氷雪の決意、フリズド王国②/討伐依頼(無償)
ハイセは、ソリ引きが用意した『スノウドッグ』を眺めていた。
見た目は『デカい犬』だ。どことなくフェンリルに似ているような気がして親近感を覚え、何となく近づいて撫でてしまう。
「かわいいですね~」
「デカいな。足も太いし、パワーがありそうだ」
『オフ、オフ』
クレアが抱きつくと、スノウドッグは嬉しそうに吠えた。
そして、手綱を付けてソリを連結させる。
ソリは、馬車の荷車に滑走用の板を取り付けただけのモノだ。荷車に乗り込むと、確認のためにソリ引きが言う。
スノウドッグは二匹で、ソリ引きも二人。もう一人のソリ引きは、連絡用に連れて行くそうだ。
「これからホワイトオークの出現地に向かう。頼むぜ、S級冒険者さんよ!!」
「ああ」
「お任せくださいっ!!」
「よし、出発!!」
スノウドッグに命じると、雪原の上を走り出す。
走り出すと、ハイセは言う。
「こりゃいいな。馬車と違って揺れは少ないし、音もない」
「雪って音を吸収しちゃうんですって。だから、フリズド王国の夜はすっごく静かなんですよ」
「へえ……」
ハイセは、自動拳銃のマガジンを抜き、スライドを弄りながら、もう一度マガジンを入れてスライドを引く……戦闘準備をしていた。
クレアも、アイテムボックスから双剣を取り出し、腰に装備する。
「お前なら討伐レートBは問題ないだろうが、油断するなよ」
「は、はい」
ハイセのアドバイス。クレアは気合を入れ直し、窓から外を眺めていた。
◇◇◇◇◇◇
それから一時間ほど走ると、ソリが急停止。
「こ、ここだ。S級冒険者さん、見てくれ……ホワイトオークの足跡が大量に…」
「……なるほどな」
雪の上には、ホワイトオークの足跡が大量にある。
近づき、確認する。
「数は四十ほどか。そして、意外にも馬鹿じゃない」
ハイセは自動拳銃を抜き、安全装置を解除する。
クレアはソリの前で、震えるスノウドッグを撫でて落ち着かせていた。
そして、ハイセは叫ぶ。
「クレア!! ソリを守ってろ!!」
「え、あ、は、はい!!」
ハイセは森に向けて発砲──だが、手ごたえがあまりない。
藪から飛び出してきたのは、白いオーク。
雪国に適応するため、皮下脂肪を増やし、皮膚の色を白く変え、手には氷の棍棒を持つ、フリズド王国領地の固有種族だ。
一匹の腕から血が出ているが、雪を当てて血管を収縮させ止血した。
その行為にハイセは驚きつつ自動拳銃を連射。
『ぶもももも!!』
「チッ……」
分厚い皮下脂肪が銃弾を皮膚で止めダメージが少ない。
そして、足下……クレアの言う通り、ブーツを履いていなければ、雪に沈んで動けなかっただろう。
分析していると、残りのオークが藪から一斉に飛び出して来る。
待ち伏せ……やはり、ホワイトオークは頭がいい。
「まあ、俺には関係ないが」
ハイセはカービン銃を具現化し、オークの一体に向けて乱射。
銃弾は貫通こそしなかったが、全身に浴びた銃弾が皮膚に食い込み、大量に出血。
頭部に数発喰らうと、そのまま倒れ絶命した。
「クレア!! 頭を狙え!!」
「はい!!」
クレアは青銀の闘気を纏い、高速で動きオークを攪乱する。
雪国育ちで、雪上での移動はお手の物なのだろう。
「やっ!!」
闘気を纏った双剣の一本を投げると、オークの頭に突き刺さる。
そして、手を引く動作をすると、手から離れた剣がクレアの手元に戻って来た。双剣なら、剣が手から離れても、もう一本を握っている限り剣に闘気は残る。そして、闘気を操作してある程度の距離なら、剣を自由に操れるようになっていた。
「……へえ」
本当に、強くなった。
恐らく、あと一年もしないうちに、単独で討伐レートSの魔獣を討伐できるだろう。
そうなればもう、ハイセの役目は終わる。
