遭遇
サーシャは、レイノルドと一緒に古商業区を歩いていた。
今日は古商業区全体が『古書市場』になっているようだ。
本棚を並べた露店、普段は開いていない古書店の扉が全開放、いつもはないカフェスペースがあり、読書スペースとなっていたりと、人が大勢いて読書や買い物を楽しんでいる。
「タイクーンが喜びそうだな」
「あいつは別な日に行くだろ。えーと、十日間開催されてるみたいだからな」
羊皮紙を見ながらレイノルドは言う。
そして、チラリとサーシャを見た。
「古紙、インクの香りがいいな……」
普段着のサーシャなんて、久しぶりだった。
シンプルなシャツとスカートのみ。アクセサリーはあまり好まないのか、翼を模した髪飾りだけ付けている。そして、財布が入った小さなカバンを手に歩く姿は、少なからず注目を浴びていた。
「あれ、S級の……」「あっちはA級のレイノルドだぜ」
「付き合ってるって噂、ホントみたい」「いいよな、サーシャさん」
冒険者たちだろうか、ヒソヒソ噂をしていた。
だが、悪い気はしないレイノルド。
サーシャと二人きりになるのは、久しぶりだった。
「な、なぁサーシャ。いろいろ見てみようぜ」
「ああ。お、あそこの本屋……ふむ、見てみるか」
初老の、眼鏡をかけた男性が一人でやっている露店だった。
小さな本棚が二つだけの露店で、他には栞を売っている。
「銀細工の栞……」
「いらっしゃい、買うかね?」
「……素晴らしい細工だな」
サーシャが褒める。
蝶を模した栞は、かなり精巧にできている。
男性はニコニコしながら言う。
「これはうちの孫が作ってくれた栞でねぇ……ふふ、綺麗だろう?」
「ああ、美しい……よし、これをくれ」
「まいど。本はどうだい?」
「おっと、そっちも見せてもらおう」
サーシャは、本棚を物色し始めた。
その後姿を、レイノルドは満足そうに眺め、隣に並んだ。
◇◇◇◇◇◇
ハイセは、たまたま目に入った露店本屋で、面白そうな古書を何冊か買った。
アイテムボックスに入れ、他の本屋を見ながら歩く。
一緒に来たプレセアは、いつの間にかいなくなっていた。プレセアは本当に、一人で本屋を探すために行ったようで、ハイセは一安心。
古商業区の中心に来ると、なかなか活気があった。
ハイセは、この辺りで一番大きな本屋に入り、物色を始める。
「久しぶりに来たけど、やっぱりいいな」
趣味は読書。そう言っていいくらい、本は好きなハイセ。
最初は、教養として読んでいた。
戦術書や、引退した冒険者が執筆した体験談などが好きだった。引退冒険者が執筆した本の半分近くは『盛っている』と言われているが、そういうのを含めて読むのが好きだった。
大型店を出て、少し外れにある小さな古書店へ入り、本棚を物色する。
すると、面白そうなタイトルの本があった。
「お、『S級冒険者ジェラルドの冒険記』……S級冒険者にジェラルドなんていたのかな?」
S級冒険者は、ハイベルク王国の『冒険者記録』に名が残る。
ギルドでも確認できるので、暇な時調べてみるかとハイセは思い、手を伸ばした。
すると、ちょうど横から伸びてきた柔らかな手が触れる。
「「あ───すみませ……え」」
そこにいたのは、サーシャだった。
全く同じ本、同じタイミングで手を伸ばし、手が触れ合った。
「あ……す、すまん」
「あ、ああ」
会話が終わる。
ハイセは一瞬動揺したが、すぐに平静になる。
すると、レイノルドが来た。
「おーいサーシャ……って、ハイセ。なんだ、お前も来たのか?」
「まぁな。追放された後は忙しくて、そんな暇なかったけどな」
「……そうかい」
どこか棘のあるハイセの言葉に、レイノルドが眉をひそめる。
ハイセは続ける。
「お前たちはデートか? 恋人同士、仲がいいことで」
「な、こ、恋人……!?」
「ま、そういうこった」
すると、レイノルドがサーシャの肩を抱いた。
「れ、レイノルド!?」
「じゃあなハイセ。せいぜい、楽しくな」
「…………」
「待て。ハイセ、私たちは恋人では───「ハイセ」
すると、本を大量に抱えたプレセアがハイセの隣に立った。
「楽しそうだけど、どうしたの?」
「別に」
「そ。ね、お茶にしない? 歩き疲れたわ」
「そんな本抱えてるからだろうが……」
ハイセは歩き出し、プレセアが後を追う。
その後姿を、サーシャは呆然と見送った。
「へっ……どうやら、寂しくはないみたいだな」
レイノルドの言葉が、なぜかサーシャの胸に突き刺さった。





