氷雪の決意、フリズド王国⑤/ダイナリザード
向かったのは、エアリアたちが行きつけの大衆食堂。
個室もあり、ハイセとクレア、エアリアたち三人の計五名で入った。
個室内には大きな円卓があり、レイオスとハルカが料理を注文。運ばれてきたのは豪華な肉料理で、エアリアとクレアがヨダレを垂らしていた。
さっそく食べ始める。
「うんまっ!! ん~……やっぱりフリズドの肉料理は最高だ!!」
「同感です!! エアリアさん、こっちの肉も美味しいですっ!!」
「エアロ・スミスだ!! まったく、そっちの偽名で呼ぶなっ!!」
クレア、エアリア。二人が肉をがっついているのを横目に、ハイセはハルカに聞く。
「ツンドラ山脈、ダイナリザードについて説明を頼む」
「はい。ツンドラ山脈はフリズド王国で最も標高が高く気温が低い、この世界でも危険な場所の一つですね。霊峰ガガジア、破滅のグレイブヤード、灼熱のインフェルノ砂漠と並ぶ危険地域…あ、禁忌六迷宮は別格ですが…正直、わたしやレイオスみたいなA級冒険者でも、近づこうとは思いません」
「だが、年に一度……だろ」
「はい。年に一度だけ、ツンドラ山脈には太陽の光が差すんです。その日だけは気温も上がり、山に入ることができるようになります」
「……なるほどな。霊峰ガガジアは魔獣の繁殖期が近づくと入山禁止になるが、逆に入山可能になるんだな」
「そうです」
「肉おかわり!!」
「私もです!!」
「はいよ。っていうかエアリア……ハイセさんとハルカが真面目に話しているし、ちゃんと聞けよ?」
「フン、レイオスが聞いておけ!! あたいは肉!!」
横がうるさい。ハイセはそう思ったが無視。
ハルカも苦笑していたが、説明を続ける。
「ダイナリザードは、討伐レートBの魔獣です。でも、ツンドラ山脈には天敵となる魔獣がいないのか、一年で爆発的に増えちゃうんです。なので、冒険者を募り、一年に一度だけツンドラ山脈に入り、ダイナリザードを限界まで減らす……」
「放っておけば人里にも降りてくるのか?」
「それもありますけど、実はダイナリザードの素材がすごく優秀なんです。皮や爪や牙は武器防具に加工できますし、お肉は絶品ですし、血や内臓は珍味だし薬の材料になります。それと、ダイナリザードの核は燃料としても非常に優秀です」
フリズド王国に生息する魔獣の核は、よく燃える。
魔石自体が発熱し火を発生させるので、暖炉に数個入れて燃やせばそれでいい。
「質のいい魔石は何度も燃やせます。ダイナリザードの核は、一個でかなりの火を発生させますし、完全に燃え尽きるまでに二十日は持ちますので」
「便利だな……知らなかった」
「あはは。フリズド王国の出身じゃないと知らないかもですね」
「勉強になる」
「あ、ありがとうございます。えっと……基本的なことはこんな感じです。冒険者ギルドは『特別依頼』と称して、フリズド王国にいる冒険者チームやクランを招集し、ダイナリザードの討伐に向かわせます。依頼はフリズド王家からで、報酬も王家から支払われるので、みんなノリノリで参加します。それに今回は七大冒険者が制定されて初めての依頼です。エアリアがリーダーに指名されて張り切ってるんですけど……この子、見ての通りなんで、指揮とかできないんですよね……だから、ハイセさんが来てくれて感謝しています」
「……ああ」
当然だが、ハイセもソロなので指揮などしたことがない。
サーシャがいればな……と、一瞬だけ思ってしまった。ハイセと違い、チームを率いて指示を出しつつ、自らが全線で戦うなら、サーシャがうってつけだ。
「そういや『クレア王女』を迎えに行くんだっけか」
「───!!」
ハイセの質問に、骨付き肉を食べていたクレアの手が止まった。
その質問にはレイオスが答える。
「そうなんですよ!! いや~……クレア王女、優しいし美人だし、オレらみたいな冒険者にも温かい言葉をかけてくれるから、みんな慕ってるんですよ。ダイナリザードの討伐依頼も王家からだから、当日はオレらが城まで迎えに行くんですけど……今から楽しみです!! っていてて!?」
「デレデレしすぎ。ただ迎えに行くだけじゃない」
ハルカがレイオスの耳を引っ張る。少しだけムスッとしているのは気のせいじゃない。
すると、エアリアが言う。
「フン。あたいが空飛んで迎えに行けばすぐなのだ!!」
「だからダメでしょ。あんたの『スカイマスター』は自分を浮かすのは得意だけど、物とか人は吹っ飛ばすくらいしかできないじゃない」
「むぅ……」
図星なのか、エアリアがムスッとする。
ハイセはようやく、大皿にある肉を取り食べ始めた。
「とりあえず、俺はそいつの補佐に入る。直接的な戦闘は、参加する冒険者に任せていいのか?」
「はい。あたしとレイオスは、若い冒険者たちと一緒に全線で指揮を執りつつ戦います。ハイセさんとエアリアは後方で全体指揮を」
「おいエアリア、暴走するなよ。ハイセさん、エアリアが暴れ出したらやっちゃっていいんで」
「おいレイオス!! あたいだって暴れたいぞ!!」
「だから、お前は指揮をする立場って言ってんだろうが」
「むーっ!!」
「……おいダフネ。お前はレイオスたちと前線で戦え」
「わかりました」
こうして、食事をしながらの情報整理は進むのだった。
◇◇◇◇◇◇
その日の夜。
エアリアたちと別れ、ハイセとクレアは宿に向かって歩いていた……正確には、クレアをおんぶしてハイセが一人で歩いていた。
「んん~……師匠のせなか、おっきいですぅ」
「この馬鹿。寒いからって飲みすぎだっつの」
エアリアと意気投合したクレアが、酒を飲み始めたせいで酔っ払った。
ちなみに、エアリアも飲み過ぎたのか、レイオスに抱えられて帰って行った。
「ししょぉ~……寒いぃ。あっためてぇぇ~……んん」
「おい、首を舐めるな気持ち悪い。置いていくぞ」
「んん~……」
猫のように甘えてくるクレア。ハイセの首を噛んだり舐めたりするのが気持ち悪い。
本気で雪の上に投げ捨てようと思ったが、宿に到着した。
そのままクレアの部屋のベッドに投げ捨てて帰ろうと思ったが、部屋が寒く、ベッドに投げ捨てただけでは風邪をひく可能性もあった。
ハイセは大きなため息を吐き、魔石を暖炉に入れて火を着け、クレアを見る。
「……あ~もう、雪国の二人旅なんて二度としないぞ」
ハイセは仕方なく、クレアの上着を脱がし、ベッドに入れて毛布を掛けてやる。
クレアは眠っていたが、嬉しそうに顔をほころばせた。
そんなクレアを見て、ハイセは。
「…………妹ってこんな感じなのか」
ぼそりと言い、ハッとして左右に首を振った。
「馬鹿か俺は……ったく、くだらない」
そう吐き捨て、自分の部屋に戻ろうとドアに近づく。
「ん……師匠、すき」
「…………」
クレアの寝言を聞き、ハイセは無言で部屋を出るのだった。
ツンドラ山脈のダイナリザード討伐まで、もう間もなくだ。
 





