サーシャとヒジリ、二人の友情
カチン───と、サーシャは剣を鞘に納めた。
パシッと拳を手のひらに打ち付け、ヒジリが近づいてくる。
二人の傍には、巨大な『ドラゴン』が二匹転がっており、一体は首を切断され、もう一体は頭を潰され死んでいた。
討伐レートSS『ブラザードラゴン』……一体は炎、もう一体は氷を吐く魔獣だ。
ヒジリはサーシャに拳を向けて言う。
「ありがと、サーシャ。おかげで楽しい依頼だったわ」
「気にするな。暇をしていたしな」
ヒジリがサーシャを誘い、この依頼を受けた。
本来ならヒジリ一人で受ける依頼なのだが、冒険者ギルドの規定で、たとえS級冒険者でも『最低二名』で受けなくてはならない依頼だったのだ。
ヒジリは、サーシャが首を切断したドラゴンの頭に座り、アイテムボックスから果実水のボトルを二本出す。
一本をサーシャに放り、もう一本を自分で飲む。
「最低二人で受けないといけないとか、冒険者ギルドもめんどくさい決まり作ったわねー」
「まあ、SSレートだしな。それにしても……お前が、私を誘うとはな」
「最初はプレセア誘ったんだけど『SSレートは無理。そもそもシムーンに薬草調合教えるから』とか言うしさ、エクリプスは何か生理的にヤだったから声かけなかった。で、アンタにしたってわけ」
ちなみに現在、エクリプスは『銀の明星』の幹部たちと、魔法を使った遠隔会議をしている。どのみち誘っても来なかっただろう。
果実水を飲み干すと、ヒジリは唐突に言った。
「あのさ、サーシャ」
「ん、なんだ?」
「アタシさ……ハイセのこと好きになったみたい」
「ブッ」
いきなりの話に、サーシャは果実水を吹いた。
驚いた眼でヒジリを見ると……ヒジリは照れているのか、モジモジしている。
「エクリプスに言われて気付いたわ……なんかこう、胸が熱いというか、顔が熱いというか。ハイセのこと考えると、なんか熱いのよ」
「…………」
「ってわけで、アタシはハイセと結婚するから」
「な、なんでそうなる!?」
「だって、好きなら結婚でしょ。プレセアに聞いたけど、ハイセって冒険者引退したら領地貰えるんでしょ? アタシ、そこでハイセと暮らすわ。子供作ってアタシの武術叩きこむ。考えるだけでワクワクするわねー」
「な、な……」
あまりにも具体的な将来だった。
確かに、ハイセは現在『天爵』という爵位を持ち、冒険者を引退後は王家が管理する領地の一つを受け取ることになっていた。
領主ではない。簡単に言えば『王家の土地を間借りする』という何とも言えない土地だが。
ヒジリはクネクネしながら言う。
「んふふ~……今から楽しみ。サーシャはどうすんの?」
「ど、どうすんの? とは?」
「アンタも来るのか、ってこと。プレセアは一緒に行く気満々だったし、エクリプスはすでに手をまわして結婚後のアレコレ考えてたわよ」
「はぁぁ!? なな、あいつら……!!」
将来。
サーシャは、まだ考えていない。
禁忌六迷宮を制覇するという目的はある。現在四つクリアし、あとは二つ。
狂乱磁空大森林。ネクロファンタジア・マウンテン。
サーシャは確信していた……恐らく、数年以内に終わってしまう、と。
その後は?
「……私は、クラン運営が」
「サーシャ」
と、ヒジリが真面目な顔で言う。
「また、つまんない顔してるわよ」
「っ……」
「あはは。まあ、まだ十七歳だしね。あ、アタシもうちょいで十八歳になるわ」
「……私もだ」
「そっか。ところで、禁忌六迷宮ってどうなってる? 次は……なんだっけ。狂乱なんとか」
「狂乱磁空大森林だ」
話がコロコロ変わる。
ヒジリはドラゴンの頭から降りると、自分が倒したドラゴンをアイテムボックスに収納。
サーシャも収納し、髪を掻き上げた。
「ふう……」
「ね、水浴びしない? この近くに、アタシが見つけた秘密の水浴びスポットあるのよ」
「……大丈夫なのか?」
「大丈夫大丈夫。人なんて滅多に来ないし、アタシとアンタならすぐ気配察知できるでしょ」
「確かに……」
ドラゴン退治で汗を掻いた。帰ったら風呂と思っていたが、水浴びも悪くない。
ヒジリは歩き出し、サーシャに言う。
「さ、行くわよ。水浴びしたら帰って焼肉ね!!」
「はいはい。全く……」
二人は並んで歩き出し、水浴びスポットへ向かうのだった。
◇◇◇◇◇◇
「おお……すごいな」
「でしょ!!」
ヒジリとサーシャが到着したのは、澄んだ湖がある小さな森だった。
街道から外れた位置にあり、獣道すらない。
