その頃、三人の女の子たち
プレセアは、ハイベルク王国郊外の森で、薬草採取をしていた。
薬草採取。一見、冒険者なりたての新人が受けるような仕事だが、A級冒険者であり、『神の箱庭』を踏破したことでS級昇格も間違いないと噂されているプレセアが受ける薬草採取は、高難易度の薬草採取だ。
「……この薬草、妖艶草の採取は……ふぅん…」
プレセアの前に咲く薄紫色の花。茎、葉の部分が薬草なのだが、決まった順番に花弁を抜かないと、瞬く間に毒草と化す採取難易度A級の薬草だ。
プレセアは『花』の精霊に聞き、ゆっくりと花弁を抜いていく。
「……よし、おしまい。ふぅ……野生の妖艶草って探すの面倒ね。『神の箱庭』で作った薬草園にならいくらでも生えていたのに」
プレセアは、『神の箱庭』の試練で、人間の一生以上の時間を過ごした。美しい泉の傍でただ過ごすという試練だったが苦も無くクリア……時間があったので薬草園を作ったのだが、踏破と同時に消滅した。
なので、久しぶりの高難易度採取依頼に、ややウキウキしている。
加工を終えた妖艶草を採取し、布で丁寧に包んでアイテムボックスへ。
「よし、おしまい……思ったより早く終わったわね」
比較的安全な場所に妖艶草が生えていたので、魔獣との戦闘もない。
プレセアは大きく伸びをして、近くを漂う精霊に聞いた。
「……水浴びでもして帰ろうかしら」
◇◇◇◇◇◇
ヒジリは、一人でのんびりとハイベルク王国郊外にある岩石地帯で、一番大きな岩の上に座っていた。
特に何か依頼を受けたわけでもない。
珍しく、考え事をするために外出し、見晴らしのいい大岩の上にいるだけだ。
「……恋、かあ。おばあちゃん、ホントに難しいこと言うわね」
最近の悩み……それは、恋。
恋をすれば、まだまだ強くなれる。
師はそういうが、強さを求め続けてきたヒジリには全く理解できない。
「オトコは、性欲の獣って酒場のおっさんが言ってたけど……ハイセは違うのよね。プレセアとかの裸見ても何とも思わなかったって言うし。うーん……見せてもいいけど、どんな反応するかな」
ヒジリは自分の胸を揉みながら言う。
邪魔な塊。月イチくらいで来る下腹部の抉るような痛み……女は面倒でありハンデと思っているヒジリだが、女であるからこそ得られる強さもあると師が言った。そのことをずっと考えてはいるが、答えが出ずに悩んでいる。
「あ~わっかんない。恋するなら強い男がいいけど、ハイセくらいしか思いつかないわ……ガチ勝負もしたいけど、なんか勝てない気がするし……う~、頭痛いっ!!」
首をブンブン振ると、長い薄紫のポニーテールが揺れる。
「こんなに悩むなんて、アタシらしくないかも……でもでも、わっかんないし……あ~もう、こうなったらとにかくハイセにくっついて『恋』してやろうじゃん!!」
そう言い、ヒジリは大岩から飛び降りて走り出す。
「とにかく、まずはハイセを探そうっと。あ、その前に腹ごしらえも!!」
◇◇◇◇◇◇
エクリプスは、冒険者ギルドにいた。
冒険者ギルド、ギルドマスターの部屋……ガイストの部屋である。
「……エクリプス・ゾロアスター。ワシに何か用かな?」
「ええ。ギルドマスター……あなたがハイセの師で、間違いないかしら」
「そうだが」
「その……ハイセのことで、いろいろ知りたいの」
「……」
ガイストは、エクリプスの表情で察した……ハイセ、またか、と。
頬を染め、髪を指で掬ってクルクル巻きながら言う姿は、どう見ても恋をしている。
ガイストはため息を吐きたくなったが、なんとか堪えた。
「それで、何を聞きたい? あまり踏み込んだ個人情報は言えんが」
「まずは、好きな食べ物と……行きつけのお店」
「好きなモノか……辛い物は好んで食べているな。行きつけは屋台と、ハイセの宿から近いバー、『ブラッドスターク』だな」
「ふむふむ……」
エクリプスは、真面目に聞いていた。
ガイストは、初めて出会ったエクリプスを思い出す。
人を嘲笑うような、だが何に対しても興味を持てない目をした、憐れな少女。
