迷いの森・狂乱磁空大森林①/そのころ
「あの、できましたプレセアさん。確認お願いします」
「ええ、見せて」
ハイベルグ王国、ハイセの宿にて。
母屋の一室を『薬品室』にしていいと主人に許可を取ったので、イーサンに頼み棚を増築。プレセアのお古である調合器具をもらい、シムーンは薬の調合をしていた。
棚には、大量の薬草が瓶に入っている。どれも乾燥し、粉末状になっていた。
プレセアはいくつかの瓶を並べており、シムーンが声をかけたのでその手を止める。
「……うん。いい感じね。痛み止めの完成よ」
「やった。ふう……私の作った薬……嬉しいです」
「ふふ。ちゃんとできてるわよ」
プレセアは粉末を包装紙に少しづつ入れ、丁寧に折る。
「空気に触れさせなければ一年は持つから。作った薬はちゃんと日付を書いて保存すること」
「はい!!」
シムーンは戸棚へ。
小さな引き出しが大量にある戸棚の一つを開け、日付を書いて入れる。
「今日はここまで。さ、後片付けをしましょうか」
「はい!!」
「それと……シムーン、あなたがよければだけど、三級薬師の試験を受けてみる? 今のあなたなら、知識も調合も大丈夫だと思うわ。私の推薦状があれば、ハイベルグ王国の薬学試験を受けられる」
「し、試験……」
「ふふ。緊張する? あなたに任せるけど」
「う……受けてみたいです!!」
ちなみに。
シムーンはまだ十二歳。
試験に年齢は関係ないが、間違いなく最年少。
だがプレセアがこう言うのも、シムーンは才能があるからだ。頭脳明晰であり、手先も器用。一度覚えた調合法は絶対に忘れない。
「薬師になると、どうなるんですか?」
「三級薬師になれば、開業できるようになるわ」
「開業……」
「診断し、病人に薬品を処方することができるのは二級からだけどね。三級は簡易的な痛み止めや塗り薬を販売することができるの。基本的に三級薬師は、二級、一級薬師のお店で修行するのが定例よ」
「でも私、宿を離れるのは……」
「大丈夫。私が教えるから」
「……あの、プレセアさんは何級ですか?」
「私は特級よ」
特級薬師。
ハイベルグ王国には二人しかいない。世界で十二人しかいない薬師の頂点。ちなみに特級薬師は全員がエルフであり、その知識は人間とは比べ物にならない。
「医師の資格もあるから、わからないことは教えてあげる」
「わあ、ありがとうございます!! プレセアさんってすごいですね!!」
「ありがとう。ふふ、弟子なんて初めてね」
本業は冒険者であるが、もし薬師として開業したなら、間違いなく大繁盛するだろう。
でも今は、冒険者としての生活が何より好きなプレセアだった。
二人で道具を片付け、シムーンの焼いたクッキーを食べながら休憩しようとした時だった。
「───……ッ!!」
プレセアが、急に明後日の方向を見て硬直した。
その様子を見ていたシムーンが首を傾げる。
「プレセアさん、どうしたんですか?」
「…………」
その問いには答えず、プレセアがポツリとつぶやく。
「……ヒジリに付けた精霊が、消えた」
◇◇◇◇◇◇
エクリプスは魔法による遠隔会議を終えると、自室から出た。
「ふう、本部の復旧は順調……予定は一年だったけど、あと半年以内には何とかなりそうね」
仮に『銀の明星』や魔法学園が復旧しても、エクリプスは帰るつもりなどサラサラないが。
部屋から出て、一階に降りると、イーサンがいた。
「あ、こんにちは」
「こんにちは。坊や」
「は、はい」
十二歳の少年には、エクリプスは大人の女性……少し緊張しているのがわかった。
エクリプスはクスっと微笑み、ポケットから飴を出す。
「はい、あげる」