ずっと師でいてほしい……クレアはそう言ったが、ハイセはいつまでも師をするつもりもない。
「このフリズド王国で、あいつも俺がもう必要ないことに気付くといいけどな」
カービン銃を連射しながら、ハイセはそう呟くのだった。
◇◇◇◇◇◇
五分後。
ハイセ、クレアの活躍で、ホワイトオークが殲滅された。
ハイセは、一際体格のいいホワイトオークの死骸を軽く蹴る。
「こいつが群れのボスか……」
「みたいですね。えっと、ホワイトオークは集団で行動、群れにはボスが必ずいて、ボスを討伐すると、残りのオークは逃げちゃう習性を持つ……だったっけ」
思い出しながらクレアは言う。
すると、ソリ引きが来た。
「いやーよかった!! ボスを倒したならもう安心!! さっそく遣いを出して後続のソリに来るように言うよ!! きっと冒険者たちも一緒に来るはずだ」
すると、ソリ引きと一緒に来たもう一人のソリ引きが来た道を戻る。
「ささ、乗ってくれ。ああ、死骸はどうする? その、素材とか」
「いらん。オークなら肉も食えるだろ。近くの村に寄付するから、自由にしろ……クレア、いいか?」
「はい!! 寒いからすぐに腐ることはないだろうし、冒険者も後から来るなら大丈夫だと思います!!」
二人は荷車に乗り込み、ソリは走り出す。
クレアは嬉しそうに言う。
「師匠、ありがとうございます」
「何が」
「オーク討伐です。その……私はもう王女じゃないし、関係ないけれど……やっぱり、私の国の人たちが困っていましたから。助けてくれてうれしいです!!」
「お前も戦っただろ」
「そうですけど、師匠が無償でやってくれたからうれしいんですー……あ、じゃあ私から報酬を出します。師匠、フリズド王国の案内はお任せください!!」
「お任せも何も、お前がするのは決定事項だろうが」
「えへへ、そうでした」
上機嫌なクレアは、ハイセの隣でどこまでも上機嫌。
二人を乗せたソリは、特にトラブルに巻き込まれることなく、フリズド王国に到着するのだった。
◇◇◇◇◇◇
フリズド王国正門。
正門の隣に、スノウドッグソリ用の停車場があり、ソリはそこで止まった。
荷車から降りると、ソリ引きがハイセたちに言う。
「いやー、本当にありがとう!! あんたたち、礼にしてはささやかだが……帰りの運賃はタダにしてやるよ。今後とも御贔屓にっ!!」
最後、スノウドッグがハイセとクレアに擦り寄って来たので撫でてやる。
ソリ引きと別れ、二人は正門へ。
すると、クレアはアイテムボックスから金髪のカツラを出してかぶり、さらに帽子を被る。そして、マフラーを巻いて口元を隠してしまった。
「変装です。……あと『クレア』はマズイので…。師匠、今から私のこと『ダフネ』って呼んでください」
「ダフネ……その名前って」
「私の親友です。今はもういない……」
「……わかった」
正門に向かい、ハイセは門兵に冒険者カードを見せる。すると、S級冒険者序列一位の名に驚き、カードとハイセを何度も交互に見た。こういう反応はどこも同じであった。
そして、クレアを見る。
「そっちは?」
「俺の連れ、ダフネだ。身の回りの世話をさせるために連れて来た……何か問題あるか?」
「い、いや……顔だけ見せてくれればいい」
「……はい」
クレアは控えめに顔を見せる。門兵が確認し、すぐに視線を戻した。
「よし、問題ない。フリズド王国へようこそ」
入国完了。
クレアは小さなため息を吐き、ハイセの腕を取る。
「んふふ、お世話しちゃいますね~」
「くっつくな。それで、どうする」
「まずは宿を取りましょう!! その後は……寒いので、あったかいお茶でも」
「お前、王女に会う方法、考えてるのかよ」
「……お茶、飲みながら」
「……ったく」
こうして、ハイセたちはフリズド王国に入国した。
クレアが、『クレア』に会うために。