力を、自己満足のためにしか使えない壊れた子……そう思っていた。だが、ハイセと出会い、恋をしたことで、雰囲気が変わった。
一途な恋する女の子……変わりすぎだと思った。
一体、ハイセはエクリプスに何をしたのか気になった。
エクリプスの質問を答えつつ、逆にエクリプスに質問をする。
「なあ、エクリプス。お前はハイセのどこに惚れた?」
「……決まってるじゃない。全てよ」
「そ、そうか……」
「ふふ、いずれ結婚したいわ。子供は二人、まあ……側室も認めてあげるけど一番は私。できれば十代のうちに可愛がってもらいたいわ」
「…………」
「でも私……ハイセの前で何度か『見せたくない顔』しちゃってるから、まだ警戒されているの……だから、ハイセの好きなことをして、少しでも近づきたい…ふふ、ハイセに会いたくなってきたわ」
「……そ、そうか」
けっこう重いな……と、ガイストは思った。
満足したのか、エクリプスはガイストに礼を言って部屋を出る。
すると、受付嬢のミイナがいた。
「あ、エクリプスさん。お疲れ様ですー」
「…………」
「な、なんですか?」
「……あなたは、まあ、ないわね」
「……はい?」
そう言い、エクリプスは冒険者ギルドを出た。
残されたミイナはポカンとしたのち、悔しがった。
「なな、なんですか『ない』って!! 何がないんですか!! 胸ですか!? きぃぃ、悔しい!!」
◇◇◇◇◇◇
プレセアが城下町に戻ると、偶然ヒジリと出会い、さらにエクリプスとも会った。
「珍しいわね、汚れていないヒジリなんて」
「何よそれ」
「あなた、いつも依頼で血や泥にまみれるじゃない。汚くないってこと」
「うっさいし。ちゃんとお風呂は入ってるし、洗濯もしてるし」
プレセアに「いーっ」と歯を見せるヒジリ。高貴な猫を威嚇する猛犬のように見え、エクリプスはクスっと笑う。
「ところでプレセア、ヒジリ……あなたたち、どこに行くの?」
「アタシはハイセのところ。いろいろ考えたけど、考えるの面倒くさいから、猛アタックして解決する!!」
「……意味不明ね。ちなみに私もハイセのところよ」
「同じなのね……ちなみに私は宿に帰るから、結局みんな目的地は同じってこと」
三人は歩く。
S級冒険者が二人、そしてS級間近の冒険者が一人。しかも全員が美少女となると、かなり目立つ。
エクリプスは言う。
「……ハイセに会いたいわ」
「アンタ、ハイセのこと大好きね」
「ええ。愛しているわ」
「……愛。ねえ、アンタって『恋』を知ってる?」
「恋。当然よ……だって今、ハイセに『恋』をしてるもの」
「……ね、『恋』ってさ、女を強くするって話……知ってる?」
「当然。ハイセと出会う前の私と、今の私では、今の私の方が圧倒的に強いわ。当然、あなたよりもね」
「……へえ」
喧嘩を売る行為であるが、ヒジリは気にしていない。
むしろ気にしているのは、エクリプスの言葉だった。
「……アタシも、恋したいなー」
「してるでしょ?」
「……へ?」
「あなた、ハイセのことばかり考えてるじゃない。それ……『恋』でしょう」
「……え」
ヒジリがエクリプスを凝視、たっぷり一分ほど黙り込み……顔が真っ赤になった。
「こ、恋って……あ、アタシが、ハイセのこと?」
「ええ。好きなのね。あなたにもちゃんと、女の子の部分があるじゃない……ふふ、可愛い」
「かか、かわいい、って……」
プレセアは黙って聞いていたが、クスっと微笑む。
「顔、真っ赤」
「っ!! なな、なにこれっ!! も、戻んないしっ!!」
「ふふ……プレセア、そろそろイジメるのやめましょっか」
「ええ。倒れちゃうわね」
「~~~っ!! なんかアンタらムカつくっ!!」
こうして三人はハイセの宿に到着。
入口のドアを開けると、イーサンが掃き掃除をしていた。
ハイセはどこにいるかと聞いてみると。
「ハイセさん、クレアさんと一緒に『フリズド王国』ってところに行きました。しばらく留守にするそうですよ」
「「「…………」」」
クレアと二人でフリズド王国へ。
何となく出鼻をくじかれ、三人はしばし黙り込むのだった。





