九つの試練『神の箱庭』⑱/踏破、そして
『七大災厄』の一体、コルナディオ・ミノタウルスの完全消滅。
ハイセは自動拳銃をホルスターに納め、小さく息を吐いた。
「ソロだったら、そこそこ面倒だったかもな」
「やったぁぁぁぁぁ!!」
「うおっ!?」
なんと、背中にクレアが飛びついて来た。
いきなりのことで驚くハイセ。
「師匠!! 勝ちましたぁぁ~!!」
「わ、わかったから放せ!! くっつくな!!」
引き剥がそうとするが離れない。それどころか、正面に移動し、思いっきり抱き着いている。
柔らかな部分、女の甘い香り……クレアは弟子だが『女』でもあると、ハイセは初めて認識した。
すると、エクリプスが前に出る。
「……勝ったわね」
「おい、そっぽ向いて言うな。それとお前の魔法でこいつ引き剥がせ」
「む……そうね」
エクリプスが指を鳴らすと、クレアがふわりと浮かび、クルクル回転した。
「あわわわわわわわっ!?」
「過度なスキンシップは不許可。ね、プレセア」
「そうね。それとハイセ、デレデレしないこと」
「してねぇよ。ってかお前ら、いつの間に仲良くなりやがった……ったく」
ハイセは距離を取ると、ウルが来た。
「お疲れさん。いやはや、デカい牛だったぜ」
「ああ……」
「恐らく、このチームじゃねぇと討伐できなかっただろうな。全員が全員、自分の役目を理解し全力で動いた。戦闘時間は三分もかかってないし、楽勝な感じだったが……まあ、強かったぜ」
「そうだな。でも、これでクリアだ」
すると、ミノタウルスが消滅した付近に、大きな扉が出現した。
サーシャがハイセの傍に来る。
「ようやく、踏破……か」
「もうこれ以上は勘弁して欲しいな。腹いっぱいだ」
「ふふ、そうだな。さて……さっそく行くか」
そのまま扉に近づこうとすると、ヒジリがハイセの前に立つ。
「ちょっとハイセ、もう行くの?」
「そりゃ行くだろ」
「ね……アタシへの報酬、覚えてるわよね? 全力で戦うっての。それ、ここでじゃダメ?」
「は? ここで?」
「うん。ここ、暴れても地形に影響なさそうだし……早く戦いたいのよね」
「……ダメだ。報酬はクリアしてから、だろ」
「むぅ……やっぱり言うと思った。はいはい、わかったわよーだ」
ムスッとしたヒジリがハイセの腕を取り、胸を押し付けてくる。
「……何だよお前」
「言ったでしょ。アタシ、恋をして愛を知りたいの。そのために、アンタを利用するから」
「……」
「アンタだって、依頼の報酬って形でアタシのこと利用したでしょ。別に構わないわよね」
「む……」
「ヒジリ、こ、恋はその、探すものじゃない。恋はするものだぞ」
「なにサーシャ、アンタは恋を知ってるの?」
「それは、その」
「関係ないなら放っておいてよね。アタシ、強くなるために真剣なんだから。さ、行くわよ」
「おい、引っ張るな」
こうして、一行は扉の前に立つ。
ハイセが扉を開けると、中は真っ白な空間……まず、ハイセが踏み込んだ。
そして、次にサーシャ、ヒジリと続き、全員が中に入った。
「真っ白な空間……」
タイクーンがポツリとつぶやく。
「いや……見ろ、あれを」
ハイセが指を差した先に、淡い虹色の球体が浮かんでいた。
その球体に近づくが、特に何かが変わることがない。
「触れなければならないのか?」
「……よし。俺がいく」
誰も異存はなかった。
ハイセが手を伸ばすと……サーシャの手も伸ばされた。
「おい」
「この迷宮を踏破すると言ったのは、私とお前が最初だ。なら……私にも、触れる権利はある」
「……ったく。何言っても無駄だろうな。じゃあいくぞ」
「うむ」
ハイセとサーシャが球体に手を伸ばし、同時に触れた時だった。
球体が輝きだし、ハイセとサーシャの手に、虹色の水晶球が現れた。
二人でそれを掴み、ゆっくりと手を下ろす……そして、球体が淡く輝く。
『真なる強者たちよ。ダンジョンクリアおめでとう……報酬を与える、どのような願いでも一つ叶えよう』
そう、球体がしゃべった。
「ほ、報酬……?」
「確か、このダンジョンは魔族のスキルで作られたもの。この水晶、そして報酬も、このダンジョンを作った魔族が用意した物……なのか?」
「……報酬はどうする? 一つだとよ」
「 ハイセ……私は……願いが何でも叶うなら、お前の目を治したい……だが…それはお前が願うものと違う、独り善がりだとも理解している……だから…他に願うとすれば一つだけだ」
「……フッ……アリガトよ……俺の願い…一つあるな」
ハイセとサーシャは互いに見つめ合い、振り返る。