川から分岐した小さな流れが、石や砂利などで浄化されて溜まったようだ。周囲には薬草も生えており、小さなリスやウサギが水を飲んでいた。
二人が近づくと動物は逃げたが、ヒジリは嬉しそうに言う。
「ここ、アタシだけの場所なのよ。サーシャは許すけど、他の連中に教えちゃ駄目だからね!!」
「ああ、約束する……ふふ、こういうのは久しぶりだ」
すると、ヒジリはジャケットを脱ぎ捨て、胸に巻いたサラシを外す。
大きな胸が揺れ、ブーツやパンツも脱ぎ捨て裸になり、湖に飛び込んだ。
「っぷは、気持ちいい!! サーシャ、早く来なさいよ!!」
「……あ、ああ」
サーシャも服を脱ぎ、裸になる。そしてゆっくり湖に入った。
意外にも暖かく、どこか生温い。
心地よさに顔を綻ばせると、ヒジリが近づいてサーシャの胸を触った。
「ぬぁ!? なな、何を!?」
「デカいわね……アタシもデカいけど、アンタのがおっきいわ。ね、これ邪魔よね」
「た、確かに邪魔だが……女に生まれた以上、どうしようもないだろう」
胸を押さえ、ヒジリから距離を取る。
ヒジリは全く隠そうとせず、自分の胸を持ち上げた。
「プレセアに言ったら睨まれるし、この気持ち共有できるのアンタだけよ。サラシで巻くと揺れないんだけど、激しく動くと痛いのよねー……あんま抑えつけすぎると息苦しいし」
「……私の場合は、鎧に納めるようにしている」
「鎧かあ……でも、動きにくくなりそうだしなー」
二人とも立派な胸部をしているので、話が弾んだ。
ヒジリは仰向けになって湖にプカプカ浮かび、サーシャは髪を丁寧に洗う。
そんな様子を見て、ヒジリは言う。
「アンタ、髪の手入れしてる?」
「当り前だ。この銀髪は母からの贈り物だ……」
「そっか。アタシ、毎回洗うのめんどくさいのよね」
「では、なぜ伸ばしている?」
「んー……おばあちゃんがさ、髪長い方が似合うって言ったからかなあ」
「……確かに、お前は長い方が似合う」
「そう? サーシャも似合ってるわよ」
「あ、ありがとう」
パシャパシャと泳いで近づいてくるヒジリは、サーシャに近づくと思い切り水をかけた。
「わぷっ!? な、なにをする」
「なんか遊びたくなっちゃった。ね、泳ぎ勝負しない?」
「……勝負と言われたら受けざるを得ないな」
互いに負けず嫌いの二人は、湖で水泳対決を始めるのだった。
◇◇◇◇◇◇
水浴びを終え、装備を再び整えた二人は湖を出た。
ハイベルグ王国に戻り、焼肉で打ち上げ……そうなるはずだったのだが。
「……あれ?」
「どうした?」
「……なんか妙ね」
最初に気付いたのはヒジリだった。
そして、サーシャも異変に気付く。
湖を出て、森から出ようとして歩き出したはずなのだが。
「……あ」
妙に空が明るい。
それだけじゃない。もう森から出るはずなのに、何故か二人は変わらず森を歩いている。
ヒジリ、サーシャが顔を見合わせ、それぞれS級冒険者の顔になる。
「サーシャ、気付いてる?」
「ああ。様子がおかしい……ここは、どこだ?」
サーシャがそう呟いた時だった。
ゾッとするような殺気がして、サーシャが抜刀、ヒジリが拳を構え振り返る。
そのまま剣を、そして拳を振り被った瞬間……二人の手が思わず止まった。
そこにいたのは。
◇◇◇◇◇◇
「「……ハイセ!?」」
◇◇◇◇◇◇
二人の前に、ハイセがいた。
ハイセもまた、驚愕に目を見開き、ベレッタを二人に向けている。
そして、舌打ち。銃を下ろした。
「……お前ら、本物か?」
ハイセはまだ警戒している。
意味がわからず、サーシャとヒジリが顔を見合わせ、サーシャはようやく剣を下ろした。
「い、意味が分からん。どういう意味だ?」
「……クソ、こんなことあるのかよ」
「ちょ、マジで何? アンタ、フリズド王国に行ってたんじゃないの?」
「…………」
ハイセは頭を押さえ……歯を食いしばり、忌々しそうに言った。
「ああ、確かに俺とクレアはフリズド王国にいた。極寒のツンドラ山脈にいた」
すると、木陰からクレアがひょっこり顔を出し、サーシャとヒジリを見て安心したように涙を浮かべる。
ハイセは言った。
「ツンドラ山脈の洞窟から出たと思ったら、わけのわからん『森』に出た。サーシャ……地図持ってるだろ、出して見ろ」
「……え? あ……まさか!」
サーシャは『地図』を取り出し、確認。
そして、信じられない物を見るように目を見張る。地図上で『赤い点』と『青い点』が同じ場所にあり、移動を続けていた。
ハイセは言った。
「間違いない、か…。ここは『狂乱磁空大森林』……俺たちは、出口の見えない『森』に、迷い込んじまったんだ」





