遭難から、まさかの
ハイセは、熱めの紅茶をカップに注いでクレアに渡す。
「とりあえず、メシにする。メシ食ったら行くぞ」
「え、あ……」
とりあえずカップを受け取るクレア。
ツンドラ山脈を理解しているからこそ、今の状況に絶望しているようにハイセは見えた。
だが、ハイセは諦めない。
「悲観する必要はない。まず、逃げた冒険者連中の中に、この横穴があることに気付いていたのは多くいる。それと、俺のアイテムボックスにはハイベルグ王国の騎士団全軍が数年遠征しても余るくらいの物資もある。サイラスさんやハルカは聡明だ……俺とクレアが横穴に逃げていると考えるはず」
「…………」
「それに……この横穴。お前、知ってるか?」
「い、いえ……そもそも、ツンドラ山脈は一日しか温度が下がらないので、調査していない場所がほとんどなので」
「感じてみろ……この穴の奥から風が吹いている。恐らくここは外のどこかに通じている」
「そ、外……? でもでも、どれだけ長い道かわからないし、そもそも外に出たら時間によっては凍死しちゃいますよ!!」
「それはここにいても同じだ。まあ俺の物資を使ってその気になれば家くらいは作れるが……救助が来るのは一年後、それに入口が塞がっているから一日じゃ助けられない。しかもこの間にもダイナリザードは繁殖してる。俺らの救助と、ダイナリザードの討伐を同時にやるのは無理だ」
「……」
「……不安か?」
ハイセが言うと、クレアは頷いた。
「……やっとダフネと分かり合えて、これから本当に冒険者として歩き出せると思ったのに」
「お前、俺を信用していないのか?」
「……え」
クレアは顔を上げ、カップを強く握る。
「俺は、こんなところじゃ止まらないぞ。可能性があるなら、何だってやってやる」
「……師匠」
「食うぞ。力溜めておけ」
ハイセはアイテムボックスから、焼きたての大きな串肉を出しクレアに渡す。
洞窟内は寒い。肉はすぐ冷めてしまうだろうが、今は目の前でジュウジュウと音を立て、肉汁が滴り落ち、香ばしい匂いが腹を刺激。
ハイセは豪快にかぶりつき、熱々のお茶を飲む。
クレアも喉を鳴らし……肉をかじり、お茶を飲んだ。
「熱っ!?」
舌をちょっとだけ火傷してしまい、クレアは慌てて水を飲むのだった。
◇◇◇◇◇◇
食事を終えて五分後。
ハイセは出したテントやテーブルをそのままにして立ち上がる。
クレアは、テントやテーブルを見ながら言う。
「あの、置いていくんですか?」
「ああ。もし次、誰かが雪崩にあってこの洞窟に逃げた時、こういうのが置いてあると安心するだろ。それに、死体がなければ奥に向かって外に出たってのもわかる」
「なるほど……」
「まあ、この洞窟は塞がっているし、何年先のことかわからないけどな」
「そ、そうですね……」
「それと、戦う用意もしておけ。風の匂いに獣臭が混じってる。この洞窟の奥に、何かいるぞ」
「は……はい!!」
クレアは双剣を確認、ハイセも自動拳銃のマガジンを確認しスライドを引いた。
二人は洞窟の奥に向かって歩き出す。
歩き始めて三十分ほど経過し、洞窟の奥が意外と広く、天井は高い。
ハイセはランプではなく松明を手に照らす。
「……道が広いのは幸いだな。おい、あんまりくっつくな」
「うう、不安なので……えへへ」
「……ったく」
距離が近く、甘えてくるクレア。
何度かプレセアに『クレアには甘い』と言われたが、やはり妹的な意味でハイセも無自覚に気を許していた。
クレアも、ハイセを兄として意識しているのか、それともそれ以上なのかはまだわかっていない。でも、異性でこれほど気を許し、委ねることができるのは間違いなく、ハイセだけ。
それからさらに進むこと数十分。
「……運がいい、なんてレベルじゃないな。おい、騒ぐなよ」
「は、はい……」
洞窟の奥には、不思議な穏やかな景色が広がっていた。
細い川が流れ、その近くに様々な動物がいた。
中には魔獣もいる。全ての生物に共通しているのは、みんな寝ていることだ。
「……冬眠か?」
「た、たぶん……でも、こんな水場の近くで寝るモンなんですかね?」
「知らん。まあ、こいつら襲ってきたら戦うしかなかったから、ある意味助かった」
大きな熊魔獣から始まり、シカや猿のような魔獣もいる。
ここは、ツンドラ山脈の避難所であり、冬眠場のようだ。今だけは魔獣同士、休むために休戦しているのか。
二人は川沿いに、魔獣を刺激しないように通り過ぎる。
「わあ、かわいい~」
「おい、触るなよ」
クレアは、小さくもふもふした魔獣を見てちょっとだけ撫でた。
