クレアと一緒
禁忌六迷宮を踏破して数日。
ハイセは冒険者ギルドで依頼掲示板を眺めていると、クレアが隣に並ぶ。
「師匠、今日はどうします?」
「依頼。お前もだろ」
「えへへ、今日は師匠と一緒に行きたいなーって」
「……俺と一緒だと、お前の等級評価には繋がらないぞ」
「わかってます。まだC級になったばかりですし、のんびり焦らず頑張ります!!」
クレアはビシッと敬礼。
ハイセは無視し、SSレートの討伐依頼書をはがし、ミイナの元へ。
「どもどもハイセさん。なんだか久しぶりですねー」
「これ、頼む」
「は~い。もう、少しくらいお話し……あ、そうだ。ね、ハイセさん、久しぶりにお仕事終わったら飲みに行きませんか? ギルマスも誘って!!」
「……お前と二人は嫌だけど、ガイストさんがいいなら構わないぞ」
「うう、なんか酷い!! じゃあ、声かけておきますね」
「ああ」
「あ、クレアさんも一緒に!!」
「はーい。えへへ、師匠と飲み会っ!!」
やけに嬉しそうなクレア。ハイセの腕を取り、妙に甘えてくる。
ハイセはむずがゆくなり、クレアの腕を外す。
「お前、俺に付いて来るのはいいが、準備できてるのか?」
「はい!! 武器防具、非常食に、野営の道具とばっちりです!!」
「……評価には繋がらないが、戦闘できるようにしておけ」
「はい!!」
「はいはーい、受理しました。ではお気をつけてっ!!」
ハイセ、クレアは冒険者ギルドを出て、魔獣討伐へ向かった。
◇◇◇◇◇◇
その日の夜。
ハイベルグ王国、屋台街にあるガポ爺さんの屋台にて。
「……で、師匠はすごいんです!! 銃をバンバン撃って、おサルの群れを一気に討伐して!! 私は五匹した倒せなかったんですけど、師匠ってば五十匹以上やっつけて!!」
「さすがハイセさんですねー、カッコいいです!!」
「ははは。それにしても、討伐レートSSの『グレイトフル・モンキーズ』の群れを二人で討伐か……ハイセ、ますます強くなったな」
「……なんだかんだで、場数踏んでますから」
半日足らずで討伐を終え、その日のうちに屋台に来た。
ハイセはドワーフの日酒を飲みながら言う。
「クレア、お前も強くなった」
「え!!」
「グレイトフル・モンキーズ。一体一体の討伐レートはSくらいだ……お前、苦戦することなく五体倒したよな。冒険者等級がCの強さじゃない」
「えへへ、褒められました」
照れるクレア。すると、ミイナが煮物を食べながら言う。
「クレアさん、同世代の冒険者たちの間じゃ人気ありますよ。『青白の双剣姫』って二つ名まで付いてますし」
「なんですかそれカッコいい!! 初めて知りましたっ!!」
「クレアさん、人気者でパーティー誘いたいって声がけっこうあるんですけど……ハイセさんの弟子なので、みんな気軽に声かけられないんですよねぇ」
「えー? 師匠、優しいしカッコいいし、私は大好きなのに……」
「わーお……クレアさん、今までにないくらい大胆な人ですね。このこの、ハイセさん」
「つつくな。ガポ爺さん、煮物と日酒おかわり」
「はいよっ、ははは、ハイセは愛されてやがる。煮卵サービスだ」
大きな煮卵をフォークで半分にし、ハイセは口に入れる。
ガイストも日酒をおかわりし、ハイセに言った。
「そういえばハイセ、お前に依頼したダンジョンの調査だが」
「明日にでも始めます。迷宮、遺跡型で、探査階層は二十まで、ですよね」
「ああ。ワシの見立てでは、百階層ほどあるダンジョンだ。気を抜くなよ」
「わかりました。って……なんだよお前」
クレアは、眼を輝かせてハイセを見て、ガイストを見る。
「あの、ガイストさん!! その調査……私も師匠に同行したいです!!」
「何? ふむ……構わんぞ」
「やったあ。えへへ、師匠、よろしくお願いします!!」
「…………」
ハイセは嫌そうな顔をして、ガイストをジト目で見るのだった。
◇◇◇◇◇◇
翌日。
クレアを連れ、ハイセはハイベルグ王国から西に進み、フリズド王国との国境付近までやって来た。
国境には大きな町があり、国境の向こう側には雪が積もっているのが見える。
その様子を、クレアは無言で眺めていた。
「おい、行くぞ」
「あ、はい」
ハイセは、地図を見ながら進む。
街道から外れて、森の奥へ進んでいくと、大きな遺跡があった。
遺跡前には小屋があり、冒険者とギルド職員がいた。
ハイセに気付くと、全員が頭を下げる。