「話は聞いたな? この水晶は、願いを一つだけ叶えてくれるらしい……お前たち、願いはあるか?」
「はいはーい!! アタシは肉いっぱい食べたーい!!」
「俺が死ぬほど奢ってやる」
「……私はあるけど。そんな怪しげな水晶の力に頼ることはないわね」
「プレセア、いいんだな?」
「ええ」
「その水晶を思う存分調べるという願いがたった今できたよ」
「タイクーン……すまないが、勘弁してくれないか」
「冗談だよ、サーシャ」
ヒジリ、プレセア、タイクーンは願いを辞退した。
「オレはダンジョンクリアが報酬、で名誉だ。過分な報酬は身を焦がすぜ」
「……踏破したら、俺が酒を奢ってやる」
「ほ、それはいいね。約束だぜ、闇の化身」
『私の願いは踊ることです』
「ふふ、そうだな。ここを踏破したら、『セイクリッド』の全員でお前の踊りを見にこう」
『ありがとうございます。マダム』
ウル、ヴァイスも願いを辞退。
ハイセはエクリプスを見る。
「お前は?」
「……あなたの傍にいることが、私の願い。ハイセ……これからも、傍にいていい?」
「……好きにしろ」
「ありがとう」
エクリプスは、すっかり恋する乙女になっていた。
かつて『銀の明星』でハイセを出迎えた威厳、恐ろしさは皆無。人はこうも変わるのかと、ハイセはある意味感心していた。
「クレア、お前は?」
「ん~、私も大丈夫です。師匠が今度一緒に、フリズド王国まで行ってくれるし。えへへ」
「ったく、仕方ない奴だな……まあ、お前は頑張ったし、それ以外でもちゃんと報酬はやる」
「やった。じゃあ師匠、私と一日デートしてくださいねっ!!」
「……わーったよ」
と……なぜか、プレセア、エクリプス、サーシャ。ついでにヒジリからジロッと睨まれたハイセ。
その視線を無視し、サーシャに言う。
「サーシャ、お前の願いは?」
「ハイセ、お前の願いも聞きたい」
「……じゃあ、同時に言うか」
何を言うか、二人はわかっているような口ぶりだった。
水晶を二人で掲げ、ハイセとサーシャは同時に言う。
「「禁忌六迷宮『狂乱磁空大森林』の場所を教えてくれ!!」」
そう叫ぶと、水晶は輝く。
そして、輝きが収束し、一つの形となっていく。
それは、地図だった。
この世界の精巧な地図が具現化され、ハイセとサーシャの前に落ちてきた。
同時に、水晶が砕け散り、真っ白な世界がねじくれていく。
ハイセは地図を手に取り、次いでサーシャを強く抱いた。
「は、ハイセ!?」
「空間が捻じ曲げられる……おい!! 全員気を付けろ!!」
ハイセがそう叫ぶと、空間がさらにねじ曲がった。
◇◇◇◇◇◇
「───…………っぅ」
ハイセがゆっくり目を開けると……そこは、地下のような場所だった。
見覚えのある空間だった。
周囲を見ると……人がいた。
「は、ハイセ?」
「レイノルド……だよな」
「おま、え? な、なんで」
「ここは……『セイクリッド』の地下、か?」
「ひゃっ!?」
ぎゅっと手に力を込めると、柔らかな物を握りしめていたことに気付く。
「あ……」
「さ、サーシャ……? げっ、す、すまん!!」
サーシャの胸を鷲掴みにしていたことに気付き、慌てて離れた。
サーシャは顔を赤くしながら胸を押さえている。
動揺するハイセの代わりに、タイクーンが言った。
「全員、いるようだな……どうやら、願いを叶えると脱出できるようになっていたのか。水晶も割れたし、もう調べることはできない……完全踏破だな。む、レイノルドか」
「た、タイクーン!? おい、マジか!?」
「やれやれ。見て分からないのか? まあ、かなり時間が経過したようだが」
「は? 時間? 時間って……」
「む? どうした?」
レイノルドは、やや怪しげな目をしながら言う。
「お前たちが禁忌六迷宮に挑んでから、まだ二分と経過してないぞ」
「……は?」
「ほ、ほんとだよっ……お、驚いた~」
「サーシャ!! 大丈夫ですの!?」
ロビンが驚き、ピアソラがサーシャに飛びついた。
ようやく落ち着いたハイセは言う。
「現実じゃ、ほぼ時間経過していないのか。『神の箱庭』……本当に、不思議だったな」
「あ、ああ。くぅぅ……し、調べたい!! だがもう、完全踏破した以上、調べることはできないだろう……うう、残念だ」
「まあいい。目的のブツは手に入った」
ハイセの手には地図があった。
禁忌六迷宮『狂乱磁空大森林』の位置が描かれた地図。
それをアイテムボックスに入れ、ハイセは言う。
「さて、四つ目……『神の箱庭』は完全制覇だ」
こうして、四つ目の禁忌六迷宮『神の箱庭』は、完全踏破された。





