迷いの森・狂乱磁空大森林②/状況把握
「む……」
「あ、起きた。大丈夫ですか? エアリアさん」
「……おまえ、ダフネ?」
「あー……」
「おーいクレア、ご飯の準備できたわよー!!」
「……クレア?」
寝ていたエアリアが身体を起こすと、そこにいたのは『ダフネ』だった……が、ぼんやり目で見ていたせいか、『ダフネ』が『クレア王女』に見えてしまっていた。
『ダフネ』が慌ててカツラを被るが、テントに飛び込んで来たヒジリが言う。
「なに変なカツラ被ってんのよ。さ、食事食事。先行ってるから!」
「……えっと」
「……お前、どういうことだ?」
完全に目を覚ましたエアリアが、カツラを外す『クレア』を見て警戒する。
もう隠せないと感じたのか……『クレア』は苦笑し、頭を下げた。
「ごめんなさいエアリアさん。実は……」
クレアは全て説明した。
今いる『クレア王女』は侍女のダフネであり、本物は『ソードマスター』として冒険者をやっている自分であることを。
信じてもらえるか微妙だったが。
「なーんだ、そういうことなのか!!」
エアリアはあっさり信じ、ウンウン頷いていた。
驚くクレアだが、エアリアはニカッと笑って言う。
「あたいも、エアリアって偽名を名乗る時あるしな!! 名前なんてどーでもいい、オマエはダフネで、クレア王女なんだしな!!」
「…………えーっと」
「ダフネ、クレア、どっちで呼べばいい? クレアか?」
「じゃ、じゃあクレアで」
「うむ!! よし、メシにしよー!!」
エアリアはテントを飛び出し、残されたクレアは苦笑するのだった。
◇◇◇◇◇◇
エアリアが外に出ると、そこは森だった。
周囲は緑だらけ。テントの裏には大きな岩があり、テントの前ではサーシャが竈の上に置いた鍋をスプーンでかき混ぜていた。
サーシャが気付くと、にっこり微笑む。
「おはよう。体調はどうだ?」
「……い、いいぞ!! うむ、助けられたようだな!!」
「ああ、気にしなくていい。さあ、食事にしようか」
「…………」
美しい少女だった。
綺麗な銀色の髪、白を基調とした鎧や服装、大きな瞳。まるで一国の姫……失礼な考えだが、クレア王女より王女っぽい女、そう思うエアリアだった。
やや警戒しているのに気付いたのか、サーシャが言う。
「自己紹介がまだだったな。私はサーシャ……S級冒険者序列四位『銀の戦乙女』と言えばわかるか?」
「ブリュンヒルデ……あ!! オマエがそうなのか!?」
「ああ。お前は序列七位『空の支配者』エアリアか」
「エアロ・スミスだ!! エアロ・スミス!!」
「あ、ああ。わかったわかった。さ、食事にしよう」
「おーい、あっちに川流れてた!! 綺麗な水だったし、あとで水浴びしよっ」
「…………」
と、呼びに行ったのかヒジリがハイセと戻って来た。
ヒジリはエアリアに気付く。
「アンタ、大丈夫?」
「む、オマエは誰だ」
「ヒジリ。序列三位『金剛の拳』よ」
「さ、三位……ぐぬぬ」
「で、大丈夫?」
「う、うむ。平気だ」
「よし。じゃあハイセ、みんな揃ったしご飯にしよっ」
「ああ」
「あ!! 我がライバルのハイセ!!」
「ライバル? ちょっと、アタシを差し置いてライバルとかどーいうことよ」
「……サーシャ、メシ」
「あ、ああ」
「わぁ、なんだか楽しそうなメンバーになりましたねっ!!」
どこか嬉しそうなクレアをよそに、ハイセはため息を吐くのだった。
◇◇◇◇◇◇
食事を終え、ハイセは言う。
「まず、現状を整理する」
サーシャ、クレア、エアリア、ヒジリの四人は頷いた。
「ここは禁忌六迷宮の一つ、『狂乱磁空大森林』で間違いない。ここは『移動する森』で、俺とクレアはツンドラ山脈から、サーシャとヒジリはハイベルク王国近くの街道で巻き込まれたようだ。で、エアリア……お前はツンドラ山脈の上空からだったな?」
「う、うむ。お前とクレアを迎えに行ったら、すごく頭が痛くなって……気付いたら能力が解除されかけて、ここにいた」
「この森の特性と関係あるのかもな……ともかく、俺たちは巻き込まれた以上、ここを脱出……いや、踏破する」
