しばらくは冒険者として
「ん……」
ある日、『セイクリッド』本部のサーシャ自室にて。
サーシャはベッドから起き、大きく伸びをする。
目元を擦ると、傍で寝息が聞こえてきた。
「ロビン、起きろ」
「ん~……もう朝?」
「ああ。朝食に行こう」
「ふぁ~い……」
昨夜、ロビンが新作のカードゲームを持って部屋に来た。二人対戦方式で、かなり面白かった。
ついつい熱中し、そのまま寝落ちしたようだ。ベッドにはカードが散らばり、テーブルには飲みかけのドリンクが置いてある。
ロビンは大あくび。サーシャはカードを集め、テーブルに置く。
「ん~……ごはん、行こ」
「まずは着替えだ。ほら」
「はぁ~い」
ロビンは普段着に着替え、髪を結いようやく目が覚めた。
サーシャと二人で部屋を出ると……ピアソラがいた。
「な!? ろろ、ロビン!! なんであなたがサーシャの部屋から!?」
「いや~、カードゲームで熱中して、そのまま寝ちゃった。サーシャが寝かせてくれなくてさ」
「寝かせて……!?」
「カードゲームだぞ。それとロビン、トータルでは私の勝ちだ」
「あたし覚えてないし……めっちゃ負けず嫌いじゃん」
なにを勘違いしたのか騒ぐピアソラをなだめつつ、三人は食堂へ向かった。
◇◇◇◇◇◇
『セイクリッド』は基本的に、食堂で朝食を取る。
本部には大食堂があり、所属するチームは無料で朝食を食べることができる。お昼、夕食、酒類などはしっかり料金を取る。値段は街の食事処などよりはだいぶ安く、良心的だ。
サーシャたちは、この大食堂で食事をすることで、他のクランメンバーとの交流をしていた。
「ん、おうサーシャ、朝飯か?」
クランの同世代たちに囲まれたレイノルドが声をかけた。男女関係なく、レイノルドはこの大食堂で人気者。
サーシャは『憧れの的』で『クランの絶対的象徴』であるのに対し、レイノルドは『クランのまとめ役』であり『頼れる兄貴分』という感じだ。
現に、クランメンバーたちは立ち上がり、サーシャに深く礼をしている。
「ああ、今日の朝食は?」
「今日はレーズンバターロール。レーズンが甘くて美味いぜ」
「それはいい」
「あたし、レーズン大好きなんだ。先行くねっ」
ロビンがカウンターへ行ってしまった。
「サーシャ、タイクーンが後で用事あるってよ」
「……また朝食を食べずに研究か」
「ああ。『神の箱庭』の調査結果をひたすらまとめてる。行くのはいつでもいいぜ。お前、今日は休みだしな」
「あ、ああ……だが、本当にいいのか? 確かに、『神の箱庭』内ではけっこうな時間が経過したが……こちらでは数分だったのだろう?」
「気にすんな。お前が禁忌六迷宮に挑戦して、戻ってくるのに想定していた期間は最短でも二か月だ。二か月の休暇でもいいくらいだぜ」
「……さすがにそれは」
「冗談だ。オレらはともかく、お前が無理だろ。でもせめて、半分のひと月くらいはしっかり休め。仕事してもいいし、遊んでもいい」
「……レイノルド」
「はは、頑張ったご褒美ってわけだ。なあ、お前ら」
レイノルドがクランメンバーたちに言うと、「そうですよ!」や「サーシャさん、しっかり休んでください!」など、暖かい言葉をくれた。
すると、ピアソラがサーシャの腕を抱く。
「サーシャ、朝ご飯をそろそろ」
「ああ、そうだな。じゃあレイノルド……今日もお願いする」
「ああ、任せておけ」
レイノルドは胸をドンと叩いた。
◇◇◇◇◇◇
「レイノルドさん、サーシャさんに優しいっすね」
「やっぱ惚れてるんすか?」
「……うっせ」
サーシャが去り、カウンターで食事をもらっている背中を見ながら、仲間に茶化されるレイノルド。
惚れているか……と言えば、間違いなく惚れている。
でも、もうはっきりわかっている。サーシャの中にはハイセがいる。
恋なのか、愛なのかはわからない。でも……特別な存在であることに、違いはない。
「……まあ、幸せならいいさ」
告白はした。でも、返事は帰ってこない。
それでもいい───そんな風に思いつつ、レイノルドは水を一気に飲み干した。
「うしっ!! 今日も訓練漬けだぞお前ら!!」
レイノルドは立ち上がり、食器を片付け仲間たちと訓練をしに行くのだった。
◇◇◇◇◇◇
サーシャは一人、冒険者ギルドに向かっていた。
ギルドに入ると、お馴染みの視線が集中する。尊敬、畏怖、好奇心……どれもサーシャには慣れた視線であり、特に気にならない。
「あ、サーシャさん!!」
「ミイナ。久しぶりだな」
受付嬢のミイナがブンブン手を振った。
カウンターに近づき、サーシャは言う。
「ガイストさんはいるか?」
「いますよ。でも今、ハイセさんとお話してますー」
「そうか……じゃあ、少し待たせてもらう」
それから三十分ほどミイナと談笑していると、ハイセが二階から降りてきた。