「確か、『オニネズミ』でしたっけ。寒暖に適応したフリズド王国の固有種です。雪山では真っ白なんですけど、砂漠に行くと茶色く体毛の色が変わるみたいですよ」
「どうでもいい」
毛むくじゃらの大きなネズミは、クレアに撫でられても気持ちよさそうにしていた……すると、撫で過ぎたせいか目を開け、鼻をスピスピ鳴らしだす。
「あ、ご、ごめんね?」
『きゅるる……』
「ったく、もう行くぞ」
「は、はい……本当にごめんね」
最後にもう一度撫で、ハイセとクレアは歩き出したのだが。
「……おい、クレア」
「えっと……」
『きゅう、きゅう』
なんと、オニネズミが付いて来た。
腹を空かしているのか、クレアの足元から離れない。
「おい、そいつの鳴き声が他の魔獣を刺激するかもしれない。黙らせろ」
「え、えっと……じゃあ、おいで」
『きゅう』
クレアはオニネズミを抱っこ。そのもふもふ感にクレアは顔を綻ばせる。
そして、アイテムボックスから魚の切り身を出すと、オニネズミに食べさせる。
オニネズミは、モキュモキュと切り身を食べると、クレアに甘えだした。
「か、かわいい~……うう、離したくない」
「……とにかく、進むぞ」
「あの、師匠……この子、一緒に連れて行っていいですか?」
「…………」
仕方なく、ハイセはオニネズミの同行を黙認。
小川の流れに沿って進むこと数時間……不思議と、周囲が明るくなってきた。
「わあ、明るくなってきました」
「…………妙だ」
「へ?」
「あれから数時間経った。時間的に今は夜……なんでこんなに明るい?しかも外の気温は相当下がってるはずだが…。」
歩き続けると、明るさが増した。
それだけじゃない……出口が見えた。
しかも、出口から差し込んでくるのは、綺麗な光。
「……クレア、気を付けろ」
「え? でもでも、出口ですよ!! ね、モッフル!!」
『きゅう』
「なんだその名前。とにかく、様子がおかしい……気を引き締めろ」
「は、はい」
クレアは、オニネズミのモッフルをコートのフードに入れる。
ハイセは自動拳銃を抜き、慎重に出口へ。
そして───ハイセが出口に向かい、銃を構えながら外に出た時だった。
「…………は?」
「…………え?」
ハイセとクレア、二人の目に飛び込んだのは───。
◇◇◇◇◇◇
一方そのころ、ツンドラ山脈入口から少し離れた場所。
冒険者ギルドが街道に設置した休憩小屋では、S級冒険者たちとクレア王女が話し合っていた。
「あの雪崩だぞ!? 助からねぇよ!!」
「待って。冒険者たちの証言から、近くには横穴があったんでしょ?」
「そこに逃げたところで、どうしようもない」
「でも、ハイセさんは軍の遠征レベルの物資を持ってるって……ダフネと二人なら問題ないよ」
「だが、救助は不可能だ。ツンドラ山脈はもう、マイナス七十度近くまで下がっている!!」
議論が続くと、エアリアが机をバンと叩いた。
「もうお前ら黙れー!! ハイセは死なないし、ダフネも死なない!! それでいいだろ!!」
キーキー声で叫ぶので、思わず他の冒険者たちも黙り込む。
すると、サイラスがエアリアの肩を叩いた。
「ボクもそう思う。ギルドマスターとして全員に命令する……救助には向かわない。このままクレア王女を城まで送り届ける」
「そんな!!」
クレア王女が叫んだ。
サイラスの胸に飛び込むように懇願する。
「待って!! あの二人を助けないというの? そんなこと」
「大丈夫です」
「……え」
「ツンドラ山脈はほぼ未開地域ですが、二人が逃げ込んだところにある洞窟は知っています。……あそこは奥まで通路があり、風も吹いています。ハイセくんなら先に進むでしょう」
「ど、洞窟の奥……?」
「ええ。あの洞窟は私も、休憩で使ったことがありまして……なので、今は無事を祈りつつ、城まで戻りましょう」
「…………はい」
「ギルマス!! そんな理屈どーでもいい!! 二人は生きてるんだな!?」
と、エアリアが叫んだ。
驚くサイラスは頷き、エアリアの頭を撫でた。
「ああ、生きてる。きっと戻ってくるよ」
「……じゃあ、迎えに行く!!」
「え?」
エアリアは、アイテムボックスから大量の衣類を出す。
何枚も重ね着をして、毛皮を着こみ、毛糸の帽子や耳当てを付ける。
「お、おい、何を」
「迎えに行く」
すると、エアリアは背中から『光翼』を出し、それで身体を包み込んだ。
そして新しい翼を生やすと、一気に上空へ。
「ま、待てエアリア!! お前、ツンドラ山脈に行くつもりか!?」
「あいつは仲間だ!! あたい、仲間は絶対に見捨てない!!」
「エアリア!!」
エアリアは、ツンドラ山脈に向かってあっという間に飛び去った。





