氷雪の決意、フリズド王国⑧/ツンドラ山脈
ハイセ、クレアが戦場に向かうと、そこは酷い有様だった。
『ギャオォォォン!!』
「そっち行ったぞ!!」「怪我人を優先しろぉ!!」
ダイナリザード。
青い鱗を持つ巨大な二足歩行のトカゲ……ハイセはそう思った。
担当のS級冒険者がいない。そう思い、近くにいた冒険者に聞く。
「おい、ここ担当のS級冒険者は!!」
「あぁ? あいつなら、馬鹿やって飛び出した新人を庇って大怪我だ!! 始まって十分で運ばれた!!」
「チッ……」
新人のヘマ。
それは仕方ない。ダイナリザードの討伐では稼げるのだ。
手が足りない状況で、高ランク冒険者に同行してくる新人はいる。そして、金を稼ぐために無茶をした結果、ベテランの足を引っ張る。
考えても仕方ないと、ハイセは切り替える。
自動拳銃を抜き上空に向けて何発か発砲し、大声で叫んだ。
「S級冒険者序列一位『闇の化身』ハイセだ!! 救援に来た!! 今いる冒険者は全員下がって怪我人の治療を!! 態勢を立て直せ!!」
S級冒険者序列一位の声は、戦場でよく響いた。
ある者は歓喜し、ある者は安堵する。そして、怪我人を担いだ冒険者たちが一斉に後退する。
稼ぎを諦めない馬鹿な新人は、ベテランに殴り飛ばされ無理やり下げられた。
すると、雪崩のようにダイナリザードが群れで襲ってくる。
「行きます!!」
クレアが双剣を手に飛び出す。
ガトリングガンで一掃しようと思ったが、それを見たハイセは大型拳銃を手にする。
「クレア!! 一掃するぞ!!」
「はい!!」
ハイセは大型拳銃を発砲。ダイナリザードの硬い鱗を容易く貫通する。
クレアの闘気を纏った双剣は、ダイナリザードの首を両断した。
「よーっし!! いっくぞー!!」
「馬鹿、周り見て動け!!」
現在、ハイセたちのいる場所は斜面。
近くには洞窟もあるが、ダイナリザードは斜面を駆け降りてくる。
ハイセは銃を乱射。
「くっそ……数が多い。ヒジリとかいればもうちょい楽だったかもな!!」
「おりゃあぁぁぁぁぁぁ!!」
一方のクレアは張り切っている。
闘気も輝きを増し、剣の柄に紐状にした闘気をくっつけて投げ、振り回す。
サーシャではあり得ない戦法。だが、ハイセは評価した。
「はっ、やるな」
「まだまだいけます!!」
過去と向き合い、ダフネと話したことで、心の中のわだかまりが消えたクレア。
青銀に輝く闘気はさらに輝きを増す。ここに来てさらに、クレアは強くなった。
(A級……下手したら、S級下位くらいか)
本当に、強くなった。
これからの稽古では、実弾を使わなければならないだろう。それに、銃弾だけじゃない、体術も織り交ぜた戦いをしなければ、足元をすくわれる可能性もある。
「……」
「師匠、どうしました!? 怪我しました!?」
「してない。集中しろ」
ダイナリザードの群れがいなくなるまで、ハイセとクレアは戦い続けた。
◇◇◇◇◇◇
ダイナリザードの群れがひとまず消えた。
ハイセ、クレアの足元には、多くのダイナリザードの死骸が転がっている。
ハイセは大型拳銃を消し、周りを確認する。
「……ひとまず、終わりだな」
白い息を吐き、寒いが身体は温まっていることに爽快感を感じていた。
すると、無事な冒険者たちが集まってくる。
「す、すげえ……」
「二人でこんな……」
「ちょうどいい。お前ら、こいつらの素材持っていくんだろ。無事な連中に任せていいか?」
ハイセがそう言うと、冒険者たちは驚いていた。
そして、そのうちの一人が言う。
「言うまでもないが、この素材はアンタらのモンだが……」
「いらん。そもそも俺はクレア王女の護衛としてここにいる。魔獣の素材に関しては俺の自由……ってわけで、これはお前らで好きにしろ」
「い、いいのか?」
「ああ。こいつの素材、金になるんだろ。俺は護衛としての報酬はもらってる。いいから、さっさと運べ」
自動拳銃のマガジンをチェックしながら適当に言うと、集まった冒険者たちが大喜びで素材の回収を始めた。
ハイセは、クレアに言う。
「……素材、お前の分も好きにしろ。早く持っていかないと手遅れになるぞ」
「いりません。えへへ、私は師匠と一緒に護衛依頼受けてますから!!」
「そうか」
「あの~……師匠、その代わり……後で私と、カフェに行きませんか? いいお店あるんです」
「…………まあ、いいぞ」
「やったあ!!」
それから十分ほどして、冒険者たちが素材を回収……下山を始めた時だった。
ハイセはクレアと周りを確認し、そろそろ引き返そうとした時。
「……ん?」
「あれ、地震ですか?」
地面が、揺れた。
ハイセは特に何も気にしていないが、周りの冒険者たち、そしてクレアが叫ぶ。
「じ、地震!! おいやべーぞ!!」
「下山だ、下山!!」
「師匠、早く下山しないと!!」
「……何を焦ってるんだ?」
ハイセにはピンとこないが、雪国に住む冒険者たちは知っていた。