「は、はい……ありがとうございます」
「ええ。ところで、ハイセはまだ帰ってきてない?」
「ええ、えっと……フリズドだったかな。クレアさんと行ってまだ帰ってきてないです」
「そう……」
エクリプスは考え込み、イーサンを見て微笑んだ。
「まあいいわ。帰ってきたら構ってもらうから。ね、坊や……時間ある?」
「え、いえ……おれ、これからフェンリルの散歩に行こうと」
「じゃあ、私も行くわ。少しお散歩したかったから」
「え!?」
「さ、行くわよ」
こうして、イーサンはエクリプスと散歩に行くのだった。
◇◇◇◇◇◇
クラン『セイクリッド』にある執務室では、レイノルドがピアソラと二人で執務を行っていた。
サーシャは休暇中。ロビンはクランの弓士の指導。タイクーンも休暇中なのだが『神の箱庭』の研究で部屋に籠った状態だ。
レイノルドは、意外にも丁寧な文字で書類を処理し、ピアソラに渡す。
「ほい、確認」
「ええ……くぅ、レイノルドのくせに綺麗な字」
「んだよそれ。オレが字ぃ綺麗で悪いのかよ……」
苦笑するレイノルド。
ピアソラは書類を確認すると、ため息を吐く。
「はあ……サーシャ、早く戻らないかしら」
「ま、あの仕事人間のことだ。すぐ戻ってくんだろ」
「うー……休んでほしい気持ちはありますけど、早く戻ってきて欲しい気持ちもありますわ」
「まあな。というか、また『セイクリッド』で仕事したいぜ」
話しながらも、二人の手は速い。
事務仕事においては最高のパートナーであるのだが、ピアソラは認めていなかった。
すると、ノックもせずドアが開き、ロビンが入ってくる。
「あー疲れた!! ね、ピアソラお昼行こっ」
「いきなりですわね……まだこっちは終わっていないの。お昼なら一人で行きなさいな」
「えー……せっかく来たのに。ね、休憩しようよー」
「全く、子供なんだから……レイノルド、休憩しますわよ」
「へいへい。せっかくだし、オレも行こうかね」
「待った!! その前に、タイクーンの口にパン詰めに行かないと。またお昼食べないで仕事してるに決まってるからさ!!」
三人はタイクーンの部屋に押しかけると口にパンを無理やり詰め込み、食事に行くのだった。
◇◇◇◇◇◇
ツンドラ山脈上空。
エアリアは、ハイセたちを迎えに行くという名目で飛んでいた。
空中戦では世界最強の、S級冒険者序列七位のエアリア。当然だが、空は陸よりも慣れている。
だが……エアリアが高度を下げた瞬間、猛烈な頭痛に襲われた。
「ぅ……っぎ、な、何だ、これ?」
ジリジリとした痛み。
思わず頭を押さえるが、能力の制御も甘くなってしまう。
そして、翼が消えかかり、エアリアは慌てて制御を取り戻す。
でも、徐々に、徐々に高度が下がり……ようやく気付いた。
「……え」
高度百メートルほどで、自分が飛んでいるのがツンドラ山脈付近ではなく、見たこともない『森』だと気付いた。気温も急激に変化している。
唖然としていると、破裂音が聞こえてきた。
「この音、なんだ……? ぅ……頭痛いぞ」
フラフラと地上に向かって飛んでいくと……聞き覚えのある声が。
「あれ? 師匠あれ、エアリアさんじゃないですか!?」
「……次から次へと、何なんだ」
「エアリア? 誰だそれは」
「飛んでるわねー」
エアリアが地上に降りると、クレアに抱きしめられた。
「わわわ、顔真っ青です!! どうしたんですか?」
「……うぅ、頭、いたい」
「ど、どうしましょう!。師匠、師匠!!」
「騒ぐな。どうやらこいつも、狂乱磁空大森林に巻き込まれたようだな……」
ハイセの声が徐々に遠くなり、エアリアは気を失うのだった。





