氷雪の決意、フリズド王国⑦/討伐開始
臨時ギルド。
ツンドラ山脈の麓に設置されたテント内は、安っぽい革製ではなく毛皮で作られていた。おかげで、室内は暖房器具の熱でだいぶ暖かい。
ハイセ、クレア、ダフネの三人はテント内へ。そこにエアリア、レイオス、ハルカ、そしてサイラスと数名の冒険者がいた。
全員、『クレア王女』を見るなり敬礼する(エアリア以外)
「皆さん、早朝からご苦労様です」
クレア王女がほほ笑むと、レイオスが少しだらしない顔をし、ハルカが足を踏んづけた。
「そんなことより!! さっさと作戦開始するぞ。もうみんなウズウズしてるからな、一年で一度の狩り尽くし大作戦だ!!」
「おいエアリア、王女様の前でその態度やめろっての」
「うるさいぞレイオス。鼻の下伸ばしてるくせにー」
「の、伸ばしてねぇし!!」
「はいはい二人ともそこまで。王女様、まずは私たちの作戦を説明します。その後、冒険者たちに激励のお言葉をお願い致します」
「わかりました」
「ゴホン……では、作戦は私から説明します」
ギルドマスターのサイラスが、ツンドラ山脈のマップを見ながら言う。
「ご存じと思いますが、ダイナリザードの特徴の一つに、非常に優れた嗅覚があります。現在、先行部隊がツンドラ山脈の三か所にエサを配置しに行きました。冒険者たちも三か所に分かれ、餌を求めてやってくるダイナリザードを迎撃します」
トントントンと、マップの三か所にコマを置く。
「三か所には、それぞれS級冒険者を配置します。まず一か所目には『風の鎌三郎』のコーヘイ。二か所目には『南無阿弥陀仏』オショウ、三か所目には『炎の美魔女』スカーレットです」
「えー!? あたいは!?」
「……エアリア、きみは三か所の中心で待機。何かあった時に飛び出せるように」
「エアリアじゃない!! S級冒険者序列七位『空の支配者』エアロスミスだ!!」
「わ、わかったわかった……そして、同じくS級冒険者序列一位『闇の化身』ハイセくん。きみは王女殿下の護衛を頼む」
「……前に出なくていいのか?」
「ああ。こんな言い方は悪いが……これはフリズド王国冒険者たちの稼ぎ場でもあるんだ。きみが暴れたら冒険者たちから不満が出てしまうよ」
「……まあいいけど」
もともと、ダフネとクレアを会わせるために参加したに過ぎない。
ハイセは三人のS級冒険者を見るが、中々に強そうだった。
「お前はどうする?」
「私、師匠と一緒に王女殿下を守ります!!」
「ふふ、お願いしますね。ダフネ、ハイセ様」
『クレア王女』がクスっと笑い、ハイセとクレアを見て微笑むのだった。
◇◇◇◇◇◇
作戦が始まった。
夜明けと共に、地響きが起きた。
ハイセは臨時ギルドの外に出てツンドラ山脈を見上げる。
日の出と共に、ダイナリザードが起き、餌の匂いを察知し走り出す。その足音に驚いた他のダイナリザードも起き上がり、一斉に群れとなって餌に向かい出したのだ。
S級冒険者たちが指揮する冒険者たちの鬨の声が臨時ギルドまで聞こえてきた。
「雪は音を吸収するんだが、此処までよく聞こえる」
「……雪崩は平気なのか?」
「大丈夫。彼らは皆、フリズド王国の冒険者だからね」
サイラスがほほ笑む。
ハイセはツンドラ山脈を見上げた。
「……氷の山か」
「ははは。普段は猛吹雪で何も見えないんだけどね。一年に一度だけ太陽の光が差すこの光景は素晴らしいだろう?」
凍った木々は氷の彫刻のようで、そびえ立つツンドラ山脈は芸術としか表現できない。太陽の光でキラキラ輝く山脈は、まるで絵画を眺めているようだった。
「『フリズド七景』にも登録されている光景さ。機会があればぜひ、他の六つの景色も調べ、眺めてみてくれ」
「……芸術に興味はない」
「ははは。ところで……きみの弟子だが、随分と王女と仲がいいね」
「…………」
現在、臨時ギルド内では、クレアとダフネがおしゃべりしていた。
サイラスが出てきたのも、二人の邪魔をしたくないという理由だろう。
「歳も近いし、話が合うんだろ」
「そうかい。ああそうだ、きみの報酬だが……」
「適当でいい。護衛って言っても、何もしてないからな」