クレアが叫ぶ。
「これ、地震じゃありません!! これ……雪崩の前兆、いえもう雪崩が始まっています!! ここは斜面、やばいです!!」
「雪崩……うおっ」
地震が一層強くなり、立っているのも厳しい状態になった。
確かに、このままではまずい。
「クレア、逃げるぞ!!」
「はい───……って、あれっ」
クレアの身体が、がくんと落ちた。
「クレア、おい!!」
「あ、あれ? やば……ち、力が入らない」
「まさか……」
サーシャも何度かあった。
闘気の使いすぎによる、全身疲労。
最近はうまく調節をして戦っていたのだが、今日は全力を出し尽くしていた。
「し、師匠……」
「おい、クレア!!」
「……っさ、先に行ってください!!」
地震が強くなる。
ハイセにもわかった。もう、このままでは巻き込まれる。
冒険者たちはすでにいない。
「私、師匠の下で戦えて、幸せでした」
「───馬鹿野郎が!!」
ハイセはクレアを担ぎ、全力を振り絞って雪の上を走った。
そして───……恐るべき威力の雪崩が、周囲一帯を飲み込んだ。
◇◇◇◇◇◇
ハイセ、クレアは間一髪で、近くの洞窟に避難できた。
「───……ぅ」
「おい、クレア!! おい!!」
雪崩の雪は重く、水を含んでいたせいか身体がびっしょり濡れてしまった。
身を突き刺すような寒さに、さすがのハイセも震える。
クレアは気を失った。
「───落ち着け」
ハイセは深呼吸。
洞窟を見回す。
洞窟は思ったより広く、天井は高い。奥には通路がありどこかへ続いているようだ。
現在は、洞窟入口にいる。雪があるのでもう少し奥まで進み、アイテムボックスからランプを出して吊るす。
「……まずは、体温」
ハイセはテントを用意。着ている服を全て脱ぎ、身体を拭いて新しい服に着替え、コートを着た。
そして、焚き火台を出し魔石を入れて火を着け、湯を沸かす。
自分の安全を確保したところで、クレアを見る。
「おい、起きろ」
「…………」
完全に気を失っている。
呼吸はしているが、体温が下がり始めている。濡れた服もこのままではまずい。
「…………クソ。緊急事態だ」
ハイセはアイテムボックスから『湯を入れた樽』を出す。
ハイセが考案した『ダンジョン内で清潔を保ち、ストレス解消となる風呂』だ。
湯はいい感じに暖かい。
「……くっそ」
ハイセはもう一度だけ舌打ちし……クレアの服を脱がしはじめた。
上着を脱がし、下を脱がし、靴、靴下、カツラ……そして下着。
クレアを裸にすると、お湯を少しずつ身体にかける。
「ん……」
「……おい、おい!!」」
「…………んん~」
寝ているのだろうか。
身体をお湯に慣らすと、クレアを担いで樽にぶち込んだ。
上も下も見えてしまったが、非常事態とハイセは割り切る。
首までお湯に浸かったクレアの顔は、どこかほっこり、安心しているようだった。
「……よし。とりあえずいいか」
ハイセは、クレアに無理やり入れられた着替えをアイテムボックスから出す。『自分が忘れた時のためにお願いします!!』と、ハイセのアイテムボックスにはクレアの着替えが入っていた。
着替えを用意し、この間に椅子やテーブルを用意しておく。
そして数分後。
「んあ……あれ? 師匠?」
「起きたか」
「……あったかい。あ!! 雪崩!!」
「馬鹿、立つな」
「え? あ」
樽から立ち上がったクレアは全裸。隠すのを忘れてポカンとしていると、顔を真っ赤にして胸と股間を隠し、樽に隠れた。
「ひゃぁぁぁぁ!? なな、なんでぇ!? しし、師匠ぉぉぉ!?」
「か、勘違いするな!! 非常事態だったんだよ!!」
「え……あ」
「そのまま聞け」
ハイセは、雪崩で洞窟に逃げたこと、濡れていたので無理やり風呂にぶち込んだことを説明。納得したクレアは風呂から上がり、新しい服にコートを着て椅子に座った。
「あったまりました~……その、師匠、ご迷惑をおかけしました」
「……お前の迷惑は今に始まったことじゃない」
「うう……師匠、私のハダカ……見ましたよね」
「非常事態だ。でもまあ、悪かった」
「し、師匠ならいいです……」
微妙な空気になり、ハイセは「とにかく」という。
「ここから脱出するぞ。クレア、だいたいの位置覚えてるか?」
「えっと、ここ近くにあった洞窟ですよね……この奥、どこに繋がってるのかな」
「入口は完全に塞がっている。穴を掘るのもいいが、雪崩の雪は水分を含んで重くなっている。かなりの重労働だぞ」
「……その前に、凍り付くと思います」
「……あ」
クレアは、どこか青ざめた表情で言う。
「あと数時間で夜に、日を超えたら一気に気温が下がります……ツンドラ山脈は、今日しか温度が上がらないんです。このままじゃ私たち、間違いなく凍死しちゃいます」
絶体絶命の危機。
銃を撃つだけでは解決できない事態に、ハイセとクレアは遭遇するのだった。





