たまの休日
「え、休め?」
ある日、ハイセはいつも通りに冒険者ギルドへ行き、依頼を物色していると、背後からガイストに肩を叩かれ、そのままギルマス部屋に連れて来られた。
いつもの美味しい紅茶を出され、ちびちび飲んでいると、ギルドマスターのガイストがそんなことを言い出したのである。
「ハイセ。A級ダンジョンの調査は順調なようだな」
「え、ええ。まあ……」
「この短期間で、六十階層までの調査を終えるとは驚いたぞ。しかも、一階層ごとの報告書も細かく丁寧に書き込まれているしな」
「はあ……まぁ、書くのはけっこう得意なんで」
かつて、『セイクリッド』でマッパーも経験したハイセ。
仲間の役に立とうと、魔獣の分析や詳細なデータをまとめるのは得意だった。その能力が、S級となった今でも役立つことに、ハイセは複雑な気持ちだった。
「追加の調査を他の冒険者に依頼して、情報をすり合わせてからの一般公開となる予定だったが、お前の報告書だけで十分だと判断した。よって、『A級ダンジョンの調査依頼』は達成だ」
「え」
すると、ベテラン受付嬢がノックをして部屋に入ってきた。
手には魔道具があり、テーブルへ置く。
「S級冒険者ハイセ様。ダンジョンの調査依頼に対する報酬です。冒険者カードをこちらに」
「え、え……ガイストさん、ほんとに終わりなんですか!? だってまだ六十……」
「まだ、じゃない。もう、だ。あまりに調査を進めすぎるのもよろしくない。『六十階層以降は未調査』という話も公開前にする。そうなれば、腕に覚えのある冒険者が集まるからな」
「えー……あ、じゃあ、他にダンジョンの調査とか」
「ない。あることはあるが、A級以上のダンジョンは見つかっていない」
「うぁー……」
「討伐依頼も、今のところない。だったら、たまには休め」
「うーん……」
冒険者カードに入金し、財布の中身が少なかったので少しだけ引き出したハイセ。
ガイストは言う。
「美味い物を食ったり、のんびりすることも大事だぞ? まだ十六歳なんだ。青春を謳歌するのも悪くない」
「せ、青春って……」
「まだ、『禁忌六迷宮』に挑むつもりはないんだろう?」
「……ええ。まだ使える武器も少ないですし。挑むなら、古文書を全て解明してからにしたいですね」
「うむ。そうだな……たまにはデートでもしたらどうだ? プレセア……彼女もいるだろう?」
「で、デートって……あいつはそんなんじゃないですよ。くっついてくる、うっとおしいやつで」
「ほほう」
「いや、そんな顔されても……とにかく、そんなんじゃないです」
「はっはっは。そうだ、ハイセ、ここに行ってみたらどうだ? お前、本は好きだろう?」
ガイストは、テーブルにあった一枚の羊皮紙をハイセへ渡す。
そこには、『古書市場開催』と書かれていた。
「古書……?」
「西方にある本の街ロベリアは、年に一度ハイベルグ王国で古書市場を開催するんだ。本に興味があるなら、行ってみるのも楽しいかもな」
「…………」
ハイセは羊皮紙をもらい、そのまま部屋を出て行った。
◇◇◇◇◇
「サーシャ、そろそろ休もうぜ」
「レイノルド……いや、まだ」
「駄目だっての」
ある日、サーシャは新しく手に入れた『クランホーム』の一室で、クラン加入希望のチームに関する書類を眺めていた。
チーム『セイクリッド』改め、クラン『セイクリッド』となったサーシャたち。
王都の一等地にある、五階建ての大きな建物だ。
広い庭は訓練場で、一階から四階まではチームの部屋、五階はチーム『セイクリッド』の部屋になっている。なんと地下には大浴場もあった。
サーシャがいるのは、クラン『セイクリッド』にある『クランマスタールーム』だ。サーシャの執務をするための部屋である。
今は、山積みとなった書類が置いてあり、サーシャが確認をしている最中だ。
レイノルドは、サーシャから書類を奪う。
「お前、生真面目すぎるんだって。クラン発足してチーム加入の審査が始まるのはわかるけどよ、まだ一月も先の話だろ? 休みつつ進めないと、始まる前からツブれちまうぞ」
「レイノルド……」
「ピアソラは教会の仕事、ロビンは武器の手入れ、タイクーンはクラン創設に関しての注意なんかを調べるため図書館……みんな、今日は自由時間だ。好きなことしていいんだよ」
「うむむ……だが、ピアソラやタイクーンは働いているのではないか?」
「いいんだよ。タイクーンとか、久しぶりにたっぷり読書できるって喜んでたしな」
「むぅ……」
「ほれ、息抜きしに行くぞ」
「え、あ……ど、どこに?」
レイノルドは、一枚の羊皮紙を見せた。
「これは……古書、市場?」
「タイクーンほどじゃねぇけど、お前も読書好きだろ? たまにはいいだろ」
「レイノルド……うん、ありがとう」
「お、おう」
サーシャの笑顔に、レイノルドはそっぽ向いて頬を掻いた。
◇◇◇◇◇
ハイセは、羊皮紙を片手にハイベルク王都リュゼンの『古商業区』へ向かっていた。
古商業区。
今ある商業区とは違う、ハイベルク王国が建国されてからある、最初の商業区画だ。
今ある商業区は、インフラの整備によって新しく作られた商業区で、町の中央付近にあるハイベルク王国の商人たちが集まる場所。
だが、古商業区は、インフラ整備後もそのまま残り、古くから店を構える古参商人たちの区画だ。
古商業区には、古商業区にしかない、古き良き物が多くあると、一部のマニアたちが店を出すような区画になったという逸話もある。
ハイセは昔、タイクーンと何度か古商業区の来たことがあった。
「あら、奇遇ね」
「…………」
古商業区の入口で、プレセアに会ったハイセ。
「お前、俺のあと付け回してるのか?」
「さぁね。あなたにくっつけた精霊があなたの居場所教えてくれるだけよ」
「はぁ!?」
「冗談よ」
ハイセは自分の服をパタパタ叩く。
プレセアは、クスっと笑って歩き出した。
「古書、見るんでしょ? 行きましょ」
「……俺、一人で行きたいんだけど」
「邪魔しないわ。私も一人がいいもの」
「…………」
ハイセはため息を吐き、古商業区に向かって歩き出した。