それしかない。
サーシャもクレアも同じ意見だった。するとヒジリが言う。
「ね、ハイセ。禁忌六迷宮ってとんでもないバケモノがいるところなのよね? じゃあここも?」
「恐らくな。対決は免れないかもしれない」
「滾ってきた!! ダンジョンとか彷徨うの最悪だけど、そーいうのは大歓迎!!」
ヒジリは拳をパシッと打ち付け気合を入れる。
クレアは全員を見渡しつつ言う。
「こんな言い方はアレですけど……師匠にサーシャさん、ヒジリさんにエアリアさん。七大冒険者が四人もいるなんて、幸運です」
「お気楽なやつめ……」
「ハイセ。現状は理解したが……これからどうする?」
「森を知るべきだな。ここがどういう森かわからない以上、単独行動は避けたい。はぐれて迷子にでもなったら即詰みと考え、五人全員で行動しよう」
「賛成だ。だが、闇雲に動いてもな……何か目立つ、導のような物でもあれば」
「はいはーい!! あたいが飛んで偵察するっ!!」
「……それはやめておけ。エアリア、お前、上空で頭痛に襲われたんだろ? 下手に上空に飛んでまた痛んだらどうする?」
「うぐう……痛いのはヤダな」
「とはいえ、飛べるお前がいるのは運がいいと考えるべきか。まずは、ここを拠点にして、周りに目印を付けつつ探索しよう」
ハイセは大きな鉄の缶を出し、中に生木を入れて火を点ける。
すると、水分を含んだ木は大量の煙を出し、空へ登っていく。
「エアリア。まずはどの程度まで上空に行けるか確認してくれ。この煙を目印に、周囲の探索も頼む。いいか、絶対に無理するなよ」
「おう!! じゃあいくぞ」
エアリアの背中に『光翼』が生える。
能力『スカイマスター』。あらゆるものに『翼』を生やし、自分に生やせば自由に飛行可能という能力。
自分の場合は自在に飛び回れるが、他人の場合だと制御が厳しく吹っ飛ばしてしまうらしい。
エアリアはゆっくり上昇。ハイセはその高度を煙を基準に計算していく。
「ぅ……なんか、気持ち悪い。ぅぅ、ここ限界……」
百メートルほど上昇したのち、エアリアは気分が悪くなり停止。
そのまま周囲を見て、ゆっくり降りて来た。
降りるなり、エアリアはサーシャの胸にボフッと倒れる。
「うう、きぶん悪い」
「お、おい大丈夫か?」
「ん……」
「……目算で百メートルくらいか。エアリア、お前は普段どこまで飛べる?」
「ん~……雲の上とかは余裕。限界まで試したけど途中で怖くなってやめちゃった」
「ドレナ・デ・スタールの空中城も、この子がいれば楽だったかもな……」
サーシャはエアリアの頭を撫でつつ苦笑した。
ハイセは考える。
「雲の上……ヘリの高度計では二千メートルくらいだったか。それ以上飛べるエアリアが、百メートル足らずで限界……上空に、脱出させないための『何か』があるかもな」
「なーにそれ? 毒でもバラ撒いてんの?」
「わからん……おいエアリア。俺を掴んで飛べるか?」
「いけるけど……今はヤダ。気持ち悪い」
「じゃあ、回復したらでいい。一度確認しないとな」
「う~……わかった」
「ハイセ、危険じゃないのか?」
「わからん。でも、今はとにかく情報が必要だ。ここが禁忌六迷宮である以上、『七大災厄』の一体がいることは確定しているし……脱出法を探るためにも、とにかく情報を集める」
すると、ヒジリがピクリと何かに反応。
遅れてハイセ、サーシャ、クレアが反応し、気分の悪そうなエアリアが最後に反応した。
「チッ……考え事で忙しいのに」
森の奥から現れたのは──巨大な、緑色の『虎』だった。
ヒジリは嬉しそうに拳を合わせる。
「じゃあ休んでたら? アタシ、難しい話嫌いだし、身体動かすわ」
「ヒジリ。数は一体じゃない……私も参戦しよう」
「私もです!!」
「うう、あたいはまだ気持ち悪い……」
「……じゃあお前らに任せる。おいエアリア、テントで休んでろ」
二人のソードマスターに、一人のメタルマスター。
この三人に任せれば問題ない。そう思ったハイセは振り返り、エアリアをテントへ連れて行き、自分は植物の採取を始めるのだった。