「サーシャ、来てたのか」
「ああ。ガイストさんに挨拶だ……お前もだろう?」
「まあな。ああそうだ、お前に話があるんだ。この後、時間あるか?」
「え……は、話?」
「ああ。例の地図に関して、取り決めしておこうと思ってな」
「……あ、ああそうか。わかった。長くかからないから、待っててくれ」
「わかった」
「じゃあハイセさん、私とお茶しません? ちょうど休憩時間なので」
「……お前と?」
「ひどい!! そんな嫌そうな顔しなくてもいいじゃないですかぁ~!!」
「わかったよ、うるさいから騒ぐな……ったく」
ハイセは、ミイナに連れられ、ギルドの休憩室に入っていく。
サーシャはガイストのいるギルマス部屋のドアをノック。ドアを開けた。
「失礼します。お久しぶりです、ガイストさん」
「ああ。とは言っても、そんなに時間は経っていないがな」
「あ、そうでした……」
「ははは、まあ座れ」
ソファに座ると、受付嬢がお茶を運んできた。
「まずは……『神の箱庭』の踏破、おめでとう」
「ありがとうございます」
「いやはや、驚きだ。お前とハイセがS級冒険者になって一年半ほどだが、その間に四つも禁忌六迷宮が踏破されるとは……ワシの時代では考えられんよ」
「私とハイセは、禁忌六迷宮を目的にしていますから」
「……そうだな。若いころは血の気が多く、禁忌六迷宮は名前だけで、高レートの魔獣狩りばかりしていた」
「ガイストさんらしいですね……」
サーシャはクスっと微笑んだ。
「さて、陛下にはすでに、『神の箱庭』の踏破を報告した。近いうち、『神の箱庭』の踏破に参加した冒険者が集められ、賛辞の言葉と報酬を送られるだろう……何を望む?」
「ん~……正直、ないですね。あ、でも……新しい防具は欲しいですね」
「ふむ、それもいいだろう。ハイセはまた適当に『金でいい』と言っていたが」
「やれやれ……俗っぽいやつめ」
「ははは。それと、聞いたぞ。五つ目の禁忌六迷宮、『狂乱磁空大森林』への地図を手に入れたと」
「ええ。『神の箱庭』の最後の部屋で、何でも望みを叶える力があったんです。それで願いました」
「ふむ……では、いつでも行けるわけだな」
「そう、ですけど……」
サーシャは口ごもり、ガイストは首を傾げるのだった。
◇◇◇◇◇◇
ハイセと合流したサーシャ。
二人は適当なカフェに入り、個室で話をすることにした。
テーブルには、『神の箱庭』で手に入れた『狂乱磁空大森林』への地図がある。
ハイセは地図を広げ、言う。
「確認したが……こいつは、ただの地図じゃない。この世界の精巧な地図なんだがな…」
「ふん?……それはどういうことだ? 目的地の位置を模写するだけなら、うちのマッパーに任せれば可能だ」
「無理だ」
と、ハイセは地図を指差す。
指差した先に、小さな『赤い点』と『青い点』があった。
「『青い点』はおれたちがいる場所、そして『赤い点』…こいつが『狂乱磁空大森林』の位置だ」
「……ここは、森国ユグドラの方向か」
「ああ。でも、そうじゃない……見てろ」
「……?」
ハイセに言われ、地図を見ていると……なんと、『赤い点』が地図上を移動し、全く別の場所に赤い点が移動したのだ。
「な……なんだ、この地図は!?」
「『狂乱磁空大森林』への地図……地図を持つ者と『狂乱磁空大森林』を示す、不思議な地図だが……驚いたぜ。禁忌六迷宮『狂乱磁空大森林』は、移動する森だ。地図を見ながら目的地へ移動しても、たどりつけない可能性が高い」
「……なんという」
「理屈は不明だが……現に、森は移動している。速度もバラバラ、位置もバラバラ、規則性がない」
「……こんなの、どうやって目指せば」
地図を見ていると、赤い点が消えた。
そして、砂漠王国ディザーラの砂漠ど真ん中に、赤い点が現れたのである。
「……どうする。闇雲に出発しても、たどりつけない。それこそ、この付近に現れるのを待つか」
「……お前はどうするつもりだ?」
「俺は、しばらくは無理だ。ガイストさんに最上級難易度指定されたダンジョンの調査を頼まれたし、クレアとの約束でフリズド王国に行かなくちゃいけない」
「……私は、しばらく休暇だ」
「そうか。…この地図、どうする?」
「私の方でも地図を調べたい。安心しろ、抜け駆けするようなことはしない。これは、私とお前の願いとして手に入れた地図だからな」
「わかった。じゃあお前に預ける」
地図をサーシャに預けると、ハイセは立ち上がる。
「あ、ハイセ……その、お昼も近いし、一緒に食事でもどうだ?」
「……シムーンが昼飯作ってる」
「そ、そうか……」
「……お前も来るか?」
「え?」
「……予定があるならいい」
「い、行く。私も行くぞ!!」
ハイセとサーシャは喫茶店を出て、宿へ向かうのだった。