「では、規定に沿った報酬を支払うよ。ところで、今夜はヒマかな? せっかく序列一位と知り合えたんだ。静かなバーがあるんだが、話でもどうだい?」
「……弟子も同伴でいいなら」
「もちろん」
穏やかなしゃべり方は、どこか安心する。
ガイストとは違う安心感があるサイラスだった。
◇◇◇◇◇◇
一方、クレアは。
「でさ、師匠ってばサーシャさんと仲がいいんだか悪いんだか……悪ぶってるんだけど優しいし、ほんとに冷酷な時もあるけどさ」
「ふふ、クレアってばハイセさんのことばっかり」
サイラスがいなくなったことで、昔の二人に戻っていた。
ハイセがいたら『油断しすぎだ馬鹿』と言われるだろう。名前もいつの間にか『ダフネ』と『クレア』に戻っていた。
するとダフネが言う。
「クレア、あんた……ハイセさんのこと、好き?」
「うん。そりゃもう!! 優しいし、カッコいいし、頼りになるし!!」
「ちーがーう!! 恋とか愛とかの意味!!」
「こい、あい……? ん~……どうだろ」
「じゃあ、結婚したい?」
「けっこん……まあ、師匠とならしてもいいなー」
「……じゃあ好き?」
「うん。すき」
「……ダメだ。お子様すぎる」
「はあ? 何よそれ!!」
どうも『恋』や『愛』を理解していない。
そもそも、元々がお姫様だったのだ。いずれは貴族や他国の王子と政略結婚する身だったので、恋愛など考えもしなかったのだろう。
「あ、そうだ。あのさクレア……実はあたし、お婿さんもらうんだ」
「ぬぇぇ!?」
「うん。あんたが出て行った後に知り合ったディザーラ王国の第三王子でさ……その、年下なんだけどすっごく可愛いの。『ぼ、ぼくがあなたを守ります!!』なーんて、プルプル震えながら言っちゃってさ!! ちょっとぽっちゃり系の眼鏡くんなんだけど、もうほんとに可愛くてさ~!!」
「ぽっちゃり、年下、眼鏡……ダフネ、そういうの好きだったんだ」
ちょっと衝撃的なクレア。
聞けば、クレアと入れ替わってから、一度も『擬態』を解いていないそうだ。そもそも、長く『クレア』でいるせいか自分の姿を忘れ、能力の解除の仕方も忘れてしまったそうだ。今では『クレア』が今のダフネの真の顔でもあるらしい。
「あのさ、本当に譲らないから。ロッチャは私のお婿さんだから!!」
「い、いいよ別に……あれ? じゃあフリズド王国の後継は? そのロッチャ?」
「ううん。あ、そっか……あなたには伝えないと。実は、あなたと入れ替わってすぐ、王妃様が妊娠してたのが判ったの。そして、男の子が生まれたの」
「えっ……」
「……その、会いたい?グリーシャっていうの。あなたの弟よ」
「…………」
家族。
クレアは迷いつつ、首を振った。
「今の家族はあなた。私は……冒険者クレアだから」
「……クレア」
「私の分まで、みんなを愛してあげてね」
「……うん」
クレアが差し出した手を、ダフネはしっかり握る。
「このぬくもり、弟に……グリーシャに届けるから」
「うん」
ダフネはそう呟き、クレアをぎゅっと抱きしめた。
そんな時だった。
「おい、ク……ダフネ」
「……あ、私だった。はい!!」
ハイセが入ってきた。
そして、クレア王女を見る。
「……アクシデントが発生。ダイナリザードの数が想像以上に多くて冒険者たちが負傷している。今いる『聖女』だけじゃ対応しきれない……俺は前線に出る。ダフネお前は王女を守れ」
「え……」
「三か所中二か所がダイナリザードに突破されそうだ。一か所はエアリアが向かった。もう一か所には俺が行く」
「……」
クレアが考え込む。するとダフネが。
「構いません。ここは、サイラスに守らせます。ハイセさん、ダフネ。冒険者たちの救援を」
「……いいのか」
ハイセがそう言うと、クレア王女はハイセの耳元へ。
「クレアのこと、お願いします。あの子たぶん、あなたがいなくなったら私に『お手伝い行っていい?』って聞いて飛び出しちゃうと思うんで」
「……よくわかってるな」
「親友ですから」
「……わかった」
ハイセはクレアに言う。
「行くぞ」
「はい!! ……クレア王女、ごめんなさい」
「はい。お気をつけて」
ハイセとクレアは、ツンドラ山脈の戦場に向かって走り出した。