「お疲れ様です!! ハイベルグ王国冒険者ギルドから伺っています。ダンジョン調査をするS級冒険者、ハイセさんですね?」
「ああ」
「と……こちらの方は?」
「クレアです!! 師匠の補佐で一緒に行きます!!」
「あ、ああ……はい」
冒険者カードを見せるが、やや困惑するギルド職員。
だが、ハイセを見て言う。
「えー……一階層だけこちらの冒険者チームの方が調査しましたが、現れる魔獣の討伐レートは平均でB……下層に進めば間違いなく、高レートの魔獣が出現します」
「問題ない。今回の調査は二十階層までだったな」
「はい。我々はこちらで待機しています。攻略期間は二十日で、それを過ぎると死亡とみなしますので、二十階層まで進めなくても、二十日以内にお戻りください」
「わかった。じゃあ、行ってくる」
注意事項を聞き、ハイセはクレアとダンジョンへ入っていく。
◇◇◇◇◇◇
言われた通り、やはり現れる魔獣は強かった。
しかし、既に現在七階層。ハイセは魔獣をクレアに任せ、ダンジョンの地図、特徴を羊皮紙に記していく。
「ふむ、薄暗く、遺跡地下に相応しいな……だが、道は崩れているなどの形跡もないし、歩きやすい。道はけっこう入り組んでいるか……ふむ」
「はぁぁぁぁぁぁ!!」
闘気を纏い、現れるゴブリンを斬る。
普通のゴブリンではない。武器を持ち、技を使う『ソルジャーゴブリン』だ。討伐レートAの魔獣であるが、今のクレアには対処できる。
「……よし、こんなもんか。クレア、休憩できる場所を見つけた。今日はそこで休むぞ」
「は、はい!!」
ハイセは銃を抜き、ドンドンドン!! と三連射。
クレアを囲んでいたゴブリンの頭を撃ち抜くと、そのまま歩き出した。
「あ、師匠、待ってくださいー」
クレアは剣を鞘に納め、ハイセの隣に向かって走り出した。
◇◇◇◇◇◇
ダンジョンには、魔獣の襲ってこない『安全圏』が必ず存在する。
今回は七階層にあり、遺跡の通路にあった洞窟のような大きな窪みで休むことにした。
テントは十分広げられ、椅子やテーブルを置いても問題ない。焚火をしても煙が天井の穴から逃げるため、理想の休憩所だ。
ハイセは当然、地図に安全圏の情報を書き込む。
「……ふん、明日か明後日には調査を終えられるな。クレア、このタイプのダンジョンは、十階層にボス魔獣が存在する……やるか?」
「やります!! よーし、頑張るぞ!!」
「じゃあ任せる」
そう言い、ハイセは紅茶を飲みながら、自分で書いたダンジョンの調査報告を読み直している。
いくつか手直しをして、クレアに言った。
「お前は先に寝ていいぞ」
「え、でも……」
「ここは安全圏。魔獣が入ってこれない場所だ。もう少ししたら俺も休む」
「……あの、師匠」
「ん」
「……少しだけ、私の話、していいですか?」
「……少しだけな」
そう言い、ハイセは羊皮紙の確認を続ける。
クレアは、椅子に座り直し、ハイセに向かって言う。
「私、本当は……フリズド王国の第一王女です」
「…………」
「驚かないんですね」
「予想はしていた。その剣……俺の銃弾に耐えるほどの剣だ。王族、貴族が特別に作らせた剣と考えるのが普通だ」
「そうですか……」
クレアは、自分の剣を手に取って眺めた。
「私、能力が『ソードマスター』で……私の侍女だった子に、『冒険者になりたい』って毎日言ってたんです。そしたらその子が『じゃあ、わたしがクレアになってあげる』って言って……私に変身する能力を使って、今もフリズド王国で『クレア』を演じています。自分の人生を捨てて……」
「……お前がそう命じたのか?」
「違います!! でも、私……彼女のおかげでこうして、冒険者として剣を振っている」
「……後悔してるか?」
「わかりません。毎日すっごく楽しいですし、大好きな師匠も、妹や弟みたいなシムーンちゃん、イーサンくんもいる。でも……その幸せの裏で、今もダフネ……私の侍女だった子が、私を演じている。ずっと、見ないようにしてきました。でも……やっぱり、もう一度ダフネに聞きたい。私を演じて、本当にいいのか……って」
「それが、お前のフリズド王国に行く理由か」
「はい……」
「……まあ、俺に何かを期待するな。俺は、ただ付いて行くだけだ。答えはお前が出せ」
「……師匠なら、そう言うと思いました」
クレアは少しだけ微笑んだ。
こうして、ハイセはクレアの「理由」を聞くのだった。





