前の助言、みんなに伝えていいか?」
「やめろっての……」
サーシャは嬉しそうに微笑み、骨付き肉を振り回しているヒジリの元へ。
ヒジリとクレアは肉を齧り、至福の笑みを浮かべていた。
「おいっしい!! この肉、めっちゃ美味いわ!!」
「すっごいです!! 濃厚な肉の脂が滴ってるのに、鶏肉みたいにハラハラほぐれて……んんん~!!」
「ヒジリ、クレア、そんな口に詰め込みながら喋るな。全く……」
サーシャは姉のように、二人の世話を焼く。
すると、藪からエアリアが出て来た。
「ううう……肉の匂い。いつもなら嬉しいけど、今はなんかヤダ……」
「大丈夫か? 悪いな、無理させて」
「いい……」
「……シチューでも食うか? シムーンが作った栄養満点のがあるけど」
「シチュー!! そんなのあるのか!?」
「ああ。野菜を溶かして、さらに野菜を入れて煮込んだ特製のシチューだ。野営でも栄養のある食事を、って作ってくれたんだ。寸胴鍋で十個ほどある」
「食べたい!!」
「わかった。今日の功労者はお前だ。他に食いたいのあるなら言え」
「じゃあケーキ!!」
「あるけど……食えるのか?」
「ふふん。甘いな我がライバル!! フリズドにはこういう言葉がある……『ケーキは凍る前に食え』ってな!!」
「意味わからん。でもまあ、出してやる」
ハイセはシチューをアイテムボックスから出し、自分用とエアリア用にと皿へ盛ると、羨ましがったクレアやヒジリが騒ぎ出し、サーシャも欲しがったので結局全員分を皿に盛った。
禁忌六迷宮『狂乱磁空大森林』にいるとは思えないほど、楽しく騒がしい夕食となるのだった。
◇◇◇◇◇◇
夕食を終え、今後の行動方針を話すことにした。
「上空を飛んでわかったが……ガスや毒が散布されているわけじゃない。恐らく、雷系の魔法に近い『何か』で、身体に妙な振動を与えている……と、思う」
「雷? そういえばタイクーンが言っていたな……痺れさせるだけが雷ではないと」
「俺も詳しくはわからない。でも、その可能性が高い。ヘリでの移動や脱出も考えたが…、あの最悪な気分のまま操縦すると墜落の可能性もある。正攻法での脱出、『踏破』を目指すしかない」
「では……先程言った『巨大な何か』を目指すのだな?」
「ああ。何度も言うが、可能性があるなら何でも試す。目算だが、数十キロ先、恐らく西方向だ」
そこまでハイセが言うと、クレアが挙手。
「あの師匠、その『巨大な何か』を目指すのはいいんですけど……本当にまっすぐ進めるんですか? 私なりに禁忌六迷宮を調べてみたことがあるんですけど、狂乱磁空大森林は迷いの森で、入った人間を惑わすって……」
「いい質問だ。恐らく厳しい……だから、エアリアに頼るしかない」
「む、あたいか? って……まさか」
「ああ。お前は上空から、目的地を見ながら飛んで欲しい」
「……ヤダ。気持ち悪くなる」
「わかってる。だから、今日の高さまで行かなくていい。二十メートルくらいで飛んで、とにかくまっすぐ進め」
ハイセはアイテムボックスから『鎖の束』を出し、エアリアに渡す。
「こいつを腰に巻いて、地面に垂らせ。俺がそれを掴んで進む」
「おお、いいアイデアだな!!」
「サーシャ、ヒジリ、クレア。戦闘はお前たちに任せる。俺はマップを作成しながら進む」
「そういえばお前はマッパーの資格も持っていたな」
「え!! そうなんですか師匠!!」
「……冒険者として使えそうな資格だから取っただけだ」
「アンタ、前から思ってたけどかなり頭いいのねー」
「うるさい。とにかく、俺は先に仮眠する。四時間後に起こせ」
そう言うと、ハイセはテントへ戻った。
有無を言わさぬ決定。ちなみに現在は夕方過ぎ。これから四時間後だとちょうど眠くなる時間で、女性陣は朝までぐっすり眠れるだろう。
クレアは嬉しそうに言う。
「師匠、すっごく優しいです。それに、命の恩人だし、カッコいいし、紳士的で…」
「紳士ぃ? アンタ、ハイセがそう見えるの?」
「はい。実は……ツンドラ氷山で私と師匠が雪崩に巻き込まれたんですけど、師匠は身を挺して私を救ってくれて……冷え切った私の身体を温めるために、お風呂に入れてくれて」
「ま、待った!!」
と、サーシャがストップをかけた。
「お、お風呂とは……」
「え、えと……その、恥ずかしいんですけど、私気を失ってて、でも身体が冷えちゃって……師匠が服を脱がしてくれて、お湯の入った樽に入れてくれて」
「つ、つまり……」
「うう、恥ずかしいです。師匠に見られたの、二回目です」
「クレア、それ……『責任』取ってもらわないとね!!」
「へ?」
なぜか自信満々にヒジリが胸を張って言う。
「知ってる? 女はね、結婚する男以外に裸見せちゃダメなのよ!! つまり!! アンタはもう、ハイセ以外と結婚しちゃダメってこと!!」
「え!? し、師匠と結婚ですか!?」
「どうどう? アタシはするけど、アンタはどう?」
「えっと、どうと言われても……そりゃ、師匠のことは大好きですけど」
「じゃあ決まり!! うんうん、賑やかなのはアタシも嬉しいわ」
「えっと……よくわかんないですけど、よろしくお願いします!!」
「ま、待った!!」
二度目のストップ。
サーシャはヒジリに顔を寄せ、耳元で言う。
「お前、まだ結婚とか言ってるのか」
「そりゃそうよ。将来は大事じゃん」
「いやその、ハイセに決定権はないのか?」
「駄目とは言わないでしょ。それにハイセ、アタシやクレアみたいな美少女と毎日一緒にいれるなら、喜んで受け入れるわ!!」
「その自信はどこから来るんだ……」
「アンタもハイセのこと好きでしょ。素直になりなさいよ」
「う、うぐ……べ、別にその」
「はいはいはい。って……」
妙に静かなエアリアを見ると、椅子に深く座ってグースカ寝ていた。
話は終わり、サーシャはエアリアに毛布を掛けてやるのだった。